復旧だけでは東北経済は「息切れ」する 「所得」「消費」「雇用」で鮮明になった深刻度

日経ビジネスオンラインに3月9日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/030800072/

震災復興「特需」は1年限り?
 東日本大震災から7年。この間、宮城県福島県を中心とする被災地の復興に向けて、多額の国費が投入されてきた。住宅の再建や高台への移転、土地のかさ上げ、除染作業など、地道な活動が続いてきた。

 だが、被災によって壊滅的な被害を受けた地域ほど、コミュニティーが破壊され、住民は戻らず、経済活動は停滞したままだ。本当の意味での「生活復興」はできているのだろうか。

 福島県がまとめた「2015年度福島県県民経済計算」によると、県民所得は5兆4395億円と2014年度に比べて1.8%減少した。震災で2011年度には11%も減少したが、その後2012年度9.7%増、2013年度8.3%増、2014年度1.9%増と増加基調にあった。しかし2015年度は水面下に沈んだ。

 1人当たり県民所得も2015年度は284万2000円と、前年度に比べて0.7%減少した。4年ぶりの減少だ。県の報告書では「復旧・復興への取り組みを続ける中、製造業や卸売・小売業、建設業が減少したことから、全体として総生産が減少」したとしており、それが県民所得の減少に直結している。

 県民所得のデータは集計が終わるまでに時間がかかるため2015年度が最新だが、福島県など東北地方の経済は、その後も「息切れ」状態が続いているとみられる。

 端的に表れているのが消費だ。日本百貨店協会がまとめている地域別の百貨店売上高(年間)で「仙台」と「東京」の対前年比伸び率を比較すると、仙台が東京を上回ったのは2012年だけ。東京が2.1%増だったのに対して、仙台は7.7%増と、震災復興の「特需」に沸いた。

 ところが2013年は東京の3.5%増に対して仙台は0.4%増、2014年と2015年は東京がプラスだったのに対して、仙台はマイナスに落ち込んだ。2016年は東京の1.8%減に対して仙台は3.7%減である。

 住宅の再建や補修に伴う家具や家電製品、家庭用品の購入などは、震災後1〜2年で影をひそめ、消費は沈静化していったことが伺われる。

東北地方の人手不足は、南関東より深刻
 ちなみに、2017年の地域別百貨店売上高は、東京が0.5%増だったのに対して、仙台は0.6%増と、全国的な景気の底入れとほぼ同じ動きになり始めているのかもしれないが、もはや東北の方が、消費が盛り上がっている、という状況ではなくなっている。

 その最大の要因は、復興関連の公共工事などは別として、通常の経済活動が停滞して、仕事が増えないからだろう。7年経った今も、かさ上げされた更地だけで、「町」が復興されていないところが東北の沿岸にはたくさんある。もともとあった会社が潰れたり、別の場所に移転するなど、経済活動が戻ってきていないのだ。

 これは総務省労働力調査を見てもわかる。「東北」の雇用者数は震災前の2010年の376万人から2017年には392万人に4.3%増えた。一見、仕事が増えて経済活動が活発化しているように見える。だが、これに対して「南関東」は2010年の1651万人から2017年は1789万人と8.4%も伸びている。つまり、東北の雇用者数の伸び率は南関東の半分なのだ。ちなみに「南関東」は、埼玉、千葉、東京、神奈川である。

 アベノミクスが始まった2013年以降、全国的に雇用者数が伸びている。企業収益の回復によって企業が雇用を増やしているためだ。2018年1月の有効求人倍率は1.59倍で、バブル期を超え、高度経済成長期並みの人手不足状態が続いている。

 こうした全国的な人手不足が、被災地の復興の足を引っ張っている可能性もある。復興に向けた土木工事などはまだまだ仕事があるが、人手が足らないことから予算はあっても完成できていないケースが少なからず存在する。

 これは、地域別の有効求人倍率に裏付けられている。2018年1月のデータを見ると、東北の有効求人倍率は1.65倍。南関東の1.48倍を大きく上回る。東北の方が人手不足は深刻なのだ。

 多額の復興予算によって、土木工事や建設工事が東北地方で行われている。もちろん、これは壊れた堤防や地盤をもとに戻す「復旧」が第一の狙いだが、生活基盤が壊れた被災地に「仕事」を供給する意味合いもある。当初は全国から作業員が集まり、その仕事をこなしたが、今や全国的な人手不足で、簡単には労働力が集められなくなっている。

 公共事業を行えば、そこに労働力が集まり、その地域で消費をして、地域経済が回り始めるという地域版の「経済好循環」が当初数年間は機能したが、ここへ来て公共事業で経済を回すモデルに限界がきているように見える。

 最大のポイントは、経済を回すための「生活基盤」の拡大だろう。最も重要なのが「仕事」であることは間違いない。だが、「食べていければ良い」という理由だけで職業を選択する人は今の時代、大きく減っている。そこに「やりがい」があるか、東北地方でしかできない仕事があるのかが大きな選択肢になっているのではないか。逆に言えば、魅力的な仕事を、被災地を中心とする東北地方にどうやって「創造」していくかが重要になる。

経済だけでなく「精神的リターン」が重要に
 そのためには、自分たちの地域の強みを生かした産業に磨きをかけ、そうした産業を再興するグランドデザインを作ることが不可欠だ。今、被災地の自治体の財政は、国からの資金で水ぶくれしている。これが本当に自分たちの地域の役に立つ事業なのか、疑問を感じながら歳出予算を組んでいる首長・議会も少なくない。国が主導する復興計画に唯々諾々と従っていて、本当に自分たちの町は再び賑わいを取り戻せるのか、そんな疑問の声を多く聞く。

 長い将来を考えれば、自分たちの地域で自立していける経済を作ることが必要だ。人口減少が進む中で、どうやって日本中から若者を集め、地域経済を動かすか。

 今、地方創生が花盛りだ。これにも国の予算が付いており、全国似たような事業計画が目白押しだ。本当に自分たちの魅力を磨くことよりも、国から補助金をもらうことが優先課題になっているように見える。

 本来は、国からお金がもらえるかどうかではなく、本当に自分たちの地域を活性化させるためのアイデアを磨き、自分たちで実行に移していくことが大事だ。つまり、「自分たちの地域の魅力はこれだ」という価値付けと、「それを将来に向けてこう変えていく」というビジョンを示せば、資金は必ずしも国や県の補助金に頼らずとも、全国から集めることが可能だ。

 クラウドファンディングで多額の資金が集められるようになった現在、お金の出し手に響くのは「経済的リターン」の大きさというよりも、地域づくりに貢献できるという「精神的リターン」の大きさが重要になっているように見える。いかに「共感」を呼ぶビジョンなり計画を作れるかがポイントになっているのだ。

