経済力増強が最大の防衛力強化策、大幅増?防衛費の正しい捻出法とは 貧しくなれば国も守れない

現代ビジネスに8月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

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軍事力を持たなければ舐められる

8月10日に内閣を改造した岸田文雄首相は記者会見し、「年末に向けた最重要課題の1つが防衛力の抜本強化」だと述べた。緊迫する国際情勢を背景に「この国の安全と安心を守るための体制を強化」するとし、「必要となる防衛力の内容の検討、そのための予算規模の把握、財源の確保を一体的かつ強力に進めて」いくとした。

霞が関の幹部官僚も、「防衛費の思い切った積み増しは必要。中国に舐められないためにも、日本の本気度を示す必要がある」と鼻息が荒い。ちなみにこの幹部官僚氏は防衛官僚ではない。ロシアのウクライナ侵攻や、台湾を巡る中国政府の強硬な動きなどに対して、岸田首相ら内閣だけでなく、霞が関も防衛力強化こそが国益だというムードに傾いている。軍事力を持たなければ舐められる、という意識が高まっているのだ。

ウクライナ戦争の勃発以降、自民党の右派を中心に、防衛費の大幅増額が公然と語られるようになった。長年、歯止めとして目安に設定されてきた「GDP国内総生産)の1%」では足りないとして、北大西洋条約機構NATO)加盟国が国防費の目標としているGDP比2%以上に引き上げるべきだとの声が大きくなっている。

7月に行われた参議院議員選挙の公約にも「毅然とした外交・安全保障で、“日本”を守る」と真っ先に掲げ、「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」と明記した。5年以内に1%を2%にする、と読むことができる。つまり、現在の防衛費を倍増する、というわけである。

この公約を掲げて参院選に勝利したことで、防衛費倍増は国民の信任を得た、ということなのだろう。岸田首相が年末に向けてと言うのは、年内に閣議決定する来年度予算にそれを盛り込む、と言う意味である。

2%なら大丈夫なのか

日本の防衛費は少なすぎる、これでは日本を守ることができない、というのが与党だけでなく野党も含めた政治家の声だ。だが、1%では守れず、2%なら大丈夫という話になるのだろうか。

実は防衛費(国防費)の国際比較をするのは非常に難しい。防衛省防衛白書でも「国防費について国際艇に統一された定義がない、公表国防費の内訳の詳細が必ずしも明らかでないこと、各国ごとに予算制度が異なっていることなどから、国防支出の多寡を正確に比較することは困難である」としている。

その上での比較として、2020年度に世界で最も防衛費を使っている国は米国で6896億ドルに達するとし、日本は490億ドルに過ぎないとしている。さらに中国は3018億ドル、ロシアは1360億ドルだとしている。日本の防衛費はドイツ(605億ドル)や英国(558億ドル)よりも少なく、韓国(577億ドル)にも抜かれている。別の調査では日本の防衛費の額は世界9位である。

この防衛省の推計をベースに考えると、日本が防衛費を倍増すれば、防衛費は1000億ドル近くなり、米国、中国、ロシアに次ぐ世界4位の国防費支出国になるわけだ。だが、それで国を守るのに十分だ、という話になるかどうかは分からない。

何せ、防衛省のこの資料には、対GDP比も書かれているが、米国は3.29%、ロシアは3.09%となっている。ちなみに日本は0.94%だとしている。つまり、2%に引き上げたからそれで十分という話にはならず、3%に引き上げるべきだ、という声が出てくる可能性はある。歴史を見る限り、軍拡競争というのは際限がなくなっていくものだ。

結局必要なのは経済成長

日本は第2次世界大戦敗戦後、防衛費を抑えてきたから世界との格差が広がったと思う人も少なくないに違いない。だが、歴史的に見ると違った姿が見える。実は20年ほど前まで日本の防衛費は米国に次いで世界2位の額だったのだ。ストックホルム国際平和研究所のデータによると、例えば1995年の日本の防衛費は499億ドルで米国の次ぐ規模だった。同じ年に、フランスは401億ドル、英国は382億ドル、旧ソ連崩壊後のロシアは127億ドルと見られていた。

ちなみに、日本の防衛費が1995年と比べて減っているように見えるが、これはドル建てに換算した結果で、日本の防衛費自体は着実に増えている。つまり、円安になった分だけ、ドル建ての金額が目減りしているのだ。また、世界は経済成長と共にインフレが進んでいるので、防衛費の金額も当然増えていく。日本が成長しなかった結果、防衛費が世界比較で2位から9位に転落してしまったのである。

GDP比も同じことが言える。経済が成長していれば、1%のままでも大きく防衛費は増えてきたはずだ。日本が対抗国として気に掛ける中国の国防費は2020年度でGDPの1.25%だ。この比率はほとんど変わっていない。もちろん国防費の額で見ると2015年の2567億ドルから3018億ドルに18%増えているが、経済成長によってGDPが増えたことで対GDPの比率は変わらないということになっている。

つまり、日本が防衛力予算で見劣りするようになったのは、経済力が弱くなったことが大きいのだ。世界が日本を尊重してくれたのは、防衛費が大きかったからではなく、経済力が強かったからに他ならない。中国が今の日本を「舐めている」とすれば、それは軍事予算で日本を圧倒しているからではなく、中国の経済力が日本を凌駕したからだろう。

逆に言えば、日本が防衛予算を1%から2%にしたところで、日本を「舐めなくなる」かと言えば、そうではない。円安はドル換算した防衛予算を小さくしているだけでなく、海外から軍備を買う際の円建て価格が上昇し、必要な装備を買えなくなっていく。GDPの実額が増えず、むしろ減ることになれば、パーセンテージを引き上げても予算額は小さくなってしまう。つまり、国が貧しくなっていけば、国を守ることはできなくなるのだ。

防衛費を倍増させるとするとざっと5兆円が必要になる。その財源をどうするのか。経済対策予算を削ったり、増税したりすれば、経済成長の足を引っ張ることになる。借金を増やし続ければ、ますます円安となり、日本の国力が下がっていく。経済力増強こそが最大の防衛力強化策だということを、もう一度心すべき時だろう。