55億円をだまし取られた「地面師事件」が発端 積水ハウスで勃発した“ガバナンス巡る激突”の深層

ITmediaビジネスオンライン#SHIFTに不定期で連載している『滅びる企業生き残る企業』に3月11日に掲載されました。是非お読みください。オリジナルページ→https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2003/11/news022.html

 投資家が企業を選ぶ尺度としてESGが重視されるようになってきた。ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ったもので、海外投資家から始まり、今では日本の機関投資家も重視するようになってきた。中でも日本では、企業のガバナンス不全が長年指摘され続けており、この改善が大きな課題になっている。

 今年も株主総会に向けた「モノ言う投資家」の動きが始まっている。前哨戦ともいえる3月総会(12月期決算企業)では、キリンホールディングスの2%超の株式を保有するとみられる英投資会社フランチャイズ・パートナーズが、社外取締役の選任と自社株買いを求める株主提案を提出、キリンHD側はこれを全面的に拒否し、株主総会で争う構えだ。

 また、4月総会(1月期決算企業)では積水ハウスの和田勇・前会長兼CEO(最高経営責任者)らが、取締役の総入れ替えを求める株主提案を提出。これも会社側は全面的に拒否しており、総会に向けてプロキシーファイト(委任状争奪戦)になることが確定的になった。

前会長「業界の常識では考えられない異常な取引」

 いずれも、ガバナンスの在り方が問われているが、とくに積水ハウスの場合、ガバナンスを巡って両者が激しく対立している。

 実は、和田前会長は2018年1月に、現経営陣によって事実上解任されている。17年に発覚した「地面師事件」での責任を問い、阿部俊則社長(当時。現在は会長)の解任を迫ったところ、逆に返り討ちにあって会長職を追われた。阿部氏ら現経営陣が事件の実態解明を阻んでいるというのが和田氏の主張で、全員の交代を求めている。

 問題の地面師事件は、東京・西五反田の土地に絡んで、積水ハウスが偽の所有者との売買契約を結び、同社が55億円を騙(だま)し取られたもの。本物の所有者から契約は偽であるという内容証明郵便が会社に繰り返し届いているにもかかわらず、取引を強行したことや、7月末までの代金支払いを2カ月前倒しで支払ったり、振込ではなく、預金小切手で支払ったりするなど、「業界の常識では考えられない異常な取引」だったと和田氏は指摘する。

和田氏らは、これを単なる詐欺被害ではなく、阿部俊則・現会長(事件当時・社長)らが「経営者として信じ難い判断を重ねたことによる不正取引」だと断じている。

 これに対して積水ハウスは、3月5日に取締役会を開いて株主提案に反対することを決議。地面師事件については、「不正取引は存在しません」と全面的に否定している。また、調査報告書の公開を拒み続けるなど、「隠蔽(いんぺい)を続けた」と和田氏らが主張していることについても、真っ向から反論して、こう述べている。

 「2018年3月6日付の適時開示文書として、『分譲マンション用地の取引事故に関する経緯概要等のご報告』を公表しており、『地面師事件』の経緯概要、発生原因、責任の所在、再発防止策及び処分の内容に至るまで網羅して記載しております」

 この文書には調査報告書の結論が引用され、阿部社長(当時)の責任について「業務執行責任者として、取引の全体像を把握せず、重大なリスクを認識できなかったことは、経営上、重い責任があります」としている。しかし、事件の具体的な内容についてはほとんど触れられていない。その点については、「地面師事件の模倣犯を生じさせかねないことへの懸念や捜査上の機密保持及び個人のプライバシーへの配慮のため」だとしている。まったく主張が噛(か)み合っていないわけだ。

 果たして、株主総会ではどんな結論になるのか。

phot2018年3月6日付の適時開示文書「分譲マンション用地の取引事故に関する経緯概要等のご報告」で触れられている事件の経緯概要(以下、積水ハウスのWebサイトより)
  phot事件の具体的な内容についてはほとんど触れられていない

