「幹部人事凍結」を破って誕生する金融庁新長官の役割は「沈没するニッポンの資本市場」救済だ

本日、講談社「現代ビジネス」にアップされた拙稿を、編集部のご厚意で転載します。
オリジナルページ→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/13522


 新聞各紙は7月26日、金融庁の三國谷勝範長官が退任し、畑中龍太郎監督局長が昇格すると一斉に報じた。

 監督局長から長官に就任するのが慣例となっており、畑中氏の昇格自体は規定路線だ。ただ、東日本大震災の発生で、霞が関の局長級以上の幹部人事を当面凍結するという閣僚懇談会の申し合わせが5月に行われており、退任確実と思われていた三國谷氏の扱いが注目されていた。

 5月に枝野幸男官房長官が行った"人事凍結"指示に金融庁内は凍りついた。長官就任から満2年を迎える三國谷氏は、本人自身も周囲も退任することを疑っていなかっただけに、「三國谷3年目」の可能性が出たことに衝撃が走ったのだ。

 というのも、長官就任以来、三國谷氏は「慎重でリスクを取らない」という評価が定着。「政治家にも弱腰」という見方が役所内にも広がっていた。青森県出身で口数が少ないこともあるが、自らの信念を腹蔵なく語るタイプではないことから現場の官僚たちの人心を十分に掌握し切れているとは言い難かったのだ。

指導力を発揮しなかった「IFRS問題」

 その三國谷氏の「慎重さ」が如実に現れたのが5月末に起きた国際会計基準IFRSを巡る騒動だった。IFRSの日本企業への導入に反対する一部の経営者が長官宛に要望書を提出。その後、自見庄三郎・金融担当相を動かして、既定の路線をひっくり返した事件だ。

参考記事: http://gendai.ismedia.jp/articles/-/9505
     http://gendai.ismedia.jp/articles/-/11138)

 国際化路線を進めてきた金融庁の現場からすれば、こここそ三國谷氏の出番と期待したのだが、金融行政のプロである長官が素人の大臣を諌めることはなかった。菅直人首相が退陣を伺わせる発言をした時期と重なったこともあり、「いずれ大臣は変わるのだから静かにしておこう」という消極的な姿勢を取ったのだった。

 もちろん、三國谷氏の長官としての実績がないわけではない。金融ビジネスのグローバル化に伴って重要性を増している金融監督の国際化に対応するため、国際担当の人員を大幅に強化したのだ。

 銀行監督のルールづくりなどを担うバーゼル委員会(事務局・スイスのバーゼル)など、国際交渉において日本の存在感が大きくなったのも、金融庁が対応に本腰を入れてきたことが大きい。英語のできる課長補佐がもっぱら国際交渉を担当していた大蔵省時代から比べれば雲泥の差だ。

 さらに、三國谷氏自身、課長時代から会計基準の国際化を担当してきた。IFRSについては庁内で最も詳しいだけに、大臣の暴走に対して、三國谷待望論が大きかったのだが、まったく指導力を発揮せずに終わった。

どうやったら世界から資本を呼び寄せられるか

 5月の政府の幹部人事凍結方針にも関わらず、今回、交代が決まったのはなぜか。

 東日本大震災への対応は実質的に畑中氏が担当してきており、三國谷氏から畑中氏に交代しても震災対応には支障がないと判断したためと見られる。震災後、被災した地方銀行や信用金庫、信用組合に対する経営基盤の強化が喫緊の課題となり、畑中氏を先頭に公的資金による資本注入の道筋などを整備した。

 また、木村剛氏らが設立した日本振興銀行の破綻に際して、日本で初めてる「ペイオフ」を発動。一千万円を超える預金を保護の対象外として処理したのも畑中氏の決断によるところが大きかった。危機に際しての即断即決ができるトップとして、新長官への庁内の期待は高い。

 日本の金融市場の地盤沈下が著しい中で、新任長官への民間の期待も大きい。株式市場の売買高は細り、企業の新規公開も低迷を続けている。金融派生商品(デリバティブ)など金融市場も韓国やシンガポールなど新興市場に凌駕されている。

 農産物や工業品など商品取引は瀕死の状態だ。金融庁は商品と金融、株式を一体で取引できる総合取引所構想を長年主張しているが、いまだに、農林水産省経済産業省などが所管を抱え続け、省庁間の権限の一本化すらできていない。

 昨年来、菅政権が打ち出した新成長戦略には「金融」が加えられたものの、経済産業省主導の成長戦略に警戒するあまり、金融庁は受身の姿勢に終始している。日本の市場がジリジリと地盤沈下を続けている背景には、金融庁自身が日本の資本市場のあるべき姿、明確なビジョンを描けていないことに問題の根源がある。

 東北地方の復興に向けた金融基盤の整備が当面の課題であることは否定しない。事実上「モラトリアム状態」になっている不良債権額の確定など、企業情報の開示が進めば、新たな金融措置が必要になる可能性もある。

 だが、それにも増して重要なのは、日本の金融資本市場をどう再興していくかだろう。

 銀行監督など間接金融畑が長い新長官の課題は、国際化と直接金融だろう。日本企業や金融機関を巡るグローバルな競争が一段と激しさを増す中で、前々人の佐藤隆文長官や三國谷氏が進めた金融の国際化路線を後戻りさせることがあってはならない。

 加えて、日本の市場を魅力的なものに変え、どうやって世界から資本を呼び寄せる国になっていくのか。明確なビジョンを長官自らが腹蔵なく語ることこそ、第一歩に違いない。