「木製サッシ」で日本の住宅に革命を起こす

雑誌Wedgeにの2月号(1月20日発売)に掲載された、毎月連載している『Value Maker』です。是非お読みください。

Wedge (ウェッジ) 2020年 2月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 2月号 [雑誌]

  • 作者:Wedge編集部
  • 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
  • 発売日: 2020/01/20
  • メディア: Kindle
 

 

 「木製サッシ」と言うと、「サッシってアルミサッシじゃないの」と多くの人が思うに違いない。それほどサッシと言えばアルミというイメージが強い。もともと英語のサッシ(sash)は窓枠に使う建材のことで、欧米では木製のサッシが広く使われている。
 日本でアルミニウム合金製のサッシが広がったのは、加工がしやすい一方で、価格が手ごろで腐食にも強いため。より多くの住宅供給が求められた高度経済成長期の日本で爆発的に普及した。このため、サッシと言えばアルミサッシという印象が定着したのだ。
 「日本は木が豊富にある国で、木製サッシなら気密性も高く、結露もしないのに、なぜ使わないのだろうか」
 そう、建築家の中野渡利八郎さんは不思議に思い続けてきた、という。中野渡さんは東京・世田谷を中心に一戸建て住宅の建設を手掛けてきた「東京組」の創業者。1993年以来、注文住宅やデザイン住宅など6000棟を建ててきた。営業にカネをかけず、モデルハウスも持たないユニークな経営スタイルで知られる。
 実は、結露が発生せず、断熱性が高い木製サッシを、中野渡さんは自社で建てる住宅に数多く使ってきた。大半がイタリア製の輸入品だった。北欧製や米国製のサッシも使ったが、窓の木組みの精度が優れているイタリア製に惚れ込んだ。

 

日本の木でサッシを作りたい


 だが、それでは、建物を日本の木材にこだわって建てたとしても、窓枠や窓だけが輸入材になってしまう。日本の木でサッシを作れないか。そう考え続けてきた。その末に、自分自身でサッシ工場を建てることを決める。
 2016年にサッシ工場のための会社を設立した。社名は、名付けて「日本の窓」である。これこそが、日本の木で作った日本の窓だ、というわけだ。日本の木で窓を作ることで、日本の森を守り、森の文化を育むことにつながる。
 本社と工場は青森県十和田市に置いた。中野渡さんの故郷である。友人の牧場に、すべて日本の木を使って工場を建てた。木造である。白木の丸太が作り出す空間は美しい。筆者は仕事柄、数多くの工場を見てきたが、間違いなく日本一美しい工場だろう。優れた窓を作るには、美しい空間で働いてこそ、創造意欲が湧く。そう考えたのだという。
 青森を選んだのは、もちろん、故郷に恩返しをしたいという思いもあった。だが、それだけが理由ではないと、中野渡さんは語る。
 「正直言って、材料にする青森の杉は節が多いなど加工が難しい。逆に言えば、ここで成功すれば、他の銘木の産地なら簡単にできるということです。どんどん真似をしてもらい、日本の木を使った木製サッシが広がって、主流になって欲しい」
 そんな中野渡さんの夢を形にした工場が稼働したのは17年4月。窓はひとつひとつ作るので、サイズも色も自由に決められる。完全なオーダーメイド。注文主の窓が製造ラインに流れる際に、工場に招き案内することも可能だ。
 木材を削り出していくのは、イタリアから直輸入した専用の工作機械。木材を窓枠に精密に組み立てるための「ホゾ」なども自動で削り出す。木と木がぴったり合わさることで、気密性が保てる窓ができ上がる。木材にはガラス塗料を塗り、防水性も高い。ガラスは日本の技術の粋を集めた大手ガラスメーカーの製品をはめこむ。ガラスは三層構造まで作れる。年間ざっと2000の窓を作る。
 唯一、窓を窓枠に固定する金具類はイタリア製だ。密閉させるために重要な役割を担うが、中野渡さんを満足させる日本製はない。「日本の技術をもってすれば、もっと精密な良い金具が作れると思うのですが、需要が少ないのか、手に入りません」と言う。
 ちなみに、中野渡さんが自ら木製サッシ工場を作ろうと思ったのには、ひとつの大きなきっかけがあった。

 

火にも強い「木」


 日本国内で流通していた防火アルミサッシの多くが建築基準法で定められた防火性能を満たしていないことが発覚したのだ。結果、サッシメーカー各社が防火アルミサッシの販売を一斉に中止。基準に合わせるため樹脂製などに仕様を大きく変更したが、価格がいきなり2.5倍になった。住宅建築の注文を受けていた東京組が大損害を被ることになったのだ。
 木製サッシは火に弱いのではないかと思われるに違いない。だが、実験の結果はまったく違った。800度の温度で20分持つことが基準なのに対し、アルミサッシはわずか6分でガラスとアルミの接合点が溶けた。一方、木製の場合、炭化しても反対側に火が出ることはなく、20分の耐火試験を難なくパスした。密閉度だけでなく、耐火性でも優れていることが分かったのだ。
 家を建てる建築家にとって、注文主に品質を偽ることは信頼を裏切る行為にほかならない。耐火性能の偽装は、その一点においてアウトだった。建築家でありながら建材工場を建てる決心をしたのは、そんな背景があった。
 11年の東日本大震災以降、省エネへの関心が大きく高まった。そんな中で、日本の住宅の断熱性能の低さが問題視され始めている。断熱性が低いために、部屋ごとの冷暖房が必要になり、大量の電力を無駄にしているというわけだ。
 部屋ごとに温度差が大きいため、冬のトイレで脳卒中で倒れるなど、「ヒートショック」で死亡する人は、交通事故死よりもはるかに多い、という統計もある。その住宅の断熱性能の低さの最大の原因が「窓」の断熱性が低いことなのだ。
 一方で、欧米の住宅の窓はガッチリした木製サッシが主流で、外と室内の熱を遮断する。このため、寒冷地にあっても欧米の家は暖かい。暖房設備も家全体を温める仕組みのものが多く、熱効率が高い。

 つまり、日本は「住宅省エネ後進国」なのである。皆が断熱性能の高い家に住むようになれば、冷暖房のために使う電気などのエネルギー使用量が激減し、省エネが進む。
 「最大の問題は世の中の人がなかなかその事実を知らないことです」と中野渡さんは言う。

 

100年以上使い続ける


 戦後、日本の住宅政策は、国民の持ち家率を上げることばかりが目指され、住宅の「質」には重点が置かれないきらいがあった。20年から30年で建て替えることが前提の家ばかりになり、何世代にもわたって使い続ける欧米の住宅との質的格差が大きくなった。見えないところにコストがかかる「断熱性能」にはほとんど見向きもされてこなかった。
 「これぞ日本の家という住宅を作りたい」と中野渡さんは言う。100年以上にわたって使い続ける本物の家だ。木製サッシの普及は、そのための一歩なのだろう。中野渡さんが「日本の窓」から見据える将来は、日本が長年育んできた木の価値、文化の価値を見直すことにほかならない。