商店街に集いの場を、茅ヶ崎ママたちの実験

ウェッジインフィニティに11月5日にアップされた原稿です。→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9232

Wedge (ウェッジ) 2016年 11月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2016年 11月号 [雑誌]

 神奈川県茅ケ崎市にある浜見平団地。湘南の海岸線にほど近い、いわゆる公団住宅である。築50年を迎えて老朽化が進んだ住宅棟は、現在、建て替えが進んでいる。

 そんなシャッター商店街の一角に、昨年、一風変わった店舗が誕生した。


「ローカルファースト」ショップの前で。 淺野真澄さん(中央)と、協力者のママさん、お客さんたち

 そんな中で最後に残ったコンクリート造りの一棟は、1階に商店が並ぶ構造だが、いずれやってくる取り壊しに向けて移転するなど、櫛の歯状にシャッターが降りている。

 「Local First(ローカルファースト)」

 地域の人たちが手作りした小物や、不要になったリサイクル品を販売する。店頭はカラフルでオシャレ。取材当日もハロウィンを控えて、オレンジ色のお化けかぼちゃのオーナメントが天井いっぱいにつりさげられていた。明るく開放的なため、誰でも気軽に入れるムードにあふれている。

 この店を切り盛りするのは淺野真澄さん。地域で活動する「ローカルファースト研究会」の代表を務める。


100人のママの声を聞く
 ローカルファーストという概念は、地域資源を掘り起こして、地域のモノを優先することで、地域経済の活性化を図ろうというもの。

 研究会では、年2回のシンポジウム、機関誌『ローカルファーストジャーナル』の発行、子供向け教材の作成などを行っているが、それだけでは満足できない。実際にローカルファーストを実践する場を作ろうと考えたのだという。

「どうやって主婦にアプローチするかを考えたんです。財布を握っているのは女性ですから、ママたちに支持されないと成功しません」 「空き店舗プロジェクト」と名付けて地域のシャッター商店街を探した結果、浜見平商店会にたどり着いたのだ。浜見平団地は高齢者世帯が多いものの、建て替えによって若い子連れ世帯も増えていた。もちろん初めからリサイクルショップを開こうと決めていたわけではない。

 淺野さんは周辺のママさん100人とディスカッションして、どんなお店が求められているか聞き取ることから始めた。


浜見平商店会

 当時、淺野さんに意見を聞かれたのをきっかけに、今ではすっかりお店の常連になっている安齋かさねさんは、「建て替えで引っ越しが多いので、不用品を扱うリサイクルショップがいいのではないか」と主張した一人だった。人気のおもちゃなどが〝入荷〟すると、あっという間に売り切れる。



ローカルファーストで販売するハンドメイド製品

 文房具店やフリーマーケットが欲しいという意見も多かったが、リサイクルのお店にすることで、結果的にそうした人たちのニーズも取り込む結果になった、と淺野さんはみる。

 もう一つの目玉がハンドメイドの商品だ。地域に住む30組ほどの「作家さん」が店内に陳列棚を持ち、手芸品などを直売する。

 「趣味で長年やってきた作品をお店に来たお客さんに買っていってもらえるのは励みになります」と、陶器製の一輪ざしなどを作る祝部(ほうり)美佐子さん。売れ行き具合を見に、しばしばお店にやってくる。

 この日初めてお店を訪れていた小宮哲朗さん、杉崎絢さんは、「どこに行っても同じモノが並んでいるお店ばかりなのに、ここは手作りの色々なモノがあって楽しい」とすっかり気に入った様子。さっそく、自ら手作りした作品を置いてもらう相談を始めた。


初めて来店した小宮哲朗さん、杉崎絢さん

 ローカルで作ったモノをローカルの人たちが買っていく。まさに、ローカルファーストだ。

 淺野さんがお店を開いたのはモノを売買することだけが狙いではない。地域の人たちが気軽に集まることで、地域の交流の拠点を作ることだ。お店にやってきて淺野さんやスタッフの人たちとのおしゃべりを楽しんでいく高齢のお客さんも多い。航空会社のキャビンアテンダントをしていた経験もある淺野さんの、気さくで明るいキャラクターにひかれてやってくる地域の人たちは少なくない。


湘南スタイル研究会
 実は、淺野さんの活躍の背後には、「ローカルファースト」という理念を地域おこしにつなげようと考えた人物がいる。亀井信幸さん。地元の建設会社、亀井工業ホールディングスの社長だ。

亀井信幸さんと淺野さん
 地域の青年会議所の活動から40歳で引退したのを機に、同世代の地域の経営者に呼び掛けて「湘南スタイル研究会」という会合を立ち上げた。2000年のことだ。地域の著名人やキーパーソンを招いて話を聞いていく中で出会った東海大学工学部建築学科の杉本洋文教授から聞いたのが、「ローカルファースト」という考え方だった。

 地元の経営者らと視察に行った米国のポートランドでは、ローカルファーストが定着し商店街が生き生きしている様子を目の当たりにした。若い頃から世界を旅して、欧米先進国では地方都市が元気なことを痛感していた亀井さんは、本当の豊かさとは何かを追求していくうえで、ローカルファーストの考え方が、地元湘南だけでなく、日本にももっと広がるべきではないか、と考えた。そして、ローカルファースト研究会を立ち上げたのだ。

 「全国的なチェーン店も便利ですから否定はしません。でも1000円買い物するうちの50円でよいから地元のお店で買えば、地域経済が回るようになる。地元に根付いたお店で日々買い物をすれば、フェイストゥーフェイスのコミュニケーションも復活します」


ローカルファーストで販売するハンドメイド製品

 そう語る亀井さんはローカルファーストの発想を事業者や住民が持つことで、失われてきたコミュニティの再構築ができると考えているのだ。同じサンドイッチを買うにしても、どこで買うか。コンビニか、スーパーか、地元のパン屋か。コンビニの便利さは否定しないが、地元のパン屋も大事にして欲しい、と言う。もちろん、パン屋自身もチェーン店にはない商品の良さを磨く努力が必要だ。

 亀井さんはコンセプトを日本中に広げるために、本の出版を思いつく。そうしてまとめたのが、『ローカルファーストが日本を変える』(東海大学出版会)だ。活動の考えを広めるためにローカルファースト財団も設立した。ローカルファーストの動きを湘南・茅ヶ崎から全国へと広げていこうとしているのだ。

 ちなみに浜見平団地の「ローカルファースト」の店舗は、2016年いっぱいで閉店した。もともと期限が決まっていた実験店舗だったわけだが、そこから得られた経験は大きい。全国のシャッター商店街を活性化させるヒントや、地域のコミュニティの核を作る知恵など、店舗運営から得た経験を「遺伝子」として次にどんな展開を試みるか。亀井さんや淺野さんたちの次の一手が注目される。

お店のレジに立つ淺野さん

 (写真・生津勝隆 Masataka Namazu