「団塊の世代」全員70歳以上で 過去最高続ける医療費はどうなる

ビジネス情報誌「エルネオス」2020年2月号(2月1日発行)『硬派ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

 

エルネオス (ELNEOS) 2020年2月号 (2020-02-01) [雑誌]

エルネオス (ELNEOS) 2020年2月号 (2020-02-01) [雑誌]

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: エルネオス出版社
  • 発売日: 2020/02/01
  • メディア: Kindle
 

 

第二次世界大戦直後の一九四七年(昭和二十二年)から四九年(昭和二十四年)の間に生まれた第一次ベビーブーム世代、いわゆる「団塊の世代」が昨年末までに全員七十歳になった。
 この三年間に生まれた人は八百六万人で、日本の人口ピラミッドでは、大きな塊を成している。この世代が本格的に「老後」を迎える前に年金制度や健康保険制度など社会保障制度を抜本的に見直さないと日本は大変なことになる、そう霞が関も永田町も分かっていながら、問題は先送りされてきた。最近では団塊の世代が全員七十五歳以上の「後期高齢者」になる「二〇二五年問題」を声高に指摘する向きが多いが、五年間の猶予があるわけではなく、すでに問題は刻々と深刻さの度合いを増している。
 何せ、団塊の世代など高齢者を支える人口が激減しているのだ。団塊の世代の多くが結婚出産した七一年から七四年は出生数が毎年二百万人を超え、「第二次ベビーブーム」と呼ばれた。この間に生まれた世代は「団塊ジュニア」と呼ばれる。つまり、二十四年後に出生数が増えたのだ。だが、その次の世代、つまり九五年以降になるが、ここでは「ブーム」は起きず、むしろ少子化が進行した。
 晩婚化や出産年齢の上昇もあるが、「団塊ジュニアのジュニア」世代は、「就職氷河期」や「金融危機」に伴う企業の業績悪化の時期と重なり、なかなか子供を産むことが難しい時代が続いた。二〇一九年には、ついに年間の出生数が九十万人を割り込んだ。
 総務省の一九年十二月一日現在の推計概算値では、総人口(一億二千六百十五万人)に占める六十五歳以上の人口は三千五百八十万人で、二八・四%を占める。もちろん、この「高齢化率」は世界最高である。一方、これを支える「現役世代」はどんどん減っており、十五歳から六十四歳までの人口は七千五百十七万人にすぎない。

長期にわたる医療費の増加

 政府は「女性活躍促進」「生涯現役」といったキャッチフレーズを掲げて、働くこと、働き続けることを奨励しているが、背景には少しでも「支える側」に居続ける人の数を増やす狙いがある。年金の支給開始年齢は六十五歳以上に引き上げられたが、さらに七十歳へと引き上げることを検討している。それを実現するためには「無年金期間」をどうするかが焦点になるため、現在、企業に六十五歳までの雇用義務を課しているものを、さらに引き上げたい意向だ。それぐらい支え手の激減が深刻な事態になってきたのだ。
 健康保険はさらに深刻だ。医療費の増加が止まらないのである。
 厚生労働省が公表した一八年度の「概算医療費」は四十二兆六千億円と一七年度に比べ〇・八%、約四千億円増加した。概算医療費とは労災や全額自己負担の医療費を含まないもので、全体の総額である「国民医療費」の九八%に相当する。国民医療費は一年遅れで公表されている。
 増加は二年連続ということになっているが、高額医薬品の登場などで一五年度に三・八%増と大きく増えた反動で翌一六年度に十四年ぶりに〇・四%減少したためで、実際は長期にわたって増加傾向が続いている。〇一年度は三十兆円だったので一・四倍になった。この間の名目GDP(国内総生産)は六%しか増えていないのだから、医療費の伸びがいかに大きいか分かる。
 医療費の増加は、医療が高度化したからという理由もある。だが、日本の医療費の増加の最大の要因は「高齢化」だ。四十二兆六千億円のうち、三八・五%に当たる十六兆四千億円が「七十五歳以上」の医療費なのだ。しかもその伸び率は二・四%。全体の伸びを上回り、増加は続いている。
 一人当たりの医療費で見ても、七十五歳以上は九十三万九千円。七十五歳未満の二十二万二千円に比べて四倍以上だ。終末期に膨大なお金がかかっているなど高齢者医療のあり方を問う声は以前からあるが、一人当たりの医療費はほとんど減っていない。
 国民医療費の調査報告には詳しい年齢別の医療費が出ているが、一七年度の場合、国民医療費の五〇・九%を七十歳以上が使い、六十五歳以上にすると、六二・四%に達するとしている。

資産はあっても「一割負担」

 もう一つ大きな問題がある。その医療費を誰が負担しているかだ。自己負担は七十歳未満ならば「三割負担」である。ところが七十歳になると「二割負担」、七十五歳以上の「後期高齢者」になると「一割負担」に下がる。現役並みの所得がある人は三割負担のままということになっているが、どんなに資産があっても所得さえ少なければ一割負担だ。
 そう、つまり、団塊の世代で現役並みの所得がない人はすべて負担が減るのだ。結局、その分は健康保険組合などの保険財政にしわ寄せされ、現役の保険料負担が増える。さらに団塊の世代が七十五歳以上の「後期高齢者」になれば、負担は一割。その分、健康保険組合後期高齢者向け負担金などが増えることになる。もちろん、国民健康保険の保険料も引き上げられていくことになる。
 ちなみに国民医療費全体のうち一一・六%が患者の自己負担、四九・四%が保険料(被保険者が二八・三%、事業主が二一・一%)で賄われているが、国庫負担や地方自治体の負担といった「公費」による負担も三八・四%に達している。もちろん、こうした財政支出は納税者や次世代の負担となっていく。
 このままでは、現役世代の負担がどんどん大きくなる。これを避けるために、政府は七十五歳以上の負担を現在の一割から二割に引き上げたい意向だ。ところが昨年秋にそう報じられると、猛烈な反発が起こり、一月召集の通常国会への法案提出は見送られた。秋の臨時国会での提出を目指すが、導入されるとしても「一定以上の所得」がある人だけに限られる可能性が高い。投票権を持ち、投票率も高い高齢者に不利益をもたらす負担増を、自民党はなかなか認めることは難しい、という背景がある。
 本来は医療費を抜本的に圧縮する方策をとるべきだが、保険点数の引き下げなどで医療費を圧縮しようと思えば、医師会が強く反対する。これまた政治家の有力な支援者である。いわゆる「シルバー民主主義」が医療費圧縮や高齢者負担の増加を困難にしていることを、真剣に考えなくてはならない時だ。