金融庁もついに方向転換か!? 上場企業の大半が国際市場とつながる日本では、IFRS導入を前提とした市場整備が必要だ!

国際会計基準IFRSを巡る議論が再び動き始めた。金融庁は3月26日、日本の会計基準の方向性を議論する企業会計審議会を開いた。審議会の開催は昨年10月2日以来。総選挙と政権交代によって議論がストップしていた格好だ。

民主党時代は金融担当相のポストを握り続けた国民新党によってIFRS導入に向けた議論は大きく後退していたが、政権交代でその行方がどうなるのか。上場企業の決算書づくりを大きく左右することになるだけに注目されている。

IFRS反対派色が濃い審議委員の布陣
 議論の方向を占う1つの大きな要素が審議会の委員の構成。民主党政権時代の2011年6月、自見庄三郎・金融担当相は「政治主導だ」として導入に向けた議論を先送り、IFRS反対派と目される経営者などを「臨時委員」として一気に10人も増員した。議論の方向をIFRS反対へと転換させようという意図は明白だった。"政治任用"された委員がどうなるのか。その処遇が注目された。

 10人のうち退任したのはわずか3人。元国税庁長官だった大武健一郎氏は週刊誌にスキャンダルが報じられたこともあり、さすがに退任したほか、連合の副事務局長だった逢見直人氏と住友化学副会長の廣瀬博氏も退任した。もっとも逢見氏の代わりには同じ連合の川島千裕・総合政策局長が加わっている。

IFRSを強く批判し導入に反対している佐藤行弘・三菱電機常任顧問や、和地孝・テルモ名誉会長、河崎照行・甲南大学会計大学院長らは留任した。26人にまで増えていた「臨時委員」の数は24人と、わずか2人しか減らなかった。国民新党の置き土産とも言える政治主導人事がほぼそのまま残ったのである。

 また、審議会の正委員が6人退任し5人増えたが、退任委員の中にはIFRS導入の先頭に立っていた島崎憲明・住友商事特別顧問や、積極導入論者の八田進二・青山学院大学大学院教授が含まれている。一方で新たに反対派として知られる辻山栄子・早稲田大学教授が臨時委員から正委員になった。

 実は八田教授の退任と辻山教授の就任は昨年、突然、行われていたが、金融庁はホームページで公開している委員名簿を更新せず、ようやく今回入れ替えた。真相は藪の中だが、委員の入れ替えに政治力が働いていたため、金融庁の現場が"反発"していたという解説もある。

 ちなみに自見氏が任命した10人の委員のうち、佐藤氏と逢見氏、廣瀬氏は「金融庁参与」にも任命されていた。参与の辞令は公表されておらず幹部名簿にも記載されていないため、その後の動向は不明だが、金融庁によると政権交代までに3氏は参与を辞任している、という。

 いずれにせよ委員の構成を表面上見る限り、IFRS反対派の布陣が色濃くなっているように見える。反IFRSを強引に進めた自見氏や国民新党が去っても、金融庁は政策の方向転換をせずにいる、ということなのだろうか。

日本がIFRS導入に背を向けることは難しい
IFRS推進派の審議会メンバーのひとりは「批判を恐れた金融庁が審議会委員の大幅な減員をしなかっただけではないか」と語る。事務方を含め、審議会のムードは一変しつつあるというのだ。

 というのも3月26日の審議会では、これまでIFRSに慎重な姿勢を取っていると見られていた経団連が、1つの報告を行ったからだ。「国際会計基準IFRS)への当面の対応について」と題された20ページにわたる資料を経団連がまとめたのだ。

 報告の中では、日本企業のうちすでに60社あまりが任意にIFRSを適用するか、適用する方針を示しているとしたうえで、その60社だけでも時価総額の合計は75兆円に達すること、時価総額上位50社の4割に当たることなどを説明している。そのうえで、要件を緩和することで、任意適用に踏み切る会社数を増やせないかと指摘している。つまり、経団連IFRSを採用する企業が増えることをむしろ歓迎する立場に転換したのだ。

 実は、この時点で、審議会として、任意適用する企業を大きく増やしていく姿勢を打ち出さなければならない別の理由があった。

IFRSの基準づくりを進める「国際会計基準IFRS)財団」には、金融庁など規制当局者から構成する「モニタリング・ボード」という国際組織があるが、そのメンバーの資格要件が3月1日に公表されたのだ。

 それによると、「メンバーは高品質の国際的な会計基準策定の支援をコミットしなければならない」という点は当初からの要件であるとしたうえで、自国の資本市場でのIFRSの使用とIFRS財団への資金拠出が必要だとされたのだ。

 つまり、IFRSを使用していない国や資金負担をしない国の規制当局には、基準作りに口出しさせないと言っているのである。企業の経済活動がグローバル化し、資本市場が国際化する中で、企業が使う会計基準が国際的に統一されていくのは必然的な流れだ。そこで基準の決定議論に参加できるかどうかは極めて重要になる。

 資格要件として「IFRSを使用している」と認められるには、「(自国での)IFRSの強制又は任意適用」が必要だとされ、さらに「IFRSが顕著に使用されることとならなければならない」という文章が加えられた。任意適用でもいいが現在の日本の8社では「顕著」とは到底言えない水準なのだ。IFRSを強制適用しないまでも、使用する企業の数を「顕著」と言える水準まで増やすことを金融庁国際公約したことになるわけだ。

