小池新党が打ち出した「内部留保課税」本当にやるべきか 「右」と思ったら経済政策は「左」?

現代ビジネスに10月11日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53157

ユリノミクスの目の付け所

「消費増税の代替財源として、約300兆円もの大企業の内部留保への課税を検討する」――。

希望の党が掲げた公約の中に「内部留保課税」が含まれている。

2019年10月に予定されている10%への消費税率引き上げを「凍結する」代わりに、財源として企業が持つ内部留保に課税し、貧しい層に最低の所得を分配する「ベーシックインカム」を導入するとしている。

小池百合子代表が主張する「内部留保課税」とは何なのか。実現可能な政策なのだろうか。

内部留保とは、企業が事業から得た利益のうち、配当や設備投資などに使わずに蓄えとして手元に残している金額。

今年9月1日に財務省が発表した、全国3万社あまりの企業を調査した「法人企業統計」によると、2016年度の「内部留保」は406兆2348億円と、初めて400兆円を超え、過去最高となった。アベノミクス開始以降、4年間の間に100兆円も増えた。

安倍晋三首相は「経済の好循環」を実現するために、経営者らに利益の増加分を賃上げや設備投資に回すよう協力を求め続けている。賃金はようやく上昇の兆しが見え始めているものの、儲けの増加に人件費や設備投資の伸びが追い付かず、結果、内部留保が増えている。

この企業が持つ「貯金」に小池新党は目を付けたのである。内部留保の計算には様々あるが、希望の党が言う300兆円は小規模企業の内部留保を除いた分ということだろうか。

確かに、この4年間の円高修正や、国内景気の底入れによって、企業収益は大幅に改善した。アベノミクスの「成果」と言ってもいいだろう。

ところが、国民の間に景気好転の実感が乏しい。給与がなかなか増えていないからだ。にもかかわらず、企業の内部留保はどんどん増えていく。いっそ、そこに課税してしまえ、というのが「内部留保課税」だ。

企業にお金が滞留し景気が上向かない

実は、この課税。長年、財務省の一部官僚の間で話題にのぼってきた。財務省のチームが2012年頃に、なぜ日本経済が成長しないかを分析した際、その結論として見出したのが、企業が利益を再投資に回さず内部留保として蓄えてしまうから、というのが1つの答えだった。

そのころから、内部留保を吐き出させるために、課税してはどうか、という声があったのだ。諸外国でも韓国などで前例がある。

もちろん、企業関係者は反対だ。内部留保は企業が法人税などを支払った後に残った利益が積み重なったもの。そこにもう一度税金をかけるとなると明らかな「二重課税」である。

個人に置き換えて考えても分かるが、所得税を支払って残ったおカネを銀行預金にしたら、いきなりその元本に課税がされるようなものである。企業が利益をため込むことを許さない「社会主義的」な政策とも言える。

一方で、内部留保が設備投資や人件費に回らない状況が続いていることに、他に打つ手がないのも事実だ。

安倍内閣は企業の国際競争力を維持するために、法人税率の引き下げを断行してきた。その結果、企業の法人税負担は減ったが、一方で人件費の割合、いわゆる「労働分配率」は67.5%で、付加価値の総額298兆7974億円のうち人件費に201兆8791億円が回っている。企業収益が増える一方で、この労働分配率は低下を続けてきたのだ。

麻生太郎副総理兼蔵相も、「法人税率を引き下げるのはいいが、内部留保に回ってしまっては意味がない」と繰り返し苦言を呈している。

企業に内部留保を吐き出させる順当な政策としては、設備投資減税など再投資を優遇する手法が一般的だ。だが、この手法は繰り返し取られてきたが、なかなか設備投資に企業の資金が向かない。内部留保に課税するぞ、と言えば、嫌々でも設備投資に資金を振り向ける可能性はある。

あまりに社会主義的な政策

小池氏は政策スタンスとしては「右」だと言われている。ところが今回の選挙公約に盛り込まれた経済政策はかなり「左」だ。内部留保課税もそうだが、もうひとつ盛り込まれた「ベーシックインカム」もかなり左派的な色彩の強い経済政策である。

ベーシックインカムはすべての国民に一定の所得を保証しようという発想で、低所得者にも失業者にも一定の所得までは給付金を支給するというものだ。実際に、スイスなどで導入論議が盛り上がり、国民投票にかけられたこともある。

スイスでは国民投票において大差で否決された。その際、保守政党などは「働いても働かなくても一定の所得が保証されることになれば、働く意欲をそぎ、経済全体が成長力を失う」という反対論を展開した。格差拡大に反対するリベラル政党は賛成の論陣を張ったが、結局、国民投票では否決され、導入されることはなかった。

希望の党アベノミクスに対抗して「ユリノミクス」を掲げ、民間活力を引き出して、経済成長と財政再建の両方を目指すとしている。経済成長を否定しないところはアベノミクスと共通するが、内部留保課税やベーシックインカムはかなり左派的である。

この公約が選挙向けのものなのか、国会で一定の勢力を保った後も実現を迫る経済政策になっていくのかは分からないが、有権者がこうした経済政策にどんな反応を示すのか、注目したい。