それでも日本企業が「内部留保」をため込む理由――「保身」に走る経営者たち

ITmediaビジネスオンラインの#SHIFTに掲載された『磯山友幸の「滅びる企業生き残る企業」』に11月18日にアップされました。オリジナルページ→

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 企業が溜(た)め込んだ内部留保をどうやって吐き出させ、経済成長につなげるか。さまざま動きが出始めた。前回この連載で「内部留保優先の経営」からの脱却が必要だと書いた(日本人の賃金が増えない根本理由 「内部留保優先の経営」から脱却せよを参照)が、政府もそこに日本経済が成長しない根本原因があると気付いている。内部留保の額が過去最大を更新し続け、2018年度には463兆円に達した中で、手をこまねいていられないところまで追い詰められたということだろう。

「北風政策」と「太陽政策

 19年9月の内閣改造に合わせて行われた自民党の役員人事で、税制調査会長に就任した甘利明衆議院議員は、就任と同時に企業の内部留保を投資に回す環境を整えるための税制上の優遇措置を検討する考えをぶち上げた。党の税制調査会長は税制改正に大きな権限を持つポストで、会長ら「インナー」と呼ばれる非公式幹部会が事実上の決定権を握る。

 かつては山中貞則会長が税調のドンとして圧倒的な力を誇り、時の首相ですら口を挟めないと言われた。最近では税制に通じた長老は減り、力が落ちているとされる。それでも2代前、15年まで会長を務めた野田毅氏は消費増税を巡って安倍晋三首相と対立した。

 そういう意味で、今回の税調会長交代はちょっとした「事件」だった。会長だった宮沢洋一・参議院議員が小委員長にまわる異例の人事で、しかも新会長に就いた甘利氏は安倍首相の信頼が厚いことで知られる。大蔵省(現財務省)出身の宮沢氏から民間企業経験もある甘利氏にバトンが渡ったことで、税制改正に関して財務省の影響力が低下することになりそうだ。

 野田氏は最高顧問に残留したが、インナーには、塩崎恭久氏や石原伸晃氏、林芳正氏ら安倍首相に近い人物が並び、税制改正に首相の意向が反映できる体制が整ってきたともいえる。

 そんな中で、甘利氏が打ち出したのが内部留保を投資につなげるための優遇措置だった。内部留保を巡る税制の考え方には、内部留保に課税することで、内部留保を抑制させるべきだという「北風政策」と、甘利氏のように税制優遇で投資を促進させようという「太陽政策」がある。太陽政策にはそのための財源が必要になることから、財務省は基本的に反対にまわる。

 甘利氏はその後の講演で、「安倍晋三首相から企業の合併・買収(M&A)の税制を進めてほしいと言われている」と、企業に内部留保を吐き出させることが首相の意向であることを明かしている。財務大臣を兼ねる麻生太郎副総理は記者会見で、税調の議論について、「内容を見守っていきたい」と慎重姿勢を見せたが、一方で内部留保については「賃金、設備投資などにもっと振り向けられて然るべきかな、とは思います」とも述べている。

再投資せずに「保身」続ける経営者

 実は、財務省も企業が投資にカネを回さず、内部留保を増やしていることを問題視してきた。12年頃には省内の中堅官僚を集めた勉強会で、日本が成長しない原因は何かを議論し、グローバル化に乗り遅れたことと並んで、企業が再投資せずに内部留保を増やしていることに原因があるという結論を導き出していた。

 ところが、安倍内閣は企業の国際競争力を維持するためとして、法人税率の引き下げを行ったため、企業の税引き後利益が大きく増える結果になった。問題とされた内部留保はそれ以降も増加ピッチを早めたのだ。

 増え続ける内部留保には課税すべきだ、という内部留保課税論議もある。特に15年ごろには、海外ファンドが積極的に官邸周辺の議員に対して、内部留保課税の導入を勧めていた。中長期的には、企業に溜(た)まっている資金が投資として外部に出ることで、日本の成長に弾みがつく、という説明だったが、投資ファンドの中には、短期的な株価上昇に結び付くとみているところもあったに違いない。

