最先端のブランドづくりに挑む老舗洋菓子メーカー

雑誌Wedge 2023年1月号に掲載された拙稿です。Wedge ONLINEにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/29341

 

 東京・伊勢丹新宿店の地下食料品売り場の洋菓子コーナーといえば、その時々の最もお洒落で最も美味しい「最先端」の高級ブランドが店を並べる。
 そんな激戦区に2つの違ったブランドの店を、老舗の洋菓子店が出している。『Fika(フィーカ)』と『POMOLOGY(ポモロジー)』というブランドだ。

伊勢丹限定のオリジナルブランド

『フィーカ』は北欧菓子専門ブランドで、「北欧のお菓子×北欧デザイン×手土産」をコンセプトにしている。2013年の立ち上げ以来、シンプルな味わいの北欧菓子と、ポップなデザインパッケージが若い女性に人気を集めている。 

 もうひとつの『ポモロジー』は「フルーツは都会の自然」をコンセプトに、フルーツをたっぷり使ったお菓子ブランドとしてスタート。焼き菓子や生ケーキも揃え、果物の美しさを丁寧に描いたパッケージを採用した。新型コロナウイルスの流行が真っ盛りだった20年に立ち上げたが、固定ファンの支持を得てきた。

 いずれも伊勢丹の商品開発チームと洋菓子の老舗「メトロ製菓」がコンセプトからしっかりと詰め、生み出した伊勢丹限定オリジナルのニューブランドである。

2023年に迎える100周年

 洋菓子通でも「メトロ製菓」の名前を知っている人は多くないに違いない。創業は1923年(大正12年)。初代の大浦半左衛門氏が1898年(明治31年)に米国に渡り、25年間、西海岸で修業して洋菓子製造を習得した。1923年に東京・池袋に前身の「サンライズ製菓」を創立したことに始まる。

 31年には日本初のチョコレートバーの生産を開始した。宮内庁にもチョコレートを納入し、41年には秩父宮殿下から賞詞を賜ったという。44年には戦災によって製造を一時中断するという危機も経験した。戦後はもっぱらチョコレート製造の専門メーカーとして発展し、さまざまなメーカー・小売先にチョコレート菓子のOEM(相手先ブランド製造)供給をしてきた。

 それ以来、昭和、平成、令和と、知らず知らずのうちに同社のチョコレート菓子やケーキを多くの人が口にしてきたはずだ。84年には、本社を東京の中野区松が丘に移転した。2023年には、同社はちょうど100周年を迎える。

 メトロ製菓の名前は知らなくても『RUYSDAEL(ロイスダール)』なら知っている人も多いだろう。3代目社長の大浦賢三氏が1972年に生み出した洋菓子ブランドだ。以来50年、看板商品の『アマンドリーフ』は、パイの銘菓として大ロングセラー商品になっている。77年には埼玉県八潮市に工場を新設し、『アマンドリーフ』製造ラインを敷いた。

ロイスダールのお菓子は手作りが基本です。もちろん機械も使いますが、生地を合わせるところなどは気温や湿度で微妙に合わせ方が変わります。粉もバターも生き物ですから、手作業は譲れないのです」

 3代目の娘婿で4代目を継いだ両角幸寛社長は言う。50年間売れ続けた理由は「味」。美味しさの追求に妥協はない。工場で働く職人の技が生きている、という。

 最先端を追い求める百貨店から新ブランド立ち上げの声をかけられたのも、「メトロ製菓ならば確かな味の菓子を作れる」という信頼感があったからだ。メトロ製菓の直営店は本社のあるロイスダール中野本店1カ所だけ。あとは大半が百貨店への出店である。ちなみに本店の店内では、パンなども販売しているほか、レストランも併設されている。

職人の技が会社の財産になる

 実は、メトロ製菓はこれまでも海外有名ブランドの洋菓子を日本国内で製造・販売してきた。百貨店から話が持ち込まれ、国内で売る製品に仕上げてきた。

 英国やイタリア、フランスの高級菓子ブランドである。今もフランスの『フォション』や『アンジェリーナ』のお菓子を作る。パリのサロンドテである『アンジェリーナ』のモンブランは大人気商品だ。

「現地のレシピをもとに忠実に再現することが求められますが、先方と綿密に打ち合わせして、日本のお客様の口に合う味に微調整をして作り上げる場合もあります」(両角社長)

 そうして海外の高級ブランドのレシピでお菓子を作り続けてきたノウハウが、メトロ製菓の職人の技になり、会社としても大きな財産となって受け継がれているという。その積み重ねがベースになって、いくつものブランドの商品をひとつの会社の中で作り上げていくことができているのだろう。

 多ブランドを抱えるメトロ製菓は社員200人ほど。複数ブランドの管理をこの規模の中堅企業として厳格に行って成功している例は珍しい。

 主力の『ロイスダール』のほか、『フォション』『フィーカ』『ポモロジー』『アンジェリーナ』など、ブランドごとに「ブランドマネージャー」を置き、コンセプトを守った商品作りを行うと共に、さらに磨きをかけている。

 2018年に立ち上げた『フルーリア』は、駅ナカのショッピングゾーンに出店するために新しく作ったブランドだ。肩肘の張った贈答品ではなく、デイリーユースのちょっとしたお土産にできるお菓子だ。販路やターゲットになる客層に合わせてブランドを管理する姿勢を徹底しているわけだ。

「会社の規模が大きくないので、生産と販売のコミュニケーションがスムーズ。店舗に出ている社員からお客さんの反応がすぐに生産現場に伝わります」と両角社長はいう。

銀行マンから未知の世界へ転身

 その両角社長。もともとは銀行マンで、結婚をきっかけに30代半ばで洋菓子製造の世界に転じた。製造現場なども体験し、2011年に社長に就任した。

「中小企業で生き残るには加点法でいくしかない」というのが信条。銀行業界をはじめ日本企業の多くが、失敗すれば怒られる「減点法」。社員の士気が落ちる様子を目の当たりにしてきた。

 メトロ製菓で、職人や店舗に出る従業員のやる気を引き出すためには、仕事を任せて、成果が出れば褒める「加点法」が重要だと、痛感したという。ブランドマネージャーに自由にやらせ、成果が上がればプラスで報いる姿勢を徹底した。

 社長就任以来、多ブランド化を進めたこともあり、売り上げも伸び、給与も増やすことができた。新型コロナウイルスが蔓延したことによって、百貨店が閉まって大打撃を受けたが、今は19年の数字にほぼ追いついた。

「おかげさまで商品宣伝をしなくても着実に売り上げが上がるようになってきました。逆に宣伝して爆発的に売れると製造が間に合わずお客様に迷惑がかかります。実像より大きく見せようとするのではなく、当社のお菓子作りの思いを評価していただけるような等身大のアピールが大事だと感じています」(両角社長)

 伝統を守りながら、一方で、百貨店と共に最先端のトレンドを追いかけ、新しいブランドを創り上げていく。次の100年に向けてメトロ製菓の挑戦は続く。