すでに「円」の崩落が始まっている~実態価値は1ドル=360円時代に逆戻り 深刻な国力低下を政府は放置

現代ビジネスに9月30日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/117059

実質実効為替レート73.19の意味

外国為替市場で再び円安が進行している。9月29日現在、1ドル=149円台となり、2022年10月に付けた1ドル=151円台後半を伺う展開になってきた。今年初めのアナリストの大方の予想では、秋には米国経済が減速し、日米金利差が縮小するので円高方向に動くという見方だった。ところが、米国景気の過熱はなかなか収まらず、金利の先高感が消えていない一方で、日本銀行金利の引き上げに転換できておらず、金利差は一向に縮まらない。政府による円買いドル売りの為替介入を警戒する声はあるものの、ジリジリと円安が進んでいる。

市場では昨年10月の1ドル=151円が抵抗ラインになるという見方もあるが、為替相場はあくまで相対の価値である。実際にはインフレが大きく進んでいる米国の通貨価値自体も、この1年で下落している。つまり昨年の1ドル=150円と今年の1ドル=150円は同じではない。一見、昨年ほどには円安は進んでいないように見えるが、実態はそうではない。

それを示しているのが日本銀行が毎月発表している「実質実効為替レート」だ。貿易量や物価水準を勘案して算出される「円の購買力」を示す指標だ。1ドル=151円を付けた昨年10月時点の実質実効為替レートは、2020年を100とした指数で73.70だった。この1年でその水準に近付いていると思いがちだが、実際は8月時点の実質実行為替レートは73.19と、すでに昨年10月を下回っている。8月の円ドル相場の月中平均は1ドル=144円78銭だったが、それでも円の実態価値は昨年を下回っている。足元の149円はここ50年で最低の歴史的な円安だというのが実態なのだ。

ちなみにこの指数の計算が始まった1970年の実質実効為替レートは75.02。当時の円ドル相場は1ドル=360円だ。つまり、1ドル=150円だと思っている間に、実質的な円の価値は50年前当時よりも下落しているわけだ。

日本円の購買力は半分以下に

円高が進んだ1995年4月のこの指数は193.97だったから、実質実効為替レートで見ると日本円の購買力は半分以下になっている。新型コロナウイルスが明けて海外旅行が再び増えているが、海外に行って物価の高さに度肝を抜かれている人も多いに違いない。欧米ではちょっとした軽食でも日本国内の2倍はする。ひと昔前は安かったアジア諸国でもレストランに入ると日本と変わらないくらいの価格になっている。アジア諸国が経済発展して物価が上昇していることもあるが、それ以上に日本円が猛烈に安くなったことが大きな要因になっている。

しばしば1ドル=150円は32年ぶりの円安水準だと語られるが、この表現はミスリードだ。当時に比べれば1ドルの価値自体が大きく下落しているからだ。一方で、日本の物価は、最近こそ上昇しているとはいえ、長年のデフレで32年前とそれほど変わっていない。150円の価値に今も昔も大きな差がないと感じてしまう日本人の感覚が世界のインフレに追いついていないのだ。実際の円安は、もっと深刻で、もはや「円」の崩落が始まっていると見ていいだろう。

一時、円安はプラスだ、という声もあった。政府や日銀も円安で輸出が増えれば日本経済が再び活性化し始めるとしていた。だが、実際には円安のマイナス面が際立っている。輸入品の価格がどんどん上昇し、日本人の生活が明らかに貧しくなっている。ワインやチーズなど以前は気軽に買えた輸入食材は、どんどん高嶺の花になっている。まだ、国内で製造する農産物は価格が安いが、国際価格に連動しがちな水産物はここへきて急激に値上がりしている。

日本人が円の購買力の低下に呻吟する一方で、外国人から見れば、日本は何でも安い国になっている。観光地はインバウンドの外国人で溢れ、高級ホテルの料金はうなぎ上りになっている。京都の高級ホテルなど、日本人の一般庶民では泊まれる価格ではなくなりつつある。

政府は放置

それでも政府は、この円安を本気で止めようとしているようには見えない。むしろ「円安政策」を採って、インフレを呼び込もうとしている感じだ。アナリストや為替ディーラーは、円ドル相場を金利差や需給で説明するが、長期的にはその国の経済力が大きく反映される。今、進行している円安は明らかに国力が低下していることを示している。

その国力とはひとつは国の財政力だろう。財政赤字の拡大を止めようとしない国の通貨がいずれ信任を失っていくというのは歴史が証明している。

今、永田町では補正予算の編成が取り沙汰されているが、岸田内閣の大盤振る舞いは際立っている。

補正予算、タガ決壊 令和4年間143兆円、既に平成超え」

9月26日付の毎日新聞はこんな見出しを掲げた。令和に入ってからの4年間で補正予算は143兆8370億円に達するが、これは平成の30年間に組まれた補正予算額(137兆9647億円)を上回っているというのだ。新型コロナ対策もあるが、岸田内閣だけでも既に3回の補正予算で67兆6000億円に達する。今年補正予算を組むと岸田内閣としては4回目になる。タガが外れるどころか、タガが決壊しているというのが毎日新聞の指摘である。

時限措置として始めたガソリン価格を抑制するための石油元売会社への補助金も、繰り返し継続され、もはや止めることは難しい。足元で国際原油価格相場が上昇しているのに加え、円安で円建て価格はさらに上がる。その価格を抑えるために既に6兆円を投じるなど巨額の財政支出を繰り返していけば、国の財政は悪化。それがさらなる円安として跳ね返ってくる。この構造は、小麦や電力、ガスへの補助金でも同じだ。

政府が円安とインフレを放置するのは、それが税収増に直結するからだろう。モノの価格が上がれば放っておいても消費税収は増える。税率を変えなくても自動的に増税しているようなものなのだ。もちろん、同じものを買って余計に税金を払わされる庶民はたまったものではないが、生活救済のために減税しようという声はついぞ出てこない。こんなことをしていれば、国民が知らず知らずの間に「円」価値の崩落は続いていくだろう。