〝製造〟に回帰して「三方良し」を実現した「眼鏡ノ奥山」

雑誌Wedge 6月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/24125

 

 

「なぜメガネはサイズが分かれていないのだろうか」──。家業の眼鏡店を継ぐことになった奥山留偉さんが、真っ先に感じた疑問だった。店に来るお客さんの中にも、自分に合うサイズのメガネがなかなか見つからずに困っている人が少なからずいた。「それならば洋服のように寸法を測ってオーダーメイドで作ればいいのではないか」。

「眼鏡ノ奥山」は留偉さんで4代目。3代目の父・繁さんが1979年に現在の東京・江戸川区北葛西に店舗を開き、メガネの小売りに専念してきた。ところが、1990年代後半から、低価格をウリにするメガネチェーンが店を増やし始め、町の個人営業の眼鏡店はどんどん姿を消していった。価格競争をしていてはいずれ商売が立ち行かなくなる。そこで、留偉さんは「原点に戻る」ことを決意した。

「眼鏡ノ奥山」の「原点」とは自分たちでメガネフレームを製造することだった。実は初代である曽祖父は、戦前に秋田から上京して、当時はやりの新素材だったセルロイドを使ったメガネフレームの工場を東京・小松川で始めたと聞いて育った。留偉さんは、当時まだ存命だった祖父や、父の繁さんにセルロイドフレームの製造方法やメガネの調整方法の教えを乞うた。

流行が変われば処分する
大量生産の弊害

「大量に製造して売れ残ったら廃棄するのが当たり前というビジネスのやり方にも何か違うと感じていたんです」と留偉さん。メガネフレームの製造原価は安いため、フレームメーカーも大量に製造し、流行が変わって売れ残れば大量に処分する。小売店もとにかく大量に仕入れて店頭に並べ、売れなければ大量に処分していた。

「まるでバクチのような商売になっていたんです」と当時を振り返る。そこで、発想を変えて、愛着をもって毎日使ってもらえるような、本当に良いものをお客さんに合わせてオーダーメイドで製作すれば、在庫を無駄に廃棄することもなくなる。そう留偉さんは考えたのだ。

 実は、留偉さんは、美術工芸が専門の高校に通い、彫金や鍛金を学んだ経験を持っていた。モノを作る腕は持っていたのだ。もっとも、「原点に戻る」と言っても、戦前にやっていたのと同じ作り方をするわけではない。パソコンで図面を描き、仕入れたセルロイドの板からコンピュータ制御の切削機械で自動で切り出す。そこから後は、手作業で何度も繰り返し磨くことで、形を整えていくのだ。

 大手のメーカーの場合、型を作って同じものを打ち出すなど、大量に作るが、「眼鏡ノ奥山」のセルロイドフレームは1本1本削り出すので、無駄が出ない。ただし手間がかかる。高校時代の友人で鍛金作家でもある木村太郎さんと共に作業しても、月に50~60本しか作れない。新年度を迎える2~3月など時期にもよるが、注文して完成するまで3カ月待ちは当たり前だ。

当初は作ったメガネを知り合いにかけてもらうところから始め、徐々に口コミで広がっていった。ラグビー選手や相撲取りなど、大きな体格の人たちが真っ先に飛びついた。有名選手で「眼鏡ノ奥山」の常連さんは何人もいる。自分の顔の大きさに合ったメガネを長年求めていたが、簡単には見つからず、既製品を妥協して使っている人たちが予想以上に多いことが分かったのだ。

 おしゃれに気を遣う人たちも、自分だけのメガネを作ってくれる「眼鏡ノ奥山」のオーダーメイドフレームは徐々に知られる存在になっていった。

サイズを整えば
かけ心地は明らかに変わる

 人間の顔は左右対照のように見えてかなり違う。店頭での採寸では、まず顔の幅を測って、メガネの大きさを決める。標準品は134㍉~142㍉の間がほとんどだが、160㍉幅の人も少なくない。さらに左右の耳の高さも大きく違う。メガネのツルの長さも自ずから変わってくる。さらに鼻あてのサイズを採寸し、眼球の位置を合わせる。「きちんとサイズを整えれば、かけ心地は明らかに違います」と今も店頭で採寸作業を行う繁さんは言う。

 

 お客の好みに応じて最初から図面を起こすこともできるが、いくつものパターンの形を作りサンプルのフレームを店頭にも並べている。そうしたサンプルから形を選び、測った寸法でメガネの横幅やレンズの大きさ、ツルの長さを微調整する、いわば「セミオーダー」の仕組みも導入している。

 セルロイドの面白いところは同じ模様の板材を使うにしても、切り出す場所でメガネのフレームに入る模様が微妙に変わること。まったく同じものは2つとできないのである。

 セミオーダーは、図面を一から起こさない分、価格も抑えることができる。セミオーダー商品のフレームは2万7000円と、フルオーダーの4万4000円に比べて手頃な価格だ。セミオーダーならばレンズを入れても5万円以下で作れる。

 お客の8割方は、セミオーダーを選んでいるという。フルオーダーにこだわるお客の中には、右と左のレンズの形を変えたり、昔の思い出のメガネを復刻したりといった人もいるという。

 お店は決して便利とは言えない場所にあるのだが、なぜそんなにたくさんのお客がやって来られるのか。実は、インターネットを使った通信販売も行っている。これは留偉さんが店を継いだ時からの販売戦略だった。大学を卒業後、2つの会社で8年間営業を経験した留偉さんは、当初からインターネットやSNSソーシャル・ネットワーク・サービス)を活用した商売の可能性を感じていた。今では販売本数の4割くらいが通販だという。正面を向いた写真や簡単な寸法を測って送ってもらうことで、通販でもセミオーダーのメガネを作ることができる。

 また、全国20店近い眼鏡店と契約して、お店でサイズを測り、形や素材の色を選んで注文書を送ってもらう仕組みも導入している。宣伝もインターネットを駆使したPRに特化している。

「1本作ると必ずといっていいほどリピーターになっていただけます」と留偉さんは語る。固定客が増え、経営も小売り専業時代から比べると大きく改善したという。「眼鏡ノ奥山」の基本戦略は「お客の満足度を高めることに力を入れ、安売り競争に巻き込まれるような商売はしないこと」だという。お客も満足し、店の利益も確保でき、処分品を出さずに社会への負荷も小さくできる。まさに「三方良し」のビジネスモデルということだろう。