国民には不人気だが、霞が関では大人気…岸田首相が「評判の悪い政策」を次々と断行している本当の理由 これで総選挙を乗り切れると思っているのか

プレジデントオンラインに12月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/65015

原発に防衛費…霞が関の思いが着実に実現している

「自ら解散さえしなければ3年間選挙はないのですから最強ですよ」と霞が関の幹部のひとりは冗談交じりに語る。

支持率の低下が続く岸田文雄内閣だが、首相がそれさえ気にしなければ何でもできる、というのだ。実際、経済産業省の懸案だった原子力発電所の稼働期限延長や新増設、財務省の懸案だった増税、党内右派が求めてきた防衛費の大幅増額などに次々と踏み切り、歴代内閣の中でも着実に「成果」を上げている。

「総理! 今は国民に理解されなくても、国家の先行きを考えた名宰相として歴史に名前が残りますよ」――。

岸田首相の耳元で、幹部官僚たちがそんな言葉をささやいているのではないかと思わせるほど、霞が関の思いが次々に実現している。

支持率の低下で、一時、岸田首相からは「孤独だ」という弱音が漏れたが、その後はなぜか自信を取り戻したかのように見える。それぐらい霞が関による「支え」を感じているのだろう。

「岸田降ろし」は不発に終わった

通常、ここまで内閣支持率が下がると、自民党内から政権批判が噴出するものだが、目立った「岸田降ろし」の動きは見えない。

防衛費の大幅増と財源としての増税について高市早苗経済安全保障担当相が12月上旬に「聞いてない」と発言し批判の声を上げたが、その流れは広がらず、岸田首相とも「手打ち」したと報じられた。

萩生田光一政調会長も12月25日のテレビ番組でこんな発言をした。

「いきなりの増税には反対で、もし増税を決めるのであれば、過去の政権がいずれもそうだったように、国民の信を問わなければならない。増税の明確な方向性が出た時には、いずれ国民に判断いただく必要が当然ある」

防衛費増額に伴う増税の前に、衆議院を解散して総選挙で国民の信を問う必要があると述べたのだ。

すぐさま首相の女房役である松野博一官房長官は「解散は首相の専権事項」だとかわし、それ以降、萩生田氏に同調する声は聞こえなくなった。

高市氏も萩生田氏も岸田首相が退陣した場合の「次」を狙っていると見られているが、「岸田降ろし」は不発に終わっている。

「5年間で43兆円」の根拠はどこにあるのか…

もちろん、萩生田氏の発言は「正論」である。民主党時代の野田佳彦首相は消費増税を掲げて総選挙に惨敗、政権の座を去った。

その後、安倍晋三首相時代には、消費税率を5%から8%、そして10%へと引き上げたが、総選挙に勝利し続けた。高い支持率に支えられていたとはいえ、経済情勢をにらんで実施時期を延期する措置を取り、ようやく増税にたどりついた。

反対論は根強かったものの、「国民への説明」に腐心したと言っていい。

だが、岸田首相の場合は、「国民への説明」が抜け落ちている。2022年5月に来日したジョー・バイデン米大統領との会談で、防衛費の「相当な増額」を表明したものの、具体的な金額は予算編成のギリギリまで明かさなかった。

「金額ありきではない」と繰り返し言いながら、5年間で43兆円という金額がどんな積算根拠があって導き出された金額なのか、国民にはほとんど説明されていない。

「国民への説明」の前に批判回避を優先している

7月の参議院選挙の自民党公約では「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します」とあったが、経済規模も福祉体制も違うNATO諸国と同じ「2%以上」がなぜ必要なのかの説明も、「抜本的強化に必要」な金額がいくらなのかも明示されていない。

それで選挙に勝ったから「国民の理解を得た」というのは言い過ぎだろう。しかも、それを賄うための「増税」についてはひとことの言及もない。

現在の安全保障環境を考えれば、防衛力の増強は必要だという声は国民の間にも少なくない。そのためなら増税もやむを得ない、と考える人もいるだろう。防衛費がいくら必要かを明示して増税で賄うと真正面から説明するのが筋ではないか。

ところが43兆円の中味についても説明が乏しいうえ、増税にも真正面から向き合っていない。剰余金などの「やりくり」で大半を賄うという説明も不誠実だ。そんな「やりくり」ができるということは、これまでの予算が大甘だったと白状しているようなものだろう。

足りないという「年1兆円」余りの増税についても、国民の批判を浴びにくい法人税とし、しかも中小企業は除外すると「批判回避」を最優先にしている。所得増税にしても「高額所得者」を対象にしておけば、一般庶民は反対しないという思いが見え見えだ。そもそも国民を説得しようという気概がないのである。