海外投資家と機関投資家の判断に注目

 和田氏らが株主提案した取締役選任議案では、和田氏のほか、19年6月まで常務執行役員だった藤原元彦氏、同じく19年まで北米子会社のCEOだった山田浩司氏、現役の取締役専務執行役員である勝呂文康氏の4人の積水ハウス関係者に加えて、米国人のクリストファー・ダグラズ・ブレイディ氏ら7人の独立社外取締役を候補としている。社内4に社外7という構成だ。

 一方、5日に会社側が決めた取締役候補は社内8に社外4という構成。阿部会長や仲井嘉浩社長ら4人の代表取締役はいずれも留任するほか、4人の社内取締役のうち1人を交代させる。退任するのは、和田氏側の株主提案に名前を連ねた勝呂氏だ。

 積水ハウスは、和田氏の解任以降、ガバナンス改革を進めてきたと強調している。実施した施策として掲げているのが、(1)代表取締役の70歳定年制、(2)取締役の担当部門の明確化、(3)議論活性化のための経営会議の設置、(4)取締役会の実効性評価の実施――の4点。また、4月の総会で社外取締役を4人に1人増員するのは、社外取締役の比率を3分の1にするためだとしている。

    phot2018年を「ガバナンス改革元年」と位置付けた積水ハウスグループの「コーポレートガバナンス体制強化への六つの項目」など

 「18年以降、徹底したガバナンス改革によりガバナンスは強化されている」と自らのガバナンス改革に胸を張る。一方で、和田氏らが提案する社外取締役候補者については、「住宅・不動産ビジネスに関する知識・経験を有していることが窺われる候補者が一人として含まれていません」と一蹴している。

    phot株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ(以下、積水ハウスのWebサイトより)

 果たして、株主総会では誰が取締役に選ばれるのか。帰趨(きすう)は海外投資家や機関投資家がどう判断するかにかかっている。

 積水ハウスの発行済み株式数は、19年1月末現在で6億9068万株。大株主名簿ではトップは日本マスタートラスト信託銀行の信託口となっているが、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」が、19年3月末で同社株を5872万9500株保有していることを公表しており、発行済み株式数の8.5%に相当する、実質の筆頭株主とみられる。次いで、もともとの母体であった「積水化学工業」が6.1%を保有する。さらに、米投資会社のブラックロック・グループが合計6.16%を保有していることが分かっている。

 ブラックロックを合わせた外国人投資家の保有比率は、19年1月末段階では全体の22.7%に達している。海外投資家はESGに敏感で、地面師事件のような不祥事を起こした経営者には厳しい。米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)など、議決権行使助言会社が、阿部氏ら現職代表取締役に反対票を投じるよう推奨するようなことがあれば、海外投資家は再任に反対に動く可能性が高い。

   phot積水ハウスのWebサイトに掲載されている2019年1月31日現在の大株主

「経営権を争う例」が増える

 GPIFは議決権を直接には行使しないが、運用委託先ファンドを通じて議決権を行使している。18年4月から19年3月の間の株主総会では、会社側の提案に対しても10.1%に当たる1万4731件で反対票を投じているほか、株主提案281件のうち4.3%に当たる12件で賛成票を投じていた。

 大株主には、「SMBC日興証券」(2.33%)や「三菱UFJ銀行」(1.97%)、「第一生命保険」(1.76%)などが名を連ねている。国内のこうした金融機関の賛否がどうなるかも注目される。

 4月の株主総会に向けて、会社側も和田氏側も、メディアなどを使って「自らのガバナンスの正当性」を訴えることになるだろう。

 6月には3月期決算企業の株主総会が集中する。3月後半から4月にかけて、こうした企業に「株主提案」が数多く出されることになりそうだ。19年6月のLIXILグループ株主総会では、潮田洋一郎取締役会議長(当時)に社長兼CEOを解任された瀬戸欣哉氏が株主提案を出し、海外ファンドなどの賛成を得て、取締役に復帰した。

 会社側と株主提案側で経営権を争う例が増えることになりそうだ。会社で不祥事などが起きれば、間違いなく株主からガバナンスを問われる時代になり、絶対権力者と思われてきた社長や会長も安閑とはしていられなくなってきた。