2020年、日本の株式市場の行方―― 海外投資家は日本を「買う」か「売る」か

ビジネス情報誌「エルネオス」2020年1月号(1月1日発行)『硬派ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された拙稿です。是非ご覧ください。

エルネオス (ELNEOS) 2020年1月号 (2020-01-01) [雑誌]

エルネオス (ELNEOS) 2020年1月号 (2020-01-01) [雑誌]

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  • 出版社/メーカー: エルネオス出版社
  • 発売日: 2020/01/01
  • メディア: Kindle
 

かつて財務省が省内中堅幹部を集めて、なぜ日本経済が成長しないか、その原因を非公式に探ったことがある。二〇一二年頃のことだ。結論は、日本が構造改革を怠り「グローバル化に乗り遅れた」こと。そして、企業が稼いだ利益を投資などに回さず、「内部留保を増やしている」こと、の二点だった。
 その後、二〇一二年末に発足した第二次以降の安倍晋三内閣では、アベノミクスの第三の矢として「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げ、規制改革を通して日本の経済構造の改革に取り組んできた。その取り組みが十分かどうか、成果が上がっているかどうかについては今回論じる対象とはしない。もう一つの「内部留保」については、二〇一三年以降も増え続け、毎年、過去最高を更新している。
 財務省が毎年九月に発表する法人企業統計によると、二〇一八年度末現在の企業が持つ「内部留保(利益剰余金)」の総額は、金融業・保険業を除く全産業ベースで四百六十三兆一千三百八億円と、前の年度に比べて三・七%増加した。第二次安倍内閣発足時の二〇一二年度は三百四兆四千八百二十八億円だったので、六年で百五十八兆六千四百八十億円、企業は内部留保を積み増したことになる。内部留保は、二〇〇八年度以降は毎年増え続け、二〇一二年度からは七年連続で過去最大となっている。
 しかも、二〇一八年度の企業が持つ「現金・預金」は二百二十三兆円にまで膨れ上がっており、企業が利益を投資などに回さずため込む動きは収まらない。

株価が堅調だ。二〇一九年十二月十三日には日経平均株価が一年二カ月ぶりに二万四千円台に乗せた。世界経済の先行きに不透明感が強まる一方で、世界的なカネ余りが続いており、出遅れ感の大きかった日本株にこうした資金が向かったという。
 日本取引所グループがまとめている投資主体別売買状況(週次、二市場一・二部合計)によると、一月四日から九月二十七日までの三十八週のうち、「海外投資家」が買い越していたのは、わずか七週だったが、九月三十日から十二月六日の十週では、八週で「買い越し」ていた。この間の買い越し額は二兆円近くに達した。日経平均株価が二万一千円台から二万四千円台に急伸した背景には、こうした海外投資家の買いがあった。
 日本の株式市場の売買の中心は海外投資家で、彼らの動向が株価を大きく左右する。世界の株式相場が上値を追う中で、日本株の動きが鈍いのは、ひとえに海外投資家が日本株を敬遠してきたことが大きい。
 一二年十二月に第二次安倍晋三内閣が発足し、アベノミクスが打ち出されると、海外投資家は大幅に買い越した。一三年は十五兆一千百億円、一四年は八千五百億円を買い越した。アベノミクスの三本の矢の三本目である「民間投資を喚起する成長戦略」に海外投資家は注目し、「日本が変わるのではないか」という期待を寄せた。低収益で成長路線から外れた日本企業の収益力が二倍になれば、株価が二倍になってもおかしくない、と読んだわけだ。
 ところが、一五年には買いが止まり、金額は二千五百億円と小さかったものの、七年ぶりの売り越しになった。アベノミクスへの失望が広がり、「やはり日本企業は変われない」という見方が強まったのだ。翌一六年は三兆六千八百億円も売り越し、翌年は小幅の買い越しだったが、一八年は五兆七千四百億円の大幅な売り越しになった。

公的な資金で
日本株が買い支えられている

前述の通り、一九年も秋口までは海外投資家は「売り」先行だった。九月末までの累計で三兆円以上を売り越していた。それが二兆円近くを買い越した結果、十二月六日時点で「海外投資家」は一兆二千億円の売り越しになっている。年末に向けて大幅な買い越しが続けば、年間で買い越しに転じる可能性も出ている状況だ。一九年を海外投資家が二期連続の売り越しで終わるか、わずかながらも買い越しになるかで、二〇年の相場のムードは大きく変わってきそうだ。
 ちなみに、海外投資家の売買が注目される一方、個人投資家の「売り」は止まらない。一一年にごくわずか買い越したのを最後に、毎年、大幅な売り越しを続けている。一九年も十二月六日時点で三兆八千億円近い売り越しとなっており、八年連続の売り越しになるのはほぼ確定的だ。高齢化の進展によって、金融資産として持っていた株式を売却換金する流れがジワジワと広がっている。株価水準が上がれば、個人の売りが出てくるという傾向が強まっている。
 個人が大幅に売り越し、海外投資家も売り越し傾向だとすると、いったい誰が日本株を買っているのか。
 大きいのは事業法人の買い越しだ。一一年以降一八年まで八年連続で買い越しを続けており、一九年も買い越したもようだ。高収益を背景に、企業が「自社株買い」を続けていることや、投資で他社の株式を保有するケースが増えていることが背景にあるとみられる。
 また、信託銀行の買い越しも五年連続で続いている。年金基金の資金の運用を受託している投資顧問会社などが売買する際、信託銀行名義になるため、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などによる日本株買いを表しているとみられている。
 さらに、日本銀行による株価指数連動型の上場投資信託ETF)の買い入れが、売り物を吸収している。日銀のETF買い入れは一七年度に六兆一千七百億円、一八年度に五兆六千五百億円に達した。明らかに公的な資金で日本株が買い支えられていると言える。

株主還元要求が増え
経営は株主重視へ

 では、二〇二〇年の相場はどうなるのだろうか。量的金融緩和を進める日本銀行の政策は変わりそうになく、ETFの買い入れによる株式市場からの吸い上げは続く見込み。個人投資家の株式売却も進んでいくだろう。企業による自社株買いも続くと見ていい。つまり、引き続き、海外投資家がどう動くかで株価が左右される状況が続くことになりそうだ。
 そんな中で、海外投資家は何を見て日本株に投資するか。
 年金基金などの機関投資家は中長期の視点で投資するので、明らかに日本企業の収益性がどう改善していくかを見ている。経営が変わり、ROE(株主資本利益率)などが大きく改善する余地があるかどうかを見極めて、「良い会社」に投資してくる。あるいは、すでに投資している会社に対して、株主として意見を言って経営改革を促すことも今後増えてくるだろう。
 日本もコーポレートガバナンス・コードなどを通じて、経営者と株主の対話を促しており、日本企業も投資家の声に耳を傾けるようになった。昨今、配当増額などの株主還元など「株主提案」を行ったり、長期無配企業の役員選任議案に反対投票する海外機関投資家が増えている。二〇二〇年も三月期企業の六月株主総会に向けて、株主提案などが増えるだろう。
 また、一九年はリクシルアスクルなどで経営権を巡る争いが表面化したほか、ぺんてるを巡るコクヨとプラスの株式争奪戦など、経営のあり方を株主が問うケースが増えた。日産自動車関西電力など不祥事を巡ってトップが代わる事態も相次いだ。いずれも、機関投資家など大株主の動きに左右される案件だった。
 日本企業の経営がより株主の利益を重視する方向に変わってくるのは間違いない。中長期にわたって海外の投資家に株を持ってもらう企業が増えていくかどうか。それが今後の日本の株式市場の行方を大きく左右しそうだ。