 東北地方には全国に発信できていない「宝」がまだまだたくさんある。そうした宝に磨きをかけることで十分に産業化できるものが一杯ある。東北の人たちにそう言うと、決まって「東北人は口下手で、宣伝しないから」という返事が返ってくる。そのためにも「よそ者」を積極的に招き入れることだろう。「よそ者」だからこそ、地域の宝の価値に気づくということもある。

 震災から7年。「復旧」の段階はもはや終わりつつある。いかに本当の意味での経済復興を進めるか。むしろこれからが本番のように思う。

さすが財務省!官製誤報はこうして繰り返される 「国民負担率2年連続減」の大ウソ

日経ビジネスオンラインに3月2日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/030100071/?P=1

記者が「だまされる」いわく付きの発表
 国会では「裁量労働制」を巡って政府が提出したデータの不備が、野党や大手メディアに追及され、安倍晋三首相は今国会に提出する働き方改革関連法案から裁量労働制を削除せざるを得ないところまで追い込まれている。議論する前提のデータがインチキでは真っ当な政策決定が行えないという野党の主張は当然である。
 ところが、野党も大手メディアもまったく問題視しないデータ不備が存在する。日本はまだまだ税金も社会保険料も負担が軽いと主張するそのデータは、国民生活を直撃する「増税」を進めるための1つの論拠になっているのだから、裁量労働制に劣らない重要なデータと言える。にもかかわらず、毎年同じ「恣意的」とも言えるデータが発表され続けている。
 国民負担率。国税地方税の「税負担」や、年金掛け金・健康保険料といった「社会保障負担」が国民所得の何%を占めるかというデータである。
 「国民負担率18年度42.5% 2年連続減、所得増映す」
 2月24日付の日本経済新聞はこう報じていた。「負担率が前年度を下回るのは2年連続。景況感の回復で所得が増え、負担率を押し下げた」としている。
 この記事は2月23日に財務省が発表した「2018年度(平成30年度)の国民負担率」を基に書かれた、いわゆる発表記事だ。財務省内にある記者クラブに詰めている若手記者が、財務官僚の説明をそのまま記事にしたのだろう。1年前に自分たちの新聞がどんな記事を書いたかチェックしなかったのだろうか。
 「17年度の国民負担率、横ばい42.5%」
 これが日本経済新聞の2017年2月10日付(電子版)の記事だ。つまり2016年度も2017年度も42.5%だとしていたのだ。「横ばい」と書いていたはずなのに、なぜそれが「2年連続減」になるのか。
 実は、この発表データは記者クラブの記者たちが何度も“だまされ”てきた、いわく付きの発表なのだ。

国民負担率を小さく見せようという「意図」
 今年発表された年度推移のデータ一覧表を見ると、2016年度は42.8%、2017年度は42.7%、そして2018年度は42.5%となっている。この表をベースに記者は「2年連続減」と書いているのだが、ここに「罠」が仕掛けられている。
 欄外に細かい文字でこう書かれている(年号を西暦に修正)。
 「2016年度までは実績、2017年度は実績見込み、2018年度は見通しである」
 2017年度も2018年度も確定的な数字ではない、と言っているわけだ。その財務省の「推計」を基に記事を書くので、辻褄が合わなくなっている。つまり、毎年「見通し」がおかしいのだ。
 実績として確定した2016年度の国民負担率は6年連続で過去最高を更新した。2010年度は37.2%だったので、6年で5.6ポイントも上昇した。この国民負担率にそれぞれその年度の国民所得をかけて計算すると、何と33兆円も負担は増えているのだ。
 ではかつて、日本経済新聞は2016年度の「見通し」をどう記事にしていたか。 「16年度の国民負担率、7年ぶり低下」である。財務省は、負担は軽くなるというデータを毎年のように示しながら、「実績」となると過去最高を続けているわけだ。記者はまんまと財務省の「印象操作」にはまっているのである。これは日本経済新聞だけの問題ではなく、朝日新聞ほかの大手メディアは概ね「引っかかって」いる。
 今年の発表では2017年度は42.7%と、最高だった2016年度の42.8%に比べて0.1ポイント低下することになっている。2017年度は「実績見込み」だから大きくは狂わないだろうと多くの読者は思うに違いない。だが毎年、「実績」数字は、「実績見込み」を上回る結果になっている。昨年の発表で2016年度の「実績見込み」は42.5%だったが、蓋を開けてみると42.8%と0.3ポイントも上回っていたのだ。
 過去何年にもわたって発表されてきた「見通し」や「実績見込み」は、決まって「実績」よりも小さく見積もられてきた。明らかに、予想ベースを過小に公表して、国民負担率を小さく見せようという「意図」が働いている。それを知ってか知らずか大手メディアは、財務省の意図通りに「見通し」ベースで記事を書き続けているのだ。
 これこそ、霞が関による「情報操作」、「データ偽装」ではないか。本来、新聞が書くべきは、2016年度の国民負担率が42.8%と過去最高になった「事実」ではないのだろうか。役所の誘導に引っかかって、結果的に誤報を繰り返す、「官製誤報」が繰り返されている。野党も国民の給与が増えないと繰り返すならば、こうした増税論議の前提になる「データの不備」を追及すべきではないのか。
 財務省の発表を見て経済データを見慣れた記者ならば、「実績見込み」も「見通し」もかなり前提が「緩い」ことに気がつくはずだ。2017年度実績見込みの前提になっている国民所得は「402兆9000億円」。2016年度は391兆7000億円なので、2.9%増える「見込み」になっている。さらに2018年度は414兆1000億円という「見通し」で、これは前年度比2.8%の増加である。高い経済成長を前提にして、国民所得が増えるので、その分、負担は減りますと言っているわけだ。

