企業に「内部留保」を吐き出させるのに 有効なのは「太陽政策」?「北風政策」?

ビジネス情報誌「エルネオス」12月号(12月1日発行)『硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

 

エルネオス (ELNEOS) 2019年12月号 (2019-12-01) [雑誌]

エルネオス (ELNEOS) 2019年12月号 (2019-12-01) [雑誌]

 

 

かつて財務省が省内中堅幹部を集めて、なぜ日本経済が成長しないか、その原因を非公式に探ったことがある。二〇一二年頃のことだ。結論は、日本が構造改革を怠り「グローバル化に乗り遅れた」こと。そして、企業が稼いだ利益を投資などに回さず、「内部留保を増やしている」こと、の二点だった。
 その後、二〇一二年末に発足した第二次以降の安倍晋三内閣では、アベノミクスの第三の矢として「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げ、規制改革を通して日本の経済構造の改革に取り組んできた。その取り組みが十分かどうか、成果が上がっているかどうかについては今回論じる対象とはしない。もう一つの「内部留保」については、二〇一三年以降も増え続け、毎年、過去最高を更新している。
 財務省が毎年九月に発表する法人企業統計によると、二〇一八年度末現在の企業が持つ「内部留保(利益剰余金)」の総額は、金融業・保険業を除く全産業ベースで四百六十三兆一千三百八億円と、前の年度に比べて三・七%増加した。第二次安倍内閣発足時の二〇一二年度は三百四兆四千八百二十八億円だったので、六年で百五十八兆六千四百八十億円、企業は内部留保を積み増したことになる。内部留保は、二〇〇八年度以降は毎年増え続け、二〇一二年度からは七年連続で過去最大となっている。
 しかも、二〇一八年度の企業が持つ「現金・預金」は二百二十三兆円にまで膨れ上がっており、企業が利益を投資などに回さずため込む動きは収まるどころかむしろ拡大している。企業が儲けを投資に回さなければ、おカネは社会に回らず、経済は成長しない。「大胆な金融緩和」で金利をゼロにしても、この状況は収まらず、現金・預金は増えているのだ。

法人税率引き下げが加速させた
企業の内部留保増加

 秋の内閣改造と併せて行われた自民党の役員人事で、党税制調査会長に就任した甘利明衆議院議員(写真)は、就任時の会見で、今年末にまとめる二〇二〇年度の税制改正の中で、内部留保を吐き出させる税制の導入に触れた。といっても、かねていわれている内部留保に課税するものではなく、内部留保M&A(企業の合併・買収)などに使った場合の税制上の優遇措置を設けるというものだった。いわば「太陽政策」で、企業に自主的に内部留保を吐き出させようという措置である。
 一方で、課税することで、内部留保を吐き出させるという「北風政策」を主張する向きもあるが、内部留保法人税を支払った後の税引き後利益を蓄えるもので、これに課税すれば明らかな二重課税。経済界や企業経営者はこぞって反対する。
 第二次安倍内閣以降進めた「法人税率の引き下げ」が、内部留保の増加を加速させている面もある。グローバルな競争に直面している企業の税率を国際水準並みに下げることで、競争を後押しするという狙いから税率引き下げが行われてきた。
 ちなみに、法人税率を引き下げて、消費税増税を行うことが、企業への減税分のツケを個人に回している「大企業優先」の政策だと主張する向きもあるが、これは当たらない。二〇一四度年に十一兆円だった法人税収は、税率の引き下げによって二〇一六年度には十・三兆円まで減少したが、二〇一七年度は十二兆円、二〇一八年度には十二・三兆円にまで増えた。税率を引き下げてもそれで企業の競争力が増し、さらに利益を増やせば、税収は逆に増えることになる。少なくともここ数年の法人税率引き下げでも、税収はむしろ増加傾向にある。
 税率引き下げで企業が儲かることは悪いことではないのだが、それを内部留保として積み上げてしまえば、経済社会におカネが回っていかない。日本の国内総生産(GDP)の六割以上は「消費」なので、成長につながるもっとも手っ取り早い経済循環は、消費に直結する所得を増やすことである。つまり給与の引き上げだ。
 安倍首相は就任以来毎年、経済界に対して「賃上げ」を求め続けている。それは、アベノミクスによる円安などで過去最高の収益を上げている企業が、従業員に積極的に利益分配すれば、それが消費に回り、そして再び企業の収益として戻ってくるからだ。いわゆる「経済好循環」が始まるわけだ。

給与や投資に
おカネが回らないことが常態化

 ところが、生命保険会社や年金基金といった機関投資家が「モノ言う株主」に変わってきたことで、企業は配当など株主還元を増やしている。法人企業統計によると二〇一八年度の配当金の総額は二十六兆二千六十八億円。安倍内閣発足時の二〇一二年度は十三兆九千五百七十四億円だったので、六年で八八%も増えている。
 一方で、人件費は百九十六兆円から二百八兆円へ、六%増えただけだ。前述のように内部留保はこの間五二%も増えている。
 ところで、経営者が従業員よりも株主を優遇しているのは、けしからんという主張もよく聞くが、これもよくよく考える必要がある。株主イコール資本家だった時代と現在はその中身が大きく変わっているのだ。生命保険会社や年金基金といった機関投資家は、年金委託者など国民の資産を増やすために株式投資をしている。配当が増えて機関投資家の運用収益が上がれば、それは年金掛け金を払っている国民の利益が増えることになるのだ。
 もちろん、一方で、従業員の給与の増加率が小さいのは事実だ。これには労働組合の組織率の低下や、労働市場が育っていないことなど、いくつか問題がありそうだ。だが、現在の人手不足は当面解消しない見込みで、さらに最低賃金の引き上げなどが進めば、企業の給与負担はジワジワと増えていくだろう。
 それでも、内部留保をこれ以上増やさない仕組みづくりは必要ではないか。
 企業がため込んだ内部留保全体に課税するのは無理があるにしても、一定の内部留保を超えた分については課税するなどの「北風政策」を一部導入することは必要ではないか。さもなければ、どんどん内部留保だけが増え続け、従業員給与や投資におカネが回らない状態が当たり前になってしまう。