長らく低迷していた消費に底入れの兆し? 景況感を示す「住宅着工戸数」の増加続く

月刊エルネオス8月号(8月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/number1508.html

景気を読むための「指数」
 日本の景気は減速が続くのか、あるいは明るさが見えてくるのか。参議院選挙で安倍晋三首相がアベノミクスの成果を訴える一方で、野党各党はアベノミクスの失敗を批判した。現状について真逆の評価ができるほど、経済指標によって景況感の見え方が異なるのが現状だ。私たちはどの統計を見て景気の良し悪しを判断すべきなのだろうか。
 定期的に発表されるさまざまな経済統計のうち、最も一般的に使われるのが国内総生産(GDP)だが、三カ月に一度しか発表されない。一〜三月期のGDPは改定値が六月に発表されたが、それによると年率で一・九%増とプラス成長だった。だが、うるう年で一日多かった効果も含んでおり、四〜六月期がプラスを続けるかどうかが注目されている。ところが、速報の発表でも八月十五日まで待たなければならない。足元の景気がどうなっているかを見るには不便だ。
 そこでしばしば使われるのが、鉱工業指数である。日本の鉱業・製造業の活動状況を総合的に表す指標として、経済産業省が公表している。生産指数、出荷指数、在庫指数、稼働率指数などがあるが、新聞報道などでは生産指数に着目されることが多く、「鉱工業生産指数」として報じられている。五月の鉱工業生産は前月に比べて二・三%低下。「日本経済新聞」は「トヨタが計画減産した二月を除くと一三年六月以来の低水準となった」と報じていた。生産で見る限り、足元の景気は悪いということになる。
 日本では長い間、製造業が重要な地位を占めてきた。景況感で製造業の生産状況が重視されてきたのは「モノづくり国家」だったことが大きい。自動車や家電製品などを作って海外に輸出する経済モデルでは、その第一歩である「生産」に着目することで景況感を占うことができた。

注目される「住宅着工件数」

 ところが米国ではやや状況が違う。鉱工業生産ももちろん公表しているが、エコノミストの多くは雇用統計と住宅着工件数に着目するケースが多い。雇用が増えているかどうかは経済情勢を推し量るうえで、重要な指標だ。政策的な目標としても重視される。職に就いている人が増えれば、いずれ消費の増加にもつながる。米国は「消費大国」だから、景況感を占うには生産よりも消費の先行きを占う指標が重みをもってきたわけだ。
 もう一つ、住宅着工件数も注目される。住宅建設は言うまでもなく経済的な波及効果が大きい。住宅資材そのものだけでなく、住宅設備機器などの需要に直結する。さらに家具やインテリア用品の購買にもつながるし、車の買い替えなども起きる。住宅着工が増えれば、早晩、消費に火が付き、景気が上向くとみられるわけだ。これも消費が大きなウエートを占める経済構造ならではといえるだろう。
 実は日本経済の構造も大きく変化している。「モノづくり大国」から「消費大国」へと急速に変化している。製造業が工場を海外移転しているからだけではなく、さまざまな対外投資から入ってくる収入なども大きく増えた。日本のGDPの六割以上は「消費」が占めるようになっている。そんな中で、鉱工業生産指数の意味が急速に薄れているように見える。要は米国型の経済に移っているわけだ。
 日本でも住宅着工のデータは国土交通省が公表している。「新設住宅着工戸数」である。実は、この住宅着工が、ここへきて増加傾向を示している。五月の新設住宅着工戸数は七万八千七百二十八戸と、一年前の五月に比べて九・八%も増えた。前年同月を上回るのは今年一月以降五カ月連続のことだ。
 さらに注目すべきは、消費税増税前の駆け込み需要が膨らんだ二〇一三年の実績を上回ってきたことだ。今年一月までは一三年の同じ月の戸数を大きく下回っていたのだが、二月、三月、四月と三カ月連続で上回った。五月は一三年の七万九千七百五十一戸を一千戸余り下回ったが、善戦したと見ていい。一三年の駆け込みのピークは十月から十二月で、いずれも月間九万戸を超えた。六月以降、着工戸数が順調に増え、このピークにどこまで迫っていけるかが、景況感を占ううえで重要になるだろう。

マイナス金利効果

 では、なぜ住宅着工が増えているのか。日本銀行が今年二月に導入した「マイナス金利」の効果がジワジワと効き始めていると見ていい。住宅ローン金利が史上最低水準に下がったことで、住宅を買う動きが出始めている。まだまだ住宅ローンの借り換えブームにとどまっているという指摘もあるが、急速に住宅の新規購入や買い替えに結びついてきている。
 六月、七月の住宅着工が高水準を維持するようならば、消費税増税以降、低迷を続けている国内消費に底打ち感が出てくる可能性がある。住宅着工は文字通り着工した件数なので、完成までにはタイムラグがある。さらに耐久消費財の消費に結び付くまでにも若干の時間が必要だ。そういう意味では、昨今の住宅の伸びが消費に表れてくるのは、早くて今年の秋から年末ということになるだろう。
 不動産価格が上昇していることも、住宅着工にはプラスに働く。都心では分譲マンションがブームの様相を示しており、販売価格も上昇傾向が続いている。中古マンションの価格が上昇すれば、消費者の買い替え意欲を刺激することになる。実際に住むための「実需」だけでなく、将来の価格上昇を見込んだ「投資」も増えるわけだ。一部には「バブル」を懸念する声も出始めているが、住宅取得ブームが景況感に大きくプラスになるのは世界の常識。日本がデフレから脱却する大きな原動力になる可能性がある。
 本欄でも何回か指摘しているように、日本銀行はまだ本気で「マイナス金利」政策を打っているとはいえない。市中銀行日本銀行に持ち込んだ当座預金二百十兆円には今でも年利〇・一%という金利が付いている。この全部もしくは一部をゼロ金利にするだけでも、資金の追い出し効果はある。預金に置いておけなくなった資金は不動産などの実物資産に回る。今後の日本経済の行方を占ううえでも、新設住宅着工戸数から目が離せない。