目白押しの増税プランが負担率を押し上げる
 余談だが、実は、国民負担率が44.4%という過去最高を記録したことがある。2015年度だ。ところが政府がGDP国内総生産)の計算方式を変更したため、国民所得が大きく増えることになった。これを受けて財務省は国民負担率の一覧表も過去に遡って修正した。2015年度は42.6%になったので、1.8ポイント分低く見えるようになった。
 アベノミクスで景気回復に期待がかかる。GDPが徐々に増えていくことは間違いないだろう。だが、現実には国民負担率は過去最高を更新し続けるに違いない。
 何せ、増税プランが目白押しなのだ。2019年度以降は所得増税と消費税率の10%への引き上げが決まっている。2018年度税制改正大綱では、給与所得控除の縮小によって年収850万円以上の給与所得者は増税となることが決まった。基礎控除が拡大されるため自営業やフリーランスは減税になるとしているが、トータルでは増税だ。さらに、出国税や森林環境税などの導入も決まった。
 いくらアベノミクス国民所得が増えても、それを上回るペースで税金が増えていけば、実際に使えるおカネ、可処分所得はマイナスになってしまう。2020年の東京オリンピックパラリンピックに向けて、訪日外国人観光客などが増え、消費が盛り上がると期待されているが、その「特需」の規模は不透明だ。増税によるマイナス効果を吸収できなければ、せっかく明るさが見え始めた日本経済に再び水がさされることになりかねない。
 日本のGDPの過半は消費によって生み出されている。安倍首相は2012年末の第2次安倍内閣発足以降、「経済の好循環」を訴えている。アベノミクスによって円高が是正され企業収益が大幅に改善されたが、それを従業員に積極的に配分することで、冷え込んだままになっている消費に火をつけようというわけだ。安倍首相は繰り返し経済界に賃上げを求めており、今年は「3%の賃上げ」を働きかけている。消費に火がつけば、再び企業収益にプラスとなり、循環が始まるわけだ。
 「経済の好循環」が回り始めるには、国民の可処分所得が増え、実際に消費にお金が回る必要がある。税負担や社会保険料負担を増やせば、国民の可処分所得はその分減ってしまうことになる。
 それだけに増税議論には「正確なデータ」が不可欠なはずだ。「まだまだ日本の税金は安いですよ」「社会保障負担も増えてきましたが、大したことはありません」という印象操作をベースに議論をしていれば、実態を見誤ることになりかねない。

日本経済を支える「対中政策」の変化 「安倍外交」の総仕上げへ

日経ビジネスオンラインに2月16日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/021500070/

 安倍晋三内閣の対中政策に変化の兆しが見えている。第2次安倍内閣が発足した2012年末以降、中国とはやや距離を保ってきたが、ここへ来て中国が主導する「一帯一路」構想への協力姿勢を示すなど、融和姿勢を打ち出し始めた。今後、日中関係は再び蜜月に向かうのだろうか。

 「あそこまで中国に融和的な姿勢を見せるとは予想外だった」と日中関係を見続けてきた外務省OBは語る。昨年末から安倍首相はしきりに現代版シルクロード構想である「一帯一路」に対して「大いに協力できる」といった発言を繰り返していたが、それが国会での施政方針演説に明確に盛り込まれたのだ。

 1月22日の施政方針演説ではこう述べた。

 「この大きな方向性の下で、中国とも協力して、増大するアジアのインフラ需要に応えていきます。日本と中国は、地域の平和と繁栄に大きな責任を持つ、切っても切れない関係にあります。大局的な観点から、安定的に友好関係を発展させることで、国際社会の期待に応えてまいります」

 そのうえで首脳の相互訪問などを具体的に提示した。

 「早期に日中韓サミットを開催し、李克強首相を日本にお迎えします。そして、私が適切な時期に訪中し、習近平国家主席にもできるだけ早期に日本を訪問していただく。ハイレベルな往来を深めることで、日中関係を新たな段階へと押し上げてまいります」

 2018年は日中平和友好条約締結40周年に当たる節目の年だということもある。だが一方で、安倍内閣が進めてきた外交戦略が最終段階に入ったことを示していると言える。

 どういうことか。

 中国との友好関係の発展の前提となる「大きな方向性」がほぼ完成してきたということだ。

5年間かけて「中国包囲網」を構築
 施政方針演説で中国に触れる前段がある。首相就任から5年の間に76カ国・地域を訪問し、600回の首脳会談を行ったことを強調。「地球儀を俯瞰する外交」を展開してきたと述べた。安倍外交の基本が、「自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々と連携する」点にあることを明確に示し、「米国はもとより、欧州、ASEAN、豪州、インドといった諸国と手を携え、アジア、環太平洋地域から、インド洋に及ぶ、この地域の平和と繁栄を確固たるものとしてまいります」とした。

 さらにこう述べている。

 「太平洋からインド洋に至る広大な海。古来この地域の人々は、広く自由な海を舞台に豊かさと繁栄を享受してきました。航行の自由、法の支配はその礎であります。この海を将来にわたって、全ての人に分け隔てなく平和と繁栄をもたらす公共財としなければなりません。『自由で開かれたインド太平洋戦略』を推し進めます」

 そうした「大きな方向性」の下で、中国の「一帯一路」と協力すると言っているのだ。

 安倍首相が5年間の間に真っ先に緊密な外交関係を結んだのはインド、トルコ、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランドといった中国を取り巻く国々だった。ロシアのプーチン大統領との関係も、G7(主要7カ国)の首脳の中では安倍首相が最も良好だ。5年かけて中国包囲網を構築し、そのうえでいよいよ中国と、是々非々で友好関係を再構築しようというわけだ。

 中国主導の「一帯一路」に無条件で組み込まれるのではなく、あくまでも「自由で開かれたインド太平洋戦略」という枠組みの延長として一帯一路に協力しようというわけだ。もちろん、「自由で開かれたインド太平洋」に南シナ海が含まれることは当然だ。南シナ海での中国の進出はこの地域の経済的な安定にはプラスにならないという事を明確に主張しているのだ。

 長い間、日中関係は「政冷経熱」と言われ、政治的には冷え込んでいる一方で、経済関係はより緊密になっている、とされてきた。財務省の貿易統計では、リーマンショック後の2009年に11兆4359億円にまで減った中国からの輸入額は2015年には19兆4288億円にまで増えた。日本側からみた対中貿易収支は2015年には6兆2054億円の赤字となった。中国は対日貿易で大きく稼いでいることを示している。

 実は中国側の統計では、対日貿易は中国側が赤字ということになっている。理由はいくつか考えられるが、最も影響が大きいとされるのが香港要因。香港を経由する日中貿易の統計が、日本から輸出する場合は「香港向け」となっている事が大きいとされる。

 実際、香港との輸出入をみると、2015年の輸出が4兆2359億円なのに対し、輸入はわずか2274億円だ。香港向け輸出の多くが最終的に中国に向かっているのは想像にかたくない。対香港の輸出入を単純に中国に加算した場合、2015年の日本の貿易赤字額は2兆1969億円になる。6兆円が3分の1になるわけだ。それでも中国にとって日本が重要な貿易相手国であることは間違いない。

日本への輸出を増やしたい中国
 その日中貿易がここ2年ほど、変調をきたしている。日本から見た貿易赤字額が急速に減っているのだ。2016年は4兆6575億円の赤字、2017年は3兆5543億円の赤字だった。前述のように香港を単純合算した数字では、2016年は1兆2183億円の赤字、2017年は2152億円の黒字になった。つまり、日本からの輸入が増えたことで、中国は貿易黒字が稼げなくなっているのである。

