IFRS「300社」で新株価指数(7月号)

6月20日発売の「ファクタ」7月号に掲載された原稿を、編集部のご厚意で以下に再掲します。IFRS関連の原稿です。オリジナルページ→http://facta.co.jp/article/201307002.html

国際会計基準IFRS)の適用問題がようやく前進し始めた。民主党政権下で自見庄三郎金融相が突然「先送り」を表明して以来、時間だけを浪費してきたが、政権交代金融庁も腹を括ったようだ。

日本経済新聞は5月28日付の朝刊1面で「国際会計基準の強制適用、当面見送りへ 金融庁」という記事を掲載した。「企業会計審議会(金融庁長官の諮問機関)が7月にもまとめる報告書に強制適用の時期を明記しない」と書いていたが、これは本質を突いていない。

自見氏が追加選任したIFRS反対派が多数を占める審議会では毎回、ただただ声高に反対論を叫ぶ委員が“大活躍”するばかり。国際的に通用する会計基準の決定という国益を大きく左右する問題で、日本がどう国際的な立場を保っていくのかという戦略的な議論はほとんどなかった。強制適用の時期を盛り込んだ報告書など、もともと出るはずもないのだ。

だが反対派の抵抗にもかかわらず、IFRSの適用は大きく前進することになりそうだ。現在も認められている「任意適用」を大幅に拡大することが報告書に盛り込まれるからだ。海外に資本金20億円以上の子会社を持つ場合などに限っていた規制を緩め、新規上場企業にも利用を認める。任意適用の拡大はIFRS反対派も主張してきたことなので、これには反対できない。そもそも反対派は任意適用ではIFRS採用会社は増えないと高を括っているのだ。

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自民党企業会計小委員会は6月、IFRSに関する提言をまとめた。そこにはこんな一文が盛り込まれた。

「2016年末までに、国際的に事業展開をする企業など、概ね300社程度の企業がIFRSを適用する状態になるよう中期目標を立て、その実現に向けて積極的に環境を整備すべきである」

小委員会では、出席議員から「300社では不十分ではないか」といった意見も出たが、金融庁は当面この300社を目標として、導入企業にインセンティブを与えることなどを検討する姿勢を示した。

実は金融庁には、何が何でもIFRSの任意適用を拡大しなければならない理由があるのだ。国際基準づくりを進める「国際会計基準IFRS)財団」には、規制当局のトップで構成する「モニタリング・ボード」という国際組織がある。ボードには日本の金融庁もメンバーに選ばれ、河野正道・国際政策統括官が出席している。米国はSEC(証券取引委員会)委員長が出ており、日本も金融庁長官のポストだが、英語が流暢な国際派の河野氏が出ている。その河野氏がボードの議長に選ばれているのだ。

そのメンバーの見直しが16年に行われる。条件は自国の資本市場でのIFRSの使用とIFRS財団への資金拠出。IFRSを使用していない国や資金負担をしない国の規制当局は、基準作りに口出しできないわけだ。そして、IFRSの使用については「強制又は任意適用」が必要だとしたうえで、「IFRSが顕著に使用されることとならなければならない」とされている。つまり、16年までに日本企業のIFRSの任意採用を「顕著」にすることを、金融庁は国際的に公約しているわけだ。16年までに300社という数字はここから出ているのである。

だが、放っておいて任意適用が300社になるわけではない。金融庁が切り札として考え出したのが取引所との連携だ。東証を傘下にもつ日本取引所グループに「グローバル300(仮称)」という株価指数の策定を急がせている。構成銘柄の条件はIFRSをすでに採用するか16年までに採用すること、社外から独立取締役を導入していること、英文で情報開示をしていることなど、世界の投資家に向けて、日本の今後を担うグローバル水準に達した良い会社を「見える化」しようというわけだ。

新指数の開発には日経平均株価を計算している日本経済新聞が当たる。指数を巡っては東証TOPIX東証株価指数)をつくって以来、日経とは冷戦状態で、日本取引所の取締役からは日経と組むことに反対意見も出たが、斉藤惇CEO(最高経営責任者)が押し切った。老舗の大企業を中心とする日経平均株価と並ぶ、日本を代表する指数にするには日経との和解が不可欠という判断があった。もちろん、合併によって日経平均先物を扱う大阪証券取引所が傘下に入ったこともある。

実はこの「グローバル300」指数。安倍晋三内閣が6月14日に閣議決定した成長戦略にも盛り込まれている。自民党の日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)が5月に出した「中間提言」に、日本の資本市場再生策の具体策として盛り込まれたものだが、そこにも指数を構成する企業にIFRSの採用を義務付けることがうたわれていた。成長戦略の工程表では13年度中に指数の概要を決めるよう日本取引所に求めることが明記されている。

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かつてドイツ取引所が株式市場を再編してグローバル企業を対象にした「プライム・スタンダード市場」を作った。東証1部、2部、マザーズといった市場を再編し、「グローバル企業市場」などを設立する案もあったが、「東証1部」が信用力を測るブランドになっている現状を壊すと混乱が大きいと判断。新指数の策定に落ち着いた。

指数に組み込まれるからと言ってインセンティブにならないのではないか、という声もある。だが、世界の投資家が売買する指数になれば、先物と現物を組み合わせて売買する機関投資家などを中心に、構成銘柄の現物株へのニーズが一気に高まる。日経平均株価から除外された途端にその会社の株価が急落するのを見ても分かる。

国際市場で海外のライバルと戦っている企業は、ライバル企業ときちんと比較されたうえで評価され株価が付くことを願っている。ライバル企業に比べて格安な株価しか付かなければ、買収の危機にさらされるからだ。そうした国際感覚を持った経営者からすれば、新指数に採用されることは極めて重要だということになる。

もっとも、冒頭の日経新聞が「当面」と書いているように、強制適用自体が消えたわけではない。安倍首相は今後の3年間を内外の投資を促進する「集中投資促進期間」と定め、それを促すために制度や規制を国際水準にそろえることを表明した。

自民党会計小委の提言でも促進期間の「できるだけ早い時期に、強制適用の是非や適用に関するタイムスケジュールを決定する」ことを求められた。7月以降、強制適用に向けた議論が再び始まる可能性が大きい。