日経ビジネスオンラインに3月31日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/033000045/?P=1
ついに地価の下落が止まった。国土交通省がこのほど発表した2017年1月1日時点の公示地価で、「全国の住宅地」が9年ぶりに上昇に転じた。上昇率は前年比0.022%とわずかだったが、それでも上昇に転じた意味は大きい。「全国平均の全用途」では0.4%プラスと2年連続での上昇となっており、「資産デフレ」からの脱却が鮮明になってきた。
2012年末に安倍晋三内閣が発足して以降、株価は底入れしていたが、全国平均の地価はジリジリと下落していた。大都市圏の商業地は早期に底入れしたが、地方都市の地価は下落が続いていた。
今回の公示地価では、「全国の商業地」は1.4%上昇した。上昇率は前年の0.9%から拡大しており、商業地の地価上昇が鮮明になった。札幌、仙台、広島、福岡の地方中核4市の上昇率が6.9%と、三大都市圏の3.3%を大きく上回ったのが目を引いた。観光などに訪れる訪日外国人の大幅な増加が、地方中核都市にも広がり、不足が目立つホテル建設などが相次いでいることが商業地上昇の背景にある。一方で、地方でも都市部以外の地価は下落が続いており、二極化が進んでいる。
新規の住宅着工戸数が増加へ
そんな中でも住宅地が全国平均で上昇に転じた意味は大きい。住宅価格が上昇に転じてきたことで、買い替えが容易になり、新規の住宅建設に結びつく。すでに大都市圏では中古マンションの価格上昇などをきっかけに、新築マンションの建設ブームが続いている。地価の下落が止まることで、戸建て住宅でも新規建設の増加が鮮明になりそうだ。
実際、新たに建設する住宅の着工戸数は増加に転じている。国土交通省が毎月発表している新設住宅着工戸数は、2016年7月以降、7カ月連続で前年同月比で増加。1月は7万6491戸と、前年同月比12.8%の大幅増だった。
新設住宅は、消費税増税前の2013年に駆け込み需要で大幅に増えた。2016年は春から、駆け込み需要に迫る建設ラッシュが続いていた。秋以降も腰折れしていないことから、住宅建設ブームが定着しつつあるとみてよさそうだ。
背景にあるのは「マイナス金利」
地価上昇の背景にあるのは「マイナス金利」。2016年2月に日本銀行が導入したが、その後、住宅ローン金利が歴史的な低水準になるなど、その効果がじわじわと広がっている。
金融界にはマイナス金利政策を批判する声が根強いものの、着実にその効果が表れていると言ってよさそうだ。新設住宅着工でも「貸家」の伸びが大きくなっており、低金利と地価の上昇を背景に、空き地に賃貸マンションを新築したり、老朽化したアパートを建て替える例が増えている。不動産投資が活発化しているのだ。
日本銀行は昨年11月の政策委員会・金融政策決定会合で、マイナス金利政策を継続したうえで、長期金利をゼロ程度に誘導する方針を示した。さらにJ−REIT(不動産投資信託)の買い入れも引き続き行う方針を決めた。こうした政策によって不動産投資が後押しされることになりそうだ。
全国の商業地の平均地価は、リーマンショック前の8割
もっとも、日本銀行はマイナス金利政策について本腰を入れているわけではない。市中銀行が日本銀行に持ち込んだ当座預金二百十兆円には今でも年利0.1%という、普通預金金利からみたらかなり高利の金利が付いている。この全部もしくは一部をゼロ金利にするだけでも、資金の追い出し効果はあるはずだが日銀は慎重だ。「マイナス金利政策を拡大すればバブルが起きる」(日銀幹部)というのである。
もっとも、今回公表された公示地価でも、全国の商業地の平均地価は、リーマンショック前の2008年の8割の水準にとどまっている。まだまだ「不動産バブル」というほどの水準には達していない。
保有資産の価格上昇で、消費者の財布が緩む