 ここ2年ほど、習近平国家主席の安倍首相に対する対応が変化してきている背景には、そんな経済的な事情も一因に違いない。経済関係をより緊密にして、日本への輸出を増やしたいという思いがあるのだろう。

 そこを見透かしたように安倍首相は「一帯一路」への協力を申し出ているわけだ。

 日本はここへ来て景気回復が鮮明になってきた。実質GDPは8四半期連続でプラスとなった。8期連続プラスは28年ぶりのことだ。けん引役は輸出。全体の貿易収支は2016年、2017年と2年続けて黒字になった。2017年の貿易黒字額は2兆9857億円に及ぶ。

 輸出は78兆2907億円で、ピークだった2007年の83兆9314億円に近付いてきた。一方で輸入はピークだった2014年の85兆9091億円から10兆円も少ない状況が続いている。主因はエネルギー価格が安定して、原油LNG液化天然ガス)の輸入価格が落ち着いたことだ。だが、見方を変えれば、まだまだ日本は輸入力があるということになる。しかも、海外からの配当収入など所得収支は年々増えており、経常収支は大幅な黒字になっている。

 このままでは、貿易黒字批判が国際的に高まり、もっと内需を拡大して輸入を増やせという要求が強まることが想定される。中国にとっては、そんな上顧客がすぐ隣にいるわけである。

 日本にとっても中国との経済関係の強化は将来にわたって不可欠だろう。成長は鈍化したとはいえ、巨大な内需市場を持つ中国は、輸出先、投資先として魅力的だ。中国経済のバブルはいつか崩壊すると言われながら、先進国を上回るペースでの成長が続いている。民主党政権時代の尖閣諸島問題などでとことん冷え込んだ日中の政治関係が、着実に改善に向かえば、経済関係を再強化するムードが高まることは間違いない。

 中国が「大きな方向性」に理解を示し、「自由で開かれたインド太平洋」という概念を受け入れ、さらに「自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する国」へと変わっていくならば、間違いなく日中関係は改善し、アジアの経済はさらに成長を加速させるに違いない。「地球儀を俯瞰する安倍外交」の行方は日本経済にも大きな影響を与えることになる。

達成できるか「賃上げ3%」 断行できるかどうかで、企業の勝敗が鮮明になる

日経ビジネスオンラインに2月2日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/020100069/

5年連続のベアは確実な情勢
 安倍晋三内閣が経済界に求めている「3%の賃上げ」が実現できるかどうかに関心が集まっている。

 アベノミクスによる企業業績の回復を背景に、安倍首相が「経済好循環」を掲げて経済界に賃上げを求めたのが2014年。それ以来、春闘では4年連続のベースアップ(ベア)が実現した。2018年の春闘でも5年連続のベアは確実な情勢だ。こうした流れの中で連合の神津里季生会長が「4%程度の賃上げ」を求めるなど、“官製春闘”による賃上げムードが広がっている。果たして安倍首相が掲げる「3%の賃上げ」は達成できるのか。

 新聞報道によるとトヨタ自動車労働組合は、2018年の春季労使交渉でベアに相当する賃金改善分として3000円を要求する執行部案を職場に提案した。

 前年2017年の春闘ではベアは1300円にとどまったが、家族手当の制度移行の前倒し分として1100円を回答、定期昇給分と合わせた賃上げ率は2.7%だった。つまり、今年の焦点は、前年を上回る回答をトヨタの経営側が出し、賃上げ率が3%に達するかどうか、に移っている。

 電機各社の労働組合で構成する電機連合も2018年の春闘の方針を決める中央委員会で、ベアに相当する賃金改善について3000円以上を統一要求とすることを決めた。ベア要求は5年連続で、3000円以上としたのは3年連続。2017年の春闘での妥結額は1000円だったが、これをどれだけ上積みできるかに注目が集まっている。

 3%の賃上げに積極姿勢を見せる企業も少なくない。シャープは記者会見した野村勝明副社長が3%の賃上げ要請について「足元の業績でいえば前向きに考えないといけない」と語り、検討する姿勢を見せた。また、アサヒグループホールディングスの小路明善社長は年明け早々に、「約3%の賃上げを見込んでいる」ことを明らかにし、労使交渉が始まる前から賃上げに意欲を示した。

 経団連も、今年の春闘の経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会(経労委)報告」を発表。安倍首相が要請する3%の賃上げについて、「社会的な期待を意識しながら前向きな検討が望まれる」との表現で、異例の賃上げを求めた。

完全失業率は記録的な低水準
 労働組合はもとより、経営陣が積極的に「賃上げ」に動いている背景には、深刻な人手不足がある。

 厚生労働省が1月30日に発表した2017年12月の有効求人倍率は1.59倍と、44年ぶりの高水準となった。雇用者数は5863万人と前年同月比で60カ月連続で増加している。完全失業率は昨年11月に記録的な低水準である2.7%となり、12月も2.8%となった。

 中でも、新規に雇用をしようと思った場合になかなか採用できない実情を統計数字は物語っている。12月の新規求人倍率は2.42倍を記録した。製造業から、飲食宿泊などのサービス業、医療・福祉系など幅広い分野で猛烈な人手不足になっている。

 こうした中で、賃上げなど待遇改善に積極姿勢を見せなければ優秀な人材が維持・確保できなくなっている、というのが実情なのだ。

 賃上げは大手企業主導で進んでいるように思われがちだ。中堅・中小企業は大手に比べて賃金水準が低く、賃上げ余力に乏しいと一般には思われている。

 ところが、中堅中小企業の間で、初任給の引き上げなどに前向きに取り組む企業が増えている。人材採用難は大手よりも中堅中小の方が厳しい。中小の現場の採用難は深刻だ。そんな中で、優秀な人材には思い切って給料を引き上げるという企業が出てきているのだ。

 ステーキ店「いきなり!ステーキ」を展開するペッパーフードサービスは2018年12月期に、正社員を対象に基本給のベースアップ(ベア)と定期昇給を含め平均で約6.4%の賃上げを実施することを決めた、と日本経済新聞が報じている。外食チェーンは人材確保が難しく、深夜営業を取りやめる企業などが相次いでいる。人手の確保が最重要課題になっているわけだ。

 正社員化の流れも強まっている。総務省労働力調査では、2016年10月ごろから正規雇用者数の伸びが非正規雇用者数の伸びを上回り始め、2017年4月以降は完全に正規の伸びの方が多くなっている。昨年12月は非正規雇用者が0.4%増えたのに対して、正規雇用者は1.5%の増加だった。正規雇用の有効求人倍率は1倍を超えている。

