Wedge3月号(2月20日発売)に掲載された、拙稿です。是非本誌にて購読ください。
Wedge (ウェッジ) 2019年3月号【特集】「一帯一路」の衝撃 ルポ 中国に飲み込まれるジブチ・エジプト・ギリシャ
- 出版社/メーカー: ウェッジ
- 発売日: 2019/02/20
- メディア: 雑誌
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「かまどさん」をご存じだろうか。「おくどさん」「かまさん」「へっついさん」などともいう。地域によって呼び名は様々だが、昔はたいがいどこの家にもあった。土間の台所に作られた炊事用の「かまど」のことである。ガスコンロや電気炊飯器の普及と共にすっかり、姿を消し、今ではほとんど見なくなった。薪をくべて裸火を燃やすことが難しくなり、古い家で存在はしていても、まったく使っていないケースが多い。新しく作ったり、修理するのは、よほどの伝統を重んじる旧家か、趣味人に限られる。 奈良県宇陀市で左官業を営む宮奥淳司さんは、そんな「かまどさん」を何とか後世に残す方法はないかと考えてきた。かまどを作る左官塗りの技術を伝承する職人も全国から姿を消しつつあった。 きっかけは10年ほど前のこと。奈良市旧市街地である「奈良町」の町づくり活動をしていた社団法人から、「かまどさん」を作ってほしいという仕事が舞い込んだ。 それらの施工事例をホームページに載せると、うちで作ってくれないか、という依頼が来るようになった。全国の飲食店から
年に2,3件の割合で注文が来るようになったのだ。かまど炊きのご飯がブームになったことが追い風になったようだった。 だが、年にわずか数件では、世の中にアピールするには不十分で、「後世に残す」ことにはならない。もっと身近に「かまどさん」を感じてもらう方法はないだろうか。
火の神が宿るかまどさん
2015年頃のこと。宮奥さんは卓上で使える「かまどさん」を作り始めた。全国の左官職人も思い思いの卓上型かまどを作っていたが、自身の理想とする機能性・形にこだわった。
卓上で使えるかまどは必要最小限の大きさ・重量でなければならない。強度を優先すると、大きく重くなる。扱いやすさを優先すると華奢な本体になってしまう。相反する要素を共存させることに苦労した。試行錯誤の連続の末に独創的な卓上かまどが誕生する。 思わず撫でてみたくなる丸みを帯びた愛らしい形、吉祥文様にインスパイアされ、同時に吸排気公立の良い焚口のデザイン、置く場所の傷付き防止に木製底板を組み込んだアイデアなどが認められ、16年には意匠登録が通る。 完成した卓上型「かまどさん」は、固形燃料でご飯が炊ける。1合なら燃料1個、3合なら3個といった具合だ。かまどさんの上にコメと水を入れた専用の釜を乗せ、木製の蓋を被せる。炊き上がりに30分ほどかかるが、本格的なかまど炊きご飯が自宅の食卓の上で味わえる。 発表すると、評判が口コミでジワジワと広がった。 そんな折、それが春日大社の権宮司だった岡本彰夫さんの目に留まる。「かまどさんは火の神さんが宿るもの。だから、さん付けで呼び大切に扱われてきたんや」 かまどは単なるモノではない。古から人々は八百万もの神を敬い崇めてきた。宮奥さんは、かまどづくりは襟を正して向き合うものだ、と改めて気を引き締め直したという。日本古来からの文物に通じる岡本さんはしばしば、「生活に密着していたい」と話す。 当たり前だからこそ、文書などに書き残されず、使われなくなった途端、どう使われていたのかが分からなくなる、というのである。 おそらく「かまどさん」もそのひとつになるのだろう。もはやかまどさんを使って調理ができる人は全国でも数少ないのではないか。 宮奥さんの作る卓上型「かまどさん」は、使い方の模型としても機能する。そうか、昔の人はこうやってご飯を炊いていたのだな、ということが腑に落ちるわけだ。 ちなみにこの「かまどさん」、最もシンプルなタイプで1基13万円(税込み)する。一見高いように思うかもしれないが、決して儲かる品ではない。 さらに「高級バージョン」は20万円くらいになる。といっても宮奥さんの手間賃が大きく増えるわけではない。釜を据える口のところの漆喰が崩れないようにする「カマツバ」と呼ばれる金属製の輪など、外注で手作りしてもらうため、驚くほどコストがかかるのだ。 「昔は鋳物でできた様々なサイズのものが安い値段で売られていたのですが、今は誰も使わないので、すべて特注です」と宮奥さん。一度滅びたものを復活させようとすると、すべてが「規格外」になるため、猛烈な製作費がかかる。 一つ一つ手作りで、コテさばきひとつで風合いが違う。注文制作で一つずつにシリアルナンバーが付いている。18年末の段階で「57」。ざっと50基が売れている。
宇陀への感謝の気持ち
宮奥さんは自身の卓上かまどに「宇陀かまど」と命名した。生まれ育った宇陀への感謝の気持ちを込めている。 宮奥さんの住む宇陀は、古事記にも登場する歴史を帯びた地域で、都と伊勢神宮などを結ぶ街道筋にあった。歴史を持つ旧家が今でも多く残り、漆喰の土蔵や壁の修復、作り直しといった伝統的な左官の仕事が比較的多くある土地柄だ。 父の下で修業を積んだが、宇陀という「場」がなければ、左官職人としての今の宮奥さんはいない。 また、奈良は多くの神社仏閣があり、文化財修理の仕事も少なくない。宮奥さんは今、奈良「南都七大寺」の一つ薬師寺に国宝東塔の解体修理に関わる。昔の左官職人の技に舌を巻くことしばしばだという。 ちなみに、土壁などは解体時に崩しても、再びその土を練り直し再利用するという。白鳳時代の職人がさわったであろう土を、今、自分がさわっているのだと考えると感動的だという。 ところが最近では土をさわったことがない左官職人が増えているのだという。近代的な工法では、そもそも土壁自体が姿を消している。合板などのうえに、薄く壁材などを塗り付けるような仕事ばかりが増えているというのだ。 宮奥さんの「宇陀かまど」をさわると、なんともやさしい土の肌触りがする。滑らかな曲面をコテ一本で仕上げていく技は、そう簡単には磨けない。 住み方のスタイルが変わり、住宅や住宅設備が「進化」を遂げていくなかで、古くからあるものを守り続けていくことは極めて困難だ。伝統技術を守るためだからと言って、白壁の土蔵を新たに建てるというのは簡単にはできない。 卓上型の宇陀かまどは、台所の今に鎮座する昔ながらの「かまどさん」ではないが、かまどさんがどんな使われ方していたかという日本人が受け継いできた「価値」や「想い」を確かに後世へと伝えていくことだろう。