ワクチン接種、日本がここまで「出遅れ」ているのには「意外なワケ」があった…! ITシステムに大問題がある

現代ビジネスに2月11日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80166

またITに大問題

新型コロナウイルス・ワクチンが多くの国民の最大の関心事になってきた。菅義偉首相は2月2日の記者会見で医療従事者への接種は2月中旬から始めるとし、高齢者に対しても4月から接種を始めると断言した。

菅内閣の支持率が急落する中で、ワクチン接種が「公約」どおり実施できなかった場合には、政権の命取りになりかねないだけに、ワクチン接種を所管する厚労省首相官邸にも大号令がかかっている。

ところが、肝心のワクチン接種を管理するためのITシステムに大問題が存在することが明らかになった。

厚労省は2020年夏からワクチンを届けるためのシステム開発に乗り出し、「ワクチン接種円滑化システム(略称「V-SYS」=ヴイシス)」の準備を進めてきた。ところが、このV-SYS、調達したワクチンを自治体の医療機関や接種会場に公平に配分するためのシステムで、いつ、誰に接種したかを記録することは想定していなかった。

接種は国から自治体への委任事務だから、接種して管理するのは自治体の仕事だ、というのが厚労省の考え方で、住民が接種したかを把握するのは、自治体が従来通り「予防接種台帳」を使って行えば良いとしていた。

つまり、ワクチン接種での国の役割は、自治体に公平に分配するところまでの「調整」だというのだ。菅首相が2月2日の会見で、ワクチン接種になぜ時間がかかっているのか、という質問に、「ワクチンの確保は、日本は早かったと思います。全量を確保することについては早かったと思います」と答えていたが、国の責任は「確保」して「配分」するところまでだ、というのが本音であることが滲み出ていた。

実は自治体任せ⁉

しかも、自治体への説明資料によると、システム上でワクチンの希望数と供給数をマッチングした後、それをメーカーから医療機関などに配送するのは、医薬品卸問屋ということになっている。驚くべきことにインフルエンザ・ワクチンなどと同じ「平時モード」の仕組みになっているのだ。

ファイザーのワクチンの場合、マイナス75度で保管する必要があり、さすがに卸問屋や医療機関も大半はディープ・フリーザーと呼ばれる冷凍装置は保有していない。それを調達して配るのは国の経産省がやる、ということになっている。

羽田空港に着いたワクチンを、冷凍装置を完備した自衛隊のトラックが全国に向けて次々に走り出すような、「有事モード」の対応を想像していた向きも多いと思うが、まったく話は違うのだ。配送も民間任せ、その先の接種は自治体任せなのである。

今、自治体は大混乱に陥っている。確かに予防接種は自治体の責任だが、せいぜい子どもへの接種管理をしてきただけで、全住民に接種するプロジェクトは前代未聞。

しかも、日本では医者以外に注射を打てるのは看護師だけで、その人員確保に追われている。接種会場に看護師を確保できたとしても、必ず医師の立ち合いが必要で、その確保に頭を抱えている。もちろん、医師会の協力が不可欠で、自治体担当者は医師会幹部と接種料金など条件詰めに追われている。

あいかわらずデータ記録はアナログ

さらに問題は、厚労省が主張している「予防接種台帳」だという。自治体ごとに持っており、多くの自治体がデジタル化を進めている。先進的な自治体でここ5年くらい前からデジタル・データを保有しているが、それ以前の紙の時代の保管期限は5年。誰が過去にどんな接種をしたか遡れる自治体は少ないという。

しかも、この予防接種台帳へのデータ記録がまたしても「アナログ」なのだ。接種したその場で、予防接種台帳に入力されるのかと思いきや、まったく異なる。接種した医師が接種したことを記入した「問診票」を月に1度取りまとめて自治体に送る。接種費用などの請求に絡むので、月末締めというわけだ。

自治体はその膨大な問診票をコンピューターに入力する業者に外注する。これまでだと、接種してから予防接種台帳に反映されるまでに2~3カ月かかった。

つまり、当初のV-SYSでは、菅内閣にとって必要な「接種件数」が日々集計できなかったのだ。さすがにこれはまずいと気づいた官邸の指示で、接種件数だけは把握できるシステムに変えたものの、誰にいつ打ったかというデータはV-SYSでは管理できない。

厚労省の中には「予防接種台帳への反映に2~3カ月かかったとして、何が問題なのか」という声もくすぶる。だが、世界で準備が進んでいる「接種証明」などを発行するのに数カ月を要しては、仮に接種証明を持っていないと国際間の移動ができなくなった場合、日本人だけが身動き取れなくなってしまう可能性もある。少なくとも数カ月待たされるのであれば、ビジネスには役立たない。

官邸も自治体も大慌て

どうやら、河野太郎行革担当相が、ワクチン担当相兼務に任命されたのは、首相官邸がこのシステムの問題に気づいたことと、V-SYSの改修に厚労省が抵抗したことがあるようだ。

河野大臣は平井卓也・デジタル改革担当相と共にデジタル庁の新設に向けた準備を担っていたが、デジタル・ガバメントの構築に向けたシステム設計などにも関与していた。河野チームは、V-SYSとは別にワクチン接種情報のシステムを大車輪で作ろうとしているが、時間との勝負になっている。

特に自治体はワクチン接種券の発行や、接種の管理などを行うシステムを独自に作っているケースが多く、その調整が最大の課題になっている。自治体の首長からは「情報が足りない」という苦情が寄せられているが、情報を出そうにも国の対応が追いついていないのだ。

実は、自治体側にもワクチン接種で失敗できない理由があるところが少なくない。今年、首長の選挙を迎えるところでは、首長が「何がなんでも、うちの市だけが接種が遅れるなんて事にするな。そうなれば、間違いなく選挙で落ちる」とハッパをかけているという。

住民が100万人を超すある自治体の担当者は「普通なら接種が終わるのに1年はかかる。これを何とか半年にしようとしているが、本当にきちんとしたタイミングでワクチンが届くのか。何としても定額給付金10万円配布の時のような混乱は招きたくない」と不安を募らせる。

ワクチン接種が遅々として進まなかった場合、批判の矛先は国の菅首相に向かうのか。それとも自治体の首長に向かうことになるのか。