 企業が正規社員を求めるようになったのは、非正規よりも雇用の安定性が高いためばかりではない。安倍首相は「非正規という言葉をなくす」といい、非正規雇用者の待遇改善を強く打ち出している。非正規を増やして人件費を圧縮するというモデル自体が成り立たなくなってきたことを、企業経営者はヒシヒシと感じているわけだ。

 「賃上げ3%ですか?うちで3%しか上げなかったら、社員全員が辞めますよ」

 中堅IT(情報技術)企業の創業社長は言う。ソフト開発者やシステムエンジニアなど有能な人材をつなぎとめるには、やりがいのある仕事を与える一方で、企業の成長に応じた報酬アップを続けることが不可欠だという。賃金を抑えようなどと考えれば、ライバル企業の草刈り場になってしまう、という。「経験を積んだ優秀な社員に逃げられないようにするには、定期昇給も含めて10%ぐらい賃上げしなければダメ」だという。それぐらい仕事がある一方で、人材採用は難しい。

どれだけの企業が「3%賃上げ」に耐えられるのか
 ただし、旧来型の小売り大手などの賃上げ余地は小さい。もともと収益性が低い一方で、人件費比率が高いスーパーなどだ。しかも圧倒的にパートなどの非正規雇用に頼っている。

 パートやアルバイトの人件費は最低賃金に近い水準が圧倒的に多いが、その最低賃金自体が毎年引き上げられている。安倍内閣成立以降、毎年引き上げており、昨年10月から東京の最低賃金は1時間当たり958円になった。東京の都市部では時給1000円以上のアルバイト料が当たり前になっている。

 大手のスーパーなどでは、こうしたパートの人件費上昇に加え、非正規社員の待遇改善などもあり、総人件費は増加が避けられない。そんな中で社員の「賃上げ3%」を確保することは至難の業だ。

 今年の春闘で3%の賃上げが実現できたかどうかで、企業の良し悪しがはっきり見えることになるだろう。賃上げによって人材に投資しようという「経営者の意思」が見えることもあるが、企業の収益構造として3%の賃上げに耐えられるかどうかもはっきり見えて来る。

 それが多くの人たちの目にさらされることで、人材が確保できるかどうかの分岐点にもなるだろう。きちんと賃上げできない企業には優秀な人材は集まらない、ということがここ数年ではっきりするに違いない。優秀な人材が確保できなければ、人手不足が深刻化し、いまいる社員への負担が増えることで、さらに職場環境が悪化するという「悪循環」に陥ることになる。

 人が集まらなければ事業を行うこともできなくなる。いわゆる人手不足倒産もジワジワと増え始めている。

 経営者にとっては、「働き方改革」が不可欠になる。毎年の賃上げが当たり前になってくると、それ以上に生産性を上げなければ会社がもたない。賃上げ以上に売り上げや利益が増えなければ困るわけだ。無駄な残業を減らし、仕事のやり方を見直すことで、効率的に利益を上げる。利益の出ない部門を抱え続けるなど非効率な経営はますます難しくなるだろう。

 今年の賃上げへの対応が多くの企業の明暗を分けることになりそうだ。

インバウンド消費を失速させるな 訪日客4000万人には、円安持続が重要

日経ビジネスオンラインに1月19日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/011800068/

2017年の訪日外国人は2869万人に
 2017年1年間に日本を訪れた外国人が2869万人にのぼり、2016年に比べて19%と大幅な増加になった。日本政府観光局(JNTO)が1月16日に発表したもので、過去最高になった。

 2013年以降、安倍晋三内閣が進めてきたアベノミクスによって円高が是正されたことが引き金になっており、アベノミクス最大の成果がこの訪日外国人の増加と言ってもいい。観光庁の推計によると訪日外国人旅行者は、1年間で4兆4161億円も消費したのだ。なかなか消費に力強さが出てこない日本経済にとって、大きな後押しになっているわけだ。

 アベノミクスが始まる前年の2012年は、訪日外国人は835万人。2011年には尖閣諸島問題で日中関係が冷え込み、中国からの観光客が激減。島根県竹島を巡る領有権問題で日韓関係も悪化したことから、韓国からの観光客も減った。訪日客数ではどん底の年になった2011年は621万人だった。

 それが、アベノミクス開始以降の円安が引き金になってアジアからの観光客が急増し始めた。政府が日本への入国ビザの要件を緩和したことや、消費税がかからない免税商品の対象を拡大したことなども追い風になった。日中関係は政治面ではギクシャクした関係が続いたが、日本にやってくる中国人は2013年以降、激増。いわゆる「爆買い」が発生した。

 2013年は24%増の1036万人と初めて1000万人を突破。2014年は29%増の1341万人、2015年は47%増の1973万人と大きく増え、2016年には22%増の2403万人と初めて2000万人の大台に乗せた。2017年の伸び率は19%と、過去4年に比べて鈍化したようにも見えるが、2ケタ増が続いている。

 かねて政府は、東京オリンピックパラリンピックが開かれる2020年に訪日外国人を4000万人に増やすことを目標に掲げてきたが、このままの伸び率が続けば、達成は十分に可能だ。「オリンピック特需」も期待できる。

国別では中国からが735万人でトップ
 2017年の訪日外国人統計を国・地域別に見ると、中国からが735万人と15%増えた。2015年以降3年連続で訪日客数トップとなった。次いで韓国が714万人。2013年まではトップだったが、その後、中国などに抜かれた。2017年は政治的には中国以上に冷え込んだ日韓関係だったが、韓国からの訪日客数は前年比40%増と急増した。

 台湾からの訪日客は456万人。9%増えたものの3位だった。2014年には韓国、中国を上回ってトップになったこともあるが、2355万人という人口を考えると、伸びとしては限界に近づいているようにも感じる。単純計算すれば、台湾人のざっと5人に1人が昨年、日本にやってきた計算になる。

 増え続ける外国人観光客の日本経済への貢献度は年々高まっている。観光庁の推計では2012年は1兆846億円だったので、5年で4倍。3兆円も増えた。国・地域別では中国が38%を占め、これに台湾の13%、韓国の11%、香港の7%、米国の5%が続く。

 消費費目では買い物代が依然として最も割合が多く37%(前年は38%)を占め、次いで宿泊料金が28%、飲食費が20%となっている。まだまだ「買い物ツアー」の色彩が強いが、それだけに冷え込んでいた日本の消費の底上げにつながってきたとも言える。