 財務省の中でも議論されたが、「課税は難しい」というのが大方の結論だった。これは今も変わらない。内部留保は企業が税引き後の利益を蓄えたもので、そこに課税すれば「二重課税」になる。当然、経済界は大反対だ。自民党内には山本幸三衆議院議員のように、「課税すべきだ」と明言する議員もいるが、あくまで少数派である。

 

 かといって、甘利氏が持ち出した投資減税にも財務省は反対だ。これまでも数多くの投資に対する税制優遇を行っているが、効果を上げていない。前述の通り、財源をどこかから持ってこなければいけないが、それも難しい。

 法人税率を国際水準にまで引き下げる時の安倍内閣の論理は、一方でコーポレートガバナンスを強化し、企業にROE(資本利益率)を高めさせて稼ぎを大きくした上で、賃金や配当を増やさせるというものだった。パイを大きくし、その分配を増やすことで、ステークホルダーが豊かになることを想定していた。

 安倍首相が一方で、「経済の好循環」を繰り返し掲げ、財界首脳に賃上げを要請し続けてきたのは、そうした大きな流れの一環とみることもできる。

 企業が内部留保を貯(た)め続ける行動を取るのはなぜだろうか。

 大きいのは経営者の「保身」である。投資をして失敗すれば責任問題になるが、何もしないで業績が伸びないのなら、経済環境のせいにできる。特にバブル崩壊後の20年間、伝統的な大企業では「縮小均衡」を目指す経営者が多かった。リスクを取って事業を拡大するよりも、合理化や経費削減で均衡を目指す。そうした人材が評価され、偉くなっていった。リスクを取ったやり手の営業マンなどは、失敗の責任を問われてどんどん外されていった。それがデフレ時代の日本の大企業の姿だったと言っても良いだろう。

日産の西川社長解任の裏で起こっていたこと

 その結果どうなったか。リスクを取らない人物が社長となり、投資よりも内部留保に資金を溜め込んでいった。463兆円の内部留保(利益剰余金)と言っても、それは建物や設備に回っていて、金庫にお金が眠っているわけではない、という主張も経済界にはある。それはその通りだ。だが、統計を見る限り、463兆円の半分が現預金として企業にもたれている。

 そんな経営者にリスクを取って投資しろ、と言っても難しい。だが、ジワジワとコーポレートガバナンス改革の成果が出始めている。最も効果が大きいのは、生命保険会社や年金基金といった機関投資家が、「モノ言う株主」に変化してきたことだろう。2014年に導入され、その後改定されているスチュワードシップ・コードによって、機関投資家は保険契約者や年金委託者などの最終受益者の利益を第一に行動することが求められるようになった。かつては企業経営者に白紙委任状を差し出す「モノ言わぬ株主」と言われた機関投資家の姿勢が一変したのだ。

 特に、株式を保有する先の企業の株主総会での議案への賛否の公表が当たり前になってきたここ数年、経営者側提案に「否」を付ける機関投資家が出てきた。十分な利益を上げていなかったり、配当など投資家への利益分配が不十分な経営者、スキャンダルを起こした経営者にバツをつけるようになったのだ。

 

 直近では、日産自動車の西川廣人前社長が臨時取締役会で事実上解任されたが、その直前に、6月の株主総会で大株主の日本生命保険が西川氏の再任議案に反対していたことが明らかになった。大株主にバツを付けられた経営者を残しておけば、独立社外取締役としての見識が問われ、次の株主総会で今度は社外取締役まで否認されかねない。結局、社外取締役が中心になって西川氏に辞任を求める結果になった。

 上場企業の9割以上で社外取締役が設置されるようになったのも大きい。会社法での義務付けはようやく今の国会での改正法で実現するが、2015年に上場企業としての在り方を示したコーポレートガバナンス・コードによって、事実上義務付けが始まっていた。きちんと利益を上げ、その果実を再投資して企業の発展につなげられる経営者でなければ、社外取締役から厳しい意見を突きつけられる、そんな時代になりつつある。

 まだまだ、形ばかりの「社外」取締役を1人か2人置いている企業が多い。この社外取締役が本当に機能することになれば、唯々諾々と内部留保を積み上げる経営は姿を消していくはずだ。