地価、とくに住宅地が上昇に転じてきたことは、デフレに苦しんできた日本経済にとって画期的なことといえる。住宅ローンを抱えている一方で、住んでいる家の地価下落が続いていれば、ローン返済ができなくなった時にローンだけが残るリスクが生じる。将来への不安から消費にもブレーキがかかる。
逆に保有する住宅の価格が上昇すれば、家計が「含み益」を抱えることになり、前述のように転売が容易になるばかりでなく、いわゆる「資産効果」による消費増につながる期待も生じる。保有資産の価格が上昇することで、将来不安が薄れ、消費者の財布が緩むわけだ。
資産効果だけではない。地価の上昇によって買い替えが進み、新設住宅着工が増えることで、消費の「実需」も大きく増える可能性がある。
消費の底入れを期待
住宅を建設した場合、それに付随して生まれる消費は大きい。住宅を建てれば、家具やインテリア用品、家電製品、食器などの家庭用品など、様々なモノの買い替えにつながる可能性が出てくる。家の新築に合わせて自動車の買い替えなどを行う例も増えるとされる。つまり、住宅建設が、低迷を続けている日本の消費を底入れさせる期待が出てくるのだ。新設住宅着工が目に見えて好転し始めてそろそろ1年。続々と住宅が完成するタイミングに来ている。そろそろ消費の低迷に底入れ感が出てくる可能性がありそうだ。
地価の上昇は「担保価値」を増すことにもつながる。地価下落が続く中では、金融機関も不動産向け融資には慎重にならざるを得なかった。担保にとった土地の価格が下落した場合、担保不足になるリスクがあったからだ。マイナス金利によって金融機関が資金を当座預金などとして抱え込むメリットが薄れたこともあり、不動産投資などへの融資がさらに広がってくることになるだろう。
先行投資を促進、事業に必要な土地取得に動く
地価の上昇は不動産会社などの先行投資を促す役割も果たす。少しでも地価が上昇する前に土地を確保しようという動きが加速するためだ。マイナス金利によって、現預金などで不動産会社が資金を抱え続けるよりも、将来の事業に必要な土地の取得に動くことになるわけだ。
とはいっても、個人の住宅需要はなかなか大きくならない。人口減少が鮮明になっているからだ。そもそも住宅を新規に必要とする人の数が減っているのである。
そんな中で、需要を増やすにはどうするか。
担保を超える返済は求めない「ノンリコース・ローン」
より広い、大きな家への住み替えを促進することがひとつのカギだろう。政府の戦後の政策は不足する住宅を補い、持ち家比率を上げるために、買いやすい小規模な住宅の取得を優遇することだった。日本人の家が「うさぎ小屋」と海外から揶揄されて久しい。より広い住宅への住み替えを後押しするような政策が必要だろう。
そのひとつの具体策が、ノンリコース・ローンと呼ばれるものだ。土地を担保に住宅ローンを借りた場合、仮に地価が下落した時に、担保の土地を手放せば住宅ローンが免除されるローンの仕組みだ。欧米では当たり前の制度として定着している。日本の場合、地価が下がると、返済ができなくなった場合、不動産を売却してもローンだけが残ることになる。ローンの仕組みがノンリコースに変われば、将来の不動産価格の下落リスクを消費者が負わないで済むようになり、より気軽に住宅取得ができるようになる。
不動産投資を拡大させる政策を本格化させよ
実は、ノンリコース・ローンの導入は民主党政権下などで検討されたことがある。だが当時は地価の下落が続いており、金融機関側が導入に難色を示した。当然である。地価下落のリスクを金融機関が負うことになるからだ。
逆に言えば、地価が上昇に転じたことで、ノンリコース・ローンを導入する好機が到来したともいえる。アベノミクスの効果がなかなか出ないと言われる中で、不動産投資を拡大させる政策を本格化すべきだろう。より大きな住宅を多くの国民が手に入れることは、日本人の生活をより豊かにするだけでなく、日本の文化を磨くことにもつながるはずだ。