 旅行者ひとり当たりの支出総額は15万3921円。どんなものにお金を使ったかは、国・地域によってそれぞれのお国柄が現れている。

 最も使ったのは中国で、一人当たり23万382円。平均宿泊数は10.9泊で、全地域の平均(9.1泊)にほぼ近いが、宿泊費は21%で、買い物代が11万9319円と半分近くを占める。日本全国の百貨店や商店にとっては、中国からのお客さんは上得意客、ということになる。

 次いで消費額が大きいのはオーストラリアで22万5866円。3位は英国の21万5393円、これにスペインの21万2572円、フランスの21万2443円が続く。いずれも平均滞在泊数が12泊から16泊と長く、おおよそ2週間のバカンスを日本で楽しんでいる、という姿が浮かぶ。当然、宿泊料金にお金がかかっており、英国は9万7303円でトップ、その他の国も8万円前後となっている。飲食費も英国とオーストラリアが5万円を超えた。

 オーストラリアで目立つのは、「娯楽サービス費」にお金を使っていること。全地域平均の5014円を大きく上回り、1万4094円とダントツだ。北海道のスキーリゾートなどに長期滞在して、リフト代やその他のエンターテイメントに支出している様子がわかる。

 一方で、韓国からの訪日客は、平均で4.3泊滞在し、7万1795円を使っている。距離的に近いこともあり、九州地区などに気軽に旅行している様子が見える。

 政府は2020年の訪日外国人客4000万人と並んで、外国人消費8兆円をターゲットとして掲げている。4000万人の達成は十分可能だとしても、今のままでは8兆円のハードルは高い。3年で2倍近くにしなければならないのだ。

しまなみ海道」の自転車ツアーが人気に
 その鍵を握るのが「コト消費」をどれだけ広げられるか、だろう。いわゆる体験型などのイベントにどれだけお金を落としてもらえるか、そうした仕組みを作れるかが焦点になっている。観光庁の統計で言えば、「娯楽サービス費」の消費をどれだけ増やせるか、にかかっている。

 全地域の娯楽サービス費の平均は、前述の通り一人当たり5014円で、支出総額15万3921円の3%に過ぎない。逆に言えば、まだまだ伸ばせる余地が大きい。演劇やイベントの鑑賞では、歌舞伎や相撲といった日本の伝統的なものから、世界中の一流のアーティストの公演を日本に行けば体験できる、といったアピールが不可欠だろう。最近では日本で開く美術展などに多くの外国人観光客を見かけるようになった。日本に来れば経験できること、日本に来なければ経験できないことを「用意」することが大事だ。

 最近は本州と四国を結ぶ「しまなみ海道」を自転車で走るのが欧米系外国人の人気になっている。何せ、自転車の上から日本の景色を堪能することは日本に来なければ絶対にできない。全国各地にツーリングコースを整備するなどまだまだやることがたくさんある。さらに、フランスの自転車競技ツール・ド・フランスのようなイベントも重要だろう。

 また、日本各地のお祭りや伝統芸能などもまだまだ外国人に売り出せる。さらに、日本の農村や漁村での生活体験など、日本にやって来なければできないものを用意すれば、外国人観光客はどんどんやってくる。地域を自ら売り出す創意工夫が不可欠だ。

 フランスに年間8000万人以上の外国人客が押し寄せていることを考えれば、日本で4000万人を定着させることは可能だ。東京オリンピックパラリンピックの年の「一過性」ではない、いや、一過性にしないためにも、「コト消費」の拡大が不可欠だろう。

 では、増え続ける訪日外国人客に、「死角」はないのだろうか。

 最大の懸念は、為替が一気に円高に振れることだ。訪日客増加のきっかけが円安だったことで分かるように、旅行ブームの中で「日本」を選ぶかどうかの一つに「費用」があることは間違いない。他の地域に比べてあまりにも割高になれば、旅行先として敬遠される。

 日本経済がデフレから脱却しつつ、徐々にインフレ傾向が強まれば、商品やサービスの価格が上がってくる。オリンピック景気が盛り上がれば、宿泊料金などはさらに上昇するだろう。そこに為替の円高が加われば、旅行代金が跳ね上がり、一気に日本旅行ブームが雲散霧消するリスクが漂う。

 アベノミクスの大規模な量的緩和政策には批判が強く、「出口戦略」を示すべきだと言った声も大きい。だが、他国の状況を見極めずに「出口」に向かって動き出せば、為替が円高になる可能性が強まる。実は、アベノミクスの1本目の矢を維持し続けられるかどうかが、訪日客4000万人、消費8兆円達成への鍵を握っている。

「7年連騰」のカギを握る「生産性向上」

日経ビジネスオンラインに1月5日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

可処分所得の増加がカギに
 2018年も株高は続くのか。2017年の日経平均株価は、6年連続で前年末の水準を上回る「陽線」となった。前年をギリギリで上回った2016年とは違い、2017年の終値は2万2764円94銭と、1年前に比べて3650円57銭も上昇した。2018年の経済情勢の好調さを先取りする形で株価が大きく上昇したとみていいだろう。

 安倍晋三首相が掲げる「経済好循環」をいよいよ実感できる年になりそうだ。企業業績の好調が賃上げによって家計を潤し、それが消費へと結びついてさらに企業業績を押し上げる。ポイントは、これまで実感が無かったビジネスマン層などが賃金の上昇を感じるほど、実際に使えるお金が増えるかどうか。つまり、可処分所得の増加がカギを握る。

 企業業績の好調さや、安倍首相の財界への呼びかけもあって、2018年の春闘は5年連続でのベースアップが確実な情勢だ。首相は、定期昇給と合わせた「3%の賃上げ」を求めており、これが実現するかどうかが最大の焦点になる。大幅な賃上げが「流れ」になれば、経済好循環の歯車が回り始める。この循環を続けるには、職場の「生産性向上」が欠かせない。

 デフレ経済が続いてきた中で、「生産性」というと、いかに1人当たりの賃金を抑えるか、経費を削減して利益を確保するか、という点に関心が向いてきた。結局、売り値を下げる以上にコストを抑えることに躍起になり、そのしわ寄せはほとんど従業員の「給与」や「働き方」に及んでいた。給与が増えない中で消費にもお金が回らず、経済規模が縮小していく、いわゆるデフレ・スパイラルが生活を圧迫することになっていた。

 だが、デフレから脱却しつつある中での「生産性向上」は全く意味が違う。賃金上昇を前提に、それを吸収できるだけの売り上げを追求して利益を確保していく。労働時間を短くしても、むしろ生み出す付加価値は増える、という本当の意味での「生産性」向上が不可欠になる。そのためには、生産性が低い儲からない仕事を止め、より収益性の高い仕事へと従業員をシフトしていく、本当の意味での「経営」が必要だ。