 しかも、このモニタリング・ボードの議長に、金融庁の河野正道・国際政策統括官が選出された。国際組織の場で、議論に慎重な国の責任者を議長に据える手法はしばしば取られる。議長として議論をまとめる責任を追えば、反対のための反対はできなくなるからだ。国際公約をすると同時に"人質"を取られたと言っても過言ではない。もはや日本がIFRS導入に背を向けることは難しいのだ。

問題は、資本市場の質が保てるかどうか
 ではなぜ金融庁は、IFRS反対派主体の審議会を推進派主体の元の姿に戻さなかったのだろうか。推測が3つある。

 1つは、現在の審議会の構成でも反対派が議論をリードすることはできないと見切っている、とする見方。18人の正規委員に24人の臨時委員、2人の専門委員がいる。ここ1年のように臨時委員が所属する「企画調整部会」と審議会の総会を同時に開催した場合、出席する委員の総数は44人に達する。事務局である金融庁企業開示課長などを加えると会議参加者は50人。とうてい議論で結論を出す態勢にはならない。むしろ金融庁主導で方針を決めていくには好都合だというのである。

 もう1つの推測は、金融庁内の「国内派」と「国際派」の対立。国民新党の金融政策に振り回されたと言いつつ、実際には自分たちのやりたかった政策を実現してきた幹部がいる、というものだ。国民新党の反グローバル化政策の絵を描いていたメンバーが実は金融庁内にいるのだという推測だ。河野氏を筆頭とする国際派はIFRSやグローバルな金融規制への調和に前向きだが、国内派はそうした金融のグローバル化に抵抗しているという。

 最後が、政策を改めると民主党時代の3年あまりの政策について責任を問われるのではないか、という霞が関特有の「無謬性」の心理だ。本来自分たちが望んだ政策でなかったとしても、金融庁として一度実施してしまったものは改めないというわけである。

 官僚が無謬性にこだわるのは、誤りを認めるとそれが人事に影響するからだ。この夏で丸2年となる畑中龍太郎金融庁長官は退任の可能性が高く、同氏の頭の中はすでに後任人事の事でいっぱいだと噂される。政策の成否による外野からの評価を許せば、金融庁の描く人事秩序が崩れることになりかねない。

 そういう意味では、国際的にもメンツがたち、国内でも批判を浴びない方法は、IFRSを任意適用する企業が勝手に増えてくれることが好ましいのだ。

 だが、そうなると問題は、資本市場の質が保てるかどうかという本質的なところに舞い戻る。現在、日本では、日本基準のほか米国基準もIFRSも利用が認められている。つまり同じ日本市場の上場企業でありながら、決算書の作成ルールが3通りあるのである。これでは投資家が企業を正確に比較することは難しい。

 そもそも、国際的に企業を比較できるようにしようという理想を掲げて始まった会計基準の統一作業が、国内で比較不能なバラバラ状態を生み出すというのは皮肉な話だ。これは資本市場の質としては最悪ということになる。そうでなくとも日本の証券市場の地盤沈下が言われて久しい。

 方法は日本取引所東京証券取引所)が、上場ルールによって情報開示の基礎になる会計基準を1つに定めることだろう。現状の東証1部にだけ義務付けるという方法もあるが、そうなるとIFRSを使いたくない会社は2部に転落することになり不満が爆発するだろう。

「顕著」になることを前提に市場整備を
 実はドイツに学ぶべき先例がある。EU欧州連合)は2005年に、域内上場企業にIFRSを義務付けたが、ドイツ取引所(フランクフルト証券取引所)は2004年に市場区分を大改革した。

新興市場を廃止する一方で、「プライム・スタンダード」「ジェネラル・スタンダード」の2つに市場を分類。プライム市場の上場企業には英語での情報開示や四半期決算など、グローバル水準の情報開示を求めたのだ。会計基準はともにIFRSだが、「非規制市場(店頭市場)」と呼ばれる中小企業・新興企業にはIFRS以外の母国基準も認めている。

 ドイツでは当時、四半期決算などグローバル水準の情報開示に反対する企業が多く、それまでのドイツ基準並みの情報開示で済むジェネラル市場を設けた。国際的に活動することを想定していない企業はこの区分で上場しているが、現在の上場企業数ではプライム市場が6割、ジェネラル市場が4割で、プライム市場が主体になっている。

 もちろん両市場ともに会計基準IFRSを義務付けており、違いは英語開示などその他の情報開示項目に過ぎない。つまり、会計基準の違いによって数字が比較できないという問題は起きていない。

 日本の取引所でも国際的に活躍する企業の市場と国内企業の市場を分けてみる手はあるが、日本企業の場合、規模の大小にかかわらずグローバル化が進んでおり、国内企業と分類できる企業がごく少数になる可能性もある。

 とくに海外での起債や外国人株主の存在などを考えると、上場企業のほとんどが国際市場とつながっていると見ることもできる。ただ、IFRSを義務付けた「優良」「国際」市場ができることによって、多くの企業にIFRS導入を決断させるきっかけにはなるかもしれない。

 いずれにせよ、そう遠くないうちに日本国内でのIFRSの利用が「顕著」になることは間違いないだろう。それを前提に市場整備を急ぐことも重要だ。