オンライン授業の経験で「コロナ後」の学校の形が変わる  熊本市・遠藤洋路教育長に聞く

現代ビジネスに5月14日に掲載されたインタビュー記事です。是非、ご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72553

新型コロナウイルス対策として2月末に小中学校への休校要請が出されて以降、子どもたちへの教育をどうするかが大きな社会問題になっている。

海外ではインターネットを通じたオンライン授業が行われているが、日本の公立の小中学校は対応が遅れている。そんな中で熊本市は、市内の全小中学校でのオンライン授業を4月中旬から始めて注目を浴びている。

熊本市の取り組みについて遠藤洋路・熊本市教育長にオンラインでインタビューした。(聞き手はジャーナリスト 磯山友幸

学校差、家庭差は何で生じるか

 熊本市では市立の小中学校全校でオンライン授業を実施しているそうですね。

遠藤 2月末に政府の休校要請があった後、3月の休校時には4校をモデル校にしてオンライン授業の実験をしました。その後、4月3日に新年度の当面の休校を決めた際に、全校でオンライン授業を行うこととし、4月15日ごろから始めました。一応、全校で始まりましたが、学校によってレベルはまちまちです。

 学校による差は何によって生じているのですか。

遠藤 圧倒的に機材の問題です。実は2年前から授業に使えるようタブレットの配布を始めていました。もちろん、在宅でのオンライン授業を想定していたわけではありません。授業の中で使ったり、宿題をやるための機材として学校に配布し始めていました。

それでも、現状では3人に1台分しか行き渡っておらず、圧倒的に足りません。自宅では保護者のタブレットなどを使うようお願いし、持っていない家庭に貸し出しています。中学校では何とか全員がタブレットを持ち、全学年でオンライン授業ができるようになりましたが、小学校では3年生以上で、しかも学年によって交互に使うなど工夫している学校もあります。

 家の通信環境によってもだいぶ違うのでしょうね。

遠藤 ええ。台数も足りませんし、自宅のパソコンにカメラが付いていなかったり、通信回線が細かったり、環境は同一ではありません。オンライン授業も先生と生徒が双方向でやり取りできている学年もあれば、写真などを見せて一方向の授業を行っているところもあります。学校によっては子供同士が相談して、発表を行うなど、通常以上に活発な授業になっているところもあります。

 家庭によって環境に差がある中で、オンライン事業を始めるに当たって、反対や懸念の声はなかったのでしょうか。

遠藤 もちろん心配する声はありました。しかし、休校という異常事態に直面しているわけで、「何もやらない」か「オンライン授業をやる」かの選択肢しかないわけです。何もやらないよりは、不安はあってもやる方が良いという点について異論はありません。

今回は、環境など「高い方」に合わせることにしました。タブレットが家庭にないなど「低い方」に合わせていたら何もできません。高い方を見てオンライン授業を行う一方で、設備がない家庭など低い方をどうやって底上げし、問題解決するかを考えることにしました。

政治、メディアの協力

 当然、市長などの協力が不可欠ですね。

遠藤 これまでも教育現場の改革には市長に全面的にバックアップしていただきましたし、むしろ市長がより前向きだったと思います。現在、5月補正予算を策定中で、これから市議会での議論が始まりますが、補正にはタブレット配布をひとり1台にするための予算が含まれています。

 前倒しでひとり1台が実現するということですか。

遠藤 生徒は約6万人で、現状2万台が配布済みですので、さらに4万台が必要です。ところが在宅勤務の広がりなどでタブレットの在庫が不足しており、5月中に手に入るのは200台しかない、と業者に言われています。物が圧倒的に不足しているので、いつ全員に行き渡るか分からないのが実情です。

 地域のテレビ局と連携して、テレビ授業も行なっています。

遠藤 市長からテレビ局に依頼し、地元で放送している5つの局から快諾を得ました。その後教育委員会で具体策を詰めて4月20日から実現しています。特に1、2年生の低学年は双方向のタブレット操作は難しいのでテレビ授業を活用しています。4月は中学生向けもありましたが、全員タブレット等で授業が受けられるようになったので、5月からは小学生の学年別に放送をお願いしています。

オンラインとアナログ、それぞれの長所

 大都市部以外の県では自粛要請が緩和され、授業を再開し始めているところもあります。対面での授業が可能になったら、オンライン授業は姿を消して元のアナログ授業に戻るのでしょうか。

遠藤 今回、在宅での授業を行っていることで、何がオンラインに向いているか、逆に対面でなければできない事は何か、先生方も強く感じています。生徒と先生が同じ場にいる一体感が必要な場面では対面授業が重要ですし、より生徒一人ひとりを個別に指導する場面ではオンラインが威力を発揮すると思います。先生方がいろいろ感じて授業のやり方を変えていく中で、対面で行う授業のレベルが大きく上がるのではないでしょうか。すでにそれは先生方自身が実感していると思います。

 オンライン授業の経験が今後に生きていく、ということですね。

遠藤 ええ。オンライン授業を経験した学校の先生と、そうでない学校の先生の意識の差が、今後に大きく影響していくのではないでしょうか。保護者がオンライン授業を自宅で見る機会も増えているので、保護者の意識も大きく変わったと思います。何より生徒自身が一生懸命取り組んでいます。

 遠藤さんは文部科学省を辞めて規制改革などを訴える政策シンクタンク「青山社中」を設立され、その後、熊本市の教育長に就任されました。考えてこられた教育改革は進んでいますか。

遠藤 はい。日本の学校で行われてきた旧来型の一方通行の授業をなんとかしたい、新しい時代に合った教育を実現したいと思って様々な取り組みを行ってきました。学校の形を変えたいと思って様々な提案も行ってきました。現場の先生方にもご理解頂き、だいぶ変わってきたと思います。

そこに、図らずもといいますか、今回の新型コロナ蔓延で、授業のあり方を嫌が応にも見直さざるを得なくなりました。今回の蔓延がいつ終息するか見通せないだけでなく、今後別のウイルスのパンデミックが起きる可能性もあります。そうした不透明な社会への備えも必要です。授業が再開できたからと言って、元の授業をやっていれば良い、とはならないでしょう。

 オンライン授業をやられて、予想外だったことはありますか。

遠藤 それまで不登校だった生徒がオンライン授業には参加している例が数多く報告されています。実際に登校しなくても授業は受けられるので、ハードルが下がったのでしょうか。嫌ならばカメラをオフにして自分は映らないこともできます。これはまったく想定していなかった副次効果でした。今回のコロナ蔓延が収束した後も、オンラインを活用していくべきだという1つの例だと思います。