 そうした経営改革に取り組めるかどうかが企業が生き残れるかどうかの決め手になる。というのも2018年は人手不足が一段と深刻になるからだ。放っておいても人件費の相場は上昇していく。さらに安倍内閣は「長時間労働の是正」を掲げ、残業の上限を定める労働基準法の改正を行う方針だ。

長時間労働の是正と賃上げを両立する方法とは
 だが、景気の底入れと人手不足の深刻化とともに、むしろ職場での残業は増加傾向にある。一方で、電通での過労自殺をきっかけに、会社での残業時間の管理は一気に厳しくなっている。その結果、仕事を家庭に持ち帰ったり、残業しても出勤簿に記録しない「サービス残業」をしたりするなど、問題はむしろ水面下に沈みつつある。

 仮に残業時間の上限を法律で決め、罰則を科したとしても、労働基準監督署に摘発されない限り、残業が劇的に減ることはなさそうだ。本来、企業は仕事のやり方を抜本的に見直すなど本当の意味での「働き方改革」を実行すべきなのだが、景気の底入れで仕事が増えている中で、なかなか業務改革に踏み出せない。過労死や過労自殺が増え、再び社会問題化するに違いない。

 そんな中で、長時間労働の是正と賃上げを一気に実現する方法がある。残業代の割増率の引き上げだ。

 ご存知の通り、残業時間には「割増金」が付く。通常勤務の「時給」に比べてどれぐらい上乗せするかが「割増率」だ。日本の場合、割増率は「25%以上」で、1カ月で60時間を超える時間外労働については「50%以上」とすることが労働基準法で定められている。2010年の法改正で施行されたものだが、影響が大きいとして、中小企業については適用が猶予されている。

 この規定を諸外国と比べると差は歴然としている。米国では割増率は50%と規定されているほか、英国では規定はないものの一般的に50%が割増率となっている。ちなみに英国は法定労働時間が残業を含んで週48時間となっている。

 フランスは1週間で8時間までの残業は25%増しで、それ以上は50%だが、法定労働時間は他の国より短い週35時間(日本や米国などは40時間)だ。

 また、ドイツの場合は労働協約で規定され、1日2時間までは25%増し、それ以降は50%増しとなっている。しいて言えば、ドイツが最も日本に近いと言えるかもしれない。

 米国や英国などは残業の1時間目から50%の割り増しになっているのに対して、日本は60時間までは25%増しで社員を使えるわけだ。

 実は、残業代として1.5倍の給与を払わなければならないとなると、経営者にとって別のオプションが生まれる。その分、もうひとり社員を雇う、という選択だ。特に給与水準が高いベテラン社員を残業させるならば、給与の低い若手社員を増員した方が効率的だという判断になる可能性が高い。逆に25%の割り増しで済むのなら、仕事を分けるよりも同じ社員にやらせた方が効率的、ということになるわけだ。

 これは経団連企業の経営者の多くが気付いていることだ。安倍政権に近い財界首脳のひとりは、「時間外労働を減らす特効薬になるのは分かっている」と話す。一方で、「経団連が言い出せるはずはない」ともいう。残業代の割増率を一律50%にすれば、残業代が急増して人件費が劇的に増加することが火を見るより明らかだからだ。

割増率の引き上げは生産性改善につながる
 実は官邸の会議でも繰り返し議題になってきた。安倍首相が「経済好循環」を掲げる土台作りを担った2013年秋の「経済の好循環実現検討専門チーム」にも割増賃金の状況に関する資料が提出されている。当然、その後の「働き方改革実現会議」などで議論されてもしかるべきだったが、経済界の意向に配慮してか、封印されたままだ。

 1月に召集される通常国会では、残業時間の上限を定めた改正労働基準法の審議が始まる見通しだ。繁忙期の特例で認められる残業の上限を月100時間未満と法律で定めることになるが、経済界が同時に導入を求めている時間に縛られない働き方を認める「高度プロフェッショナル制度」の行方などは、不透明なままだ。

 仮に残業時間の上限が抑えられ、労働時間が減った場合、社員からすればその分の残業代が減ってしまう可能性も十分にある。多くの家庭で残業代は「生活給」になっており、残業の減少は手取りの減少に直結する。そうなれば、消費に回すどころの話ではない。経済好循環に暗雲が漂うことになる。

 残業を減らしながら、手取りを減らさないためには、賃上げが不可欠だが、本体部分を引き上げれば恒常的に企業の負担が増えることから、経営者が尻込みすることになる。

 そこで最も手っ取り早いのが、残業代の割増率を引き上げることだ。残業代を1時間目から一律50%増しにすれば、仮に残業時間が半分になっても手取りは概ね変わらない。企業経営者からすれば、その分、生産性を改善しなければ利益が減る。無駄な残業をやめさせるプレッシャーが働き、本当の意味での「働き方改革」が不可欠になる。もちろん、それを通じて生産性の改善につながっていくはずだ。

 一方で、多くの企業が「高い残業代を払うなら、もうひとり雇おう」と考えた場合、人手不足はさらに逼迫する。何せ、有効求人倍率はバブル期を超え、高度経済成長期の水準に達している。これにさらに拍車がかかるわけだ。

 そうなると、給与水準を引き上げなければ優秀な人材が確保できないという状況が一段と進むことになるだろう。割増率の引き上げによって、一般の社員の給与も上昇していくという効果が期待できるわけだ。もちろん、企業経営者の抵抗感は強いが、現状のように、企業収益が向上し続け、内部留保が膨らんでいる時にしか、思い切った人材への投資は出来ないだろう。日本企業の経営改革が進み、収益性が一段と改善されることになれば、株価もさらに上昇することになる。2018年は経済好循環が始まるかの勝負の年になりそうだ。

「声の大きさ」で決まる診療報酬 医師会の主張を受け入れ「本体」部分引き上げ

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 増え続ける医療費の削減がまたしても遠のくこととなった。

 政府・与党は、2018年度の診療報酬改定で、薬や医療材料の公定価格である「薬価」部分は1.3%程度引き下げるものの、医師の技術料や人件費に当たる「本体」部分については0.55%引き上げる方針を固めた。財務省の審議会などは医療費の増加を抑えるには「本体」部分のマイナス改定が必要だとしていたが、自民党は有力な支持母体のひとつである日本医師会の主張を受け入れた。診療報酬は2年に1度、見直されているが、「本体」部分の引き上げは6回連続。前回2016年度の引き上げ率だった0.49%を上回ることで、医師会側の「完全勝利」となった。