霞が関の得意技は未来の政権まで縛ること

復興増税分を防衛費に回すというのも国民への「目くらまし」。今すでに負担しているものだから、防衛費に回しても変わらないだろうという発想だ。だが、復興支援のために皆で薄く広く負担しようという「国民の善意」で成り立っている復興増税を、議論なしに防衛費に振り替えるのは不誠実どころか、詐欺的ですらある。

防衛費を「5年間で43兆円」とし、増税を「2024年以降、適切な時期に」としているのも国民の批判をかわすための「目くらまし」である。今すぐに負担が増えなければ国民は文句を言わない、岸田内閣に批判が集中することはない、というわけだ。だが、岸田内閣が今後5年間続くと思っている国民はまずいないし、その間に選挙もある。次や、次の次の内閣を岸田首相が縛ることになるわけだ。

萩生田氏の増税前には選挙で信を問うべきだという発言に世論が同調する傾向があるためか、岸田首相は年末のテレビ番組でこんな発言をした。

「国民の皆さんに負担をお願いするのは、令和6年以降の適切な時期、終わりが令和9年ですから、その間の適切な時期となります。スタートの時期はこれから決定するわけで、それまでには選挙があると思います」

いかにも増税前に選挙で信を問うと言っているように聞こえるが、令和7年(2025年)にはもともと参議院選挙が控えている。岸田首相は自らの手で解散すると言ったわけではない。むしろ、自らが早期に解散総選挙に打って出ることを否定しているようにすら聞こえる。いずれにせよ、2024年以降の首相の手足を縛っている格好なのだ。 

この先行きを縛るやり方は、霞が関の得意技である。いったん「閣議決定」してしまえば、自民党内閣が続く限り、それを反故にすることは難しい。政権交代したとしても、以前の政策を否定する法案を再度通すのは簡単ではない。

金保険や健康保険の掛け金率が10年にわたって引き上げられることが続いていたが、これも、1回の法律改正で10年間を縛ることができた。霞が関にとっては毎年国会審議を通す必要もない。今回の防衛増税でも、43兆円を先に決めておいて、それが賄えないとなれば追加で増税する口実になっていくだろう。

消費税は1%で2兆円の「打ち出の小槌」

法人税は景気が悪化すれば税収が減る。防衛力増強を求める人たちからも財源を法人税にすることでは「安定財源」ならないという批判がある。

そんな声も消費税率を引き上げたい財務省の思いを後押しすることになる。今のところ消費税は社会保障費に充てるという大方針があり、防衛費の財源に消費増税を充てることは難しい。

真正面から消費増税するには、この「制限」を取り払う必要があるが、お金に色があるわけではない。他の財源を防衛費に回していけば、社会保障費が足らなくなり、消費増税議論が出てくる。消費税は1%で2兆円以上の税収増になる財務省にとっては「打ち出の小槌」だ。

だが消費増税すれば、消費に影響が出る。実際、2019年10月に消費増税する前のGDP国内総生産)額をいまだに日本は上回っていない。2020年からの新型コロナウイルス蔓延による経済への打撃だと思われがちだが、実際は消費増税が効いているのかもしれない。すでに米国では新型コロナ前のGDPを大きく上回っている。

いまこそ「減税」すべきタイミングだが…

各社の世論調査によると、国民がもっとも関心のある政治課題はとの質問に「景気対策」が上位に来ている。それだけ景気回復の遅れと物価上昇が国民生活を圧迫していることの表れだろう。

本来ならこうした時期こそ「減税」が行われるべきだが、日本は逆に「増税」に踏み切る。「2024年以降」が今よりも景気が良い保証はない。世界はインフレを抑えるために大幅な利上げに踏み切っており、2023年以降は景気が大きく減速するとの見方が多い。ここ数年の経済の舵取りはかなりの難度になりそうだ。

国の根幹を担う税制の議論は、国民の間で広く行われるべき問題だ。残念ながら岸田内閣はまったく逆で、国民の目を欺くことしか考えていないように見える。

「由らしむべし知らしむべからず」。かつて霞が関の官僚たちがよく口にしていた言葉を思い出す。論語にある言葉で、本来は「人民を従わせることはできるが、なぜ従わねばならないのか、その道理を理解させることは難しい」という意味だというが、転じて「人民は施政に従わせればよく、その理由を知らせる必要はない」という意味で語られてきた。

さすがに情報公開の時代になって公然と口にする官僚はほとんどいないが、霞が関の「本音」はいまだにそこにあるように見える。増税も議論なく国民をどう従わせるか。岸田内閣はそんな官僚文化を体現しているようだ。