 診療報酬全体ではマイナス改定になる見通し。もっとも、「薬価」は実勢価格がすでに従来の公定価格を大幅に下回っており、新「薬価」はそれに合わせる意味合いが強い。政府は、2018年度の医療費の自然増加分が6300億円に達すると試算、2015年6月に閣議決定した「2016〜18年度の自然増を計1兆5000億円に抑える」という目安を達成するためには1300億円の「圧縮」が必要だとしてきた。実際には、薬価を実勢に合わせるだけで1500億円の圧縮が実現、薬価の引き下げで「財源」が生まれたとして「本体」部分の引き上げに突き進んだ。

 政府が試算する「自然増」自体が正確かどうか不透明なうえ、実勢から乖離した薬価を引き下げることで、「目安」が達成できたとする姿勢からは、増え続けている医療費を抜本的に圧縮しようという意欲はうかがえない。

 国民医療費は2015年度には42兆3644億円と3.8%、1兆5573億円も増え、過去最高を記録した。国民所得の10.91%が医療費に回っており、日本は世界有数の「医療費大国」になっている。

 国民1人当たりに直すと、33万3300円を使ったことになり、前の年度に比べて1万2200円も増えた。

 にもかかわらず、医療費負担が増えている実感が乏しいのは、国や地方による「公費」負担が大きいことや、健康保険によって、病気にかかっていない健康な人たちも「広く薄く」負担しているためだ。「患者負担」分は国民医療費の財源の11.6%に過ぎない。実際に窓口で医療費を支払っている患者の負担感はそれほど大きくなっていない。これが医療費に対する感覚を鈍らせている、とも言える。

医療費増加を問題視する声が高まらない理由
 公費負担は全体の38.9%に達している。医療費の増加は財政赤字の大きな要因の一つになっている。財政赤字の国は国債発行などに財源を依存しており、ここでも国民が直接「負担増」を感じない仕組みになっている。

 もう一つが保険料による負担。国民医療費全体の48.8%が保険料によって賄われている。うち20.6%が事業主の負担、28.2%が保険をかけている加入者の負担だ。給与明細を見ると、引かれている「健康保険料」の高さにびっくりするが、それでも国民医療費の28%分しか賄えていない計算だ。

 財源の構成を見ると、「国民皆保険が日本の質の高い医療を支えている」という主張はもはや成り立っていないことが分かる。保険では5割しか賄えていないのだ。自己負担を加えても6割である。その一方で、加入者に「薄く広く」負担を求めていることから「負担感」が実際よりも低い。国民皆保険制度は、恒常的に医療費を増やし続けるための制度、と言っても過言ではない。

 今回決まる来年度の診療報酬改定でも「自然増」の5000億円を賄うために、当然、ほぼこの割合で負担が増えることになる。保険料の引き上げで2500億円近くを賄うことになるが、そのうち1000億円は事業主負担、つまり企業が負担する。残りの1500億円は保険者の負担、つまり保険料が引き上げられることになる。

 広く薄く負担する保険料の値上げは月にすればわずかだから、今回の診療報酬改定に国民の怒りは向かない。かくして、医療費の増加にも歯止めがかからないことになるわけだ。もちろん、公費負担も、いずれ増税の形で国民の負担に回ってくるが、すぐに負担が増えるわけではないので、医療費増加を問題視する声は高まらない。

 一方で、医師の人件費引き上げは当然だ、という声も根強くある。特に勤務医の労働環境は劣悪で、不眠不休で働いている、というのだ。人件費を増やさなければ医師が確保できない、という悲鳴も聞こえる。「働き方改革を言うなら、医師の働き方も考えて欲しい」と医師会の幹部は言う。確かに一理あるようにも聞こえる。

 だが、医師が忙しいのは診療報酬が安いからではない。懸命に働いている医師に報いるべきだという「情」に訴える主張も分かるが、診療報酬を増やしたからといって、それで医師の働き方が改善されるわけではない。

 もし医師が足らないのならば、もっと医学部を増やして医師を養成するのが筋だが、医学部新設には医師会は反対だ。医師の人数を増やすことにも基本的に反対するのは医師の側である。医療費総額が変わらないのなら、医師の人数が増えると1人当たりの取り分は減る。競争は「質の低下」につながるからと反対である。

 市場原理が働くならば、医師の数が足らなければ、価格が上がる、というのが経済学の原則だ。だが診療報酬という「公定価格」と、「国民皆保険」という誰でも同一に医療が受けられる建前の仕組みによって、どんどん総額だけが膨らんでいく。もはや国民医療費の増加は止められなくなっている。

政治献金に姿を変える国民医療費
 今の仕組みの中で、医療費の増加を止められるとすれば、それは「政治力」しかないだろう。財務省の審議会が打ち出した「本体部分のマイナス改定」を政府・与党が本気で取り上げれば、マイナス改定が実施できたはずだ。しかも安倍晋三内閣はかつてない「強力な」リーダーシップを握っている。

 ところが、安倍内閣は、医療費の削減に本腰を入れることはなかった。それどころか本体部分を大きく増やすという逆の政策をとった。

 なぜか。それは、診療報酬改定を巡る「声の大きさ」の違いだろう。

 「医療費、政界へ8億円 日医連が最多4.9億円提供」――。12月1日付けの東京新聞にはこんな見出しが躍った。医療や医薬品業界の主な10の政治団体による、2016年の寄付やパーティー券購入などが、計8億2000万円に上ったというのだ。政治資金収支報告書に記載された国会議員や政党への「政治資金」で日本医師会政治団体である日本医師連盟(日医連)が約4億9000万円と最多だった、としていた。

 「医療費が政界へ」というのは、医療費として公費や健康保険から医師に支払われているおカネが、回りまわって政治献金となり、政治家や政党に渡っているという意味だ。

 日本医師会自民党の有力な支持母体のひとつである。自民党の政治家個人や党支部の支援でも「医師」による高額寄付が少なくない。自民党への医師会の影響力は間違いなく強い。診療報酬の「本体部分」の引き上げは、彼らの利益に直結する。それだけに、医師会や医師からの引き上げを求める声は強い。

 一方で、前述の通り、引き上げた場合に負担が増える「国民」の声は小さい。もちろん有権者で選挙時には生殺与奪を握る人たちだが、総選挙も終わっており、しばらく選挙はない。それよりも、診療報酬の引き上げを実際の「負担増」と感じる人たちが少ない仕組みの中で、自民党政治家に「診療報酬引き上げはけしからん」と迫る有権者はほとんどいない。

 この医師と国民の「声の大きさ」の違いが、医療費の増加に歯止めがかからない根本的な原因とみることができそうだ。