金融庁がIFRSをようやく受け入れ、「内弁慶」からの脱却姿勢を鮮明に

久しぶりに国際会計基準IFRS関連の原稿を書きました。是非ご一読ください。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41131


金融庁国際会計基準IFRSの受け入れに大きく舵を切った。

IFRS財団に元金融庁長官が就任
基準作成に当たる国際会計基準審議会(IASB)の運営母体であるIFRS財団の評議員(トラスティー)に金融庁長官を務めた佐藤隆文東京証券取引所自主規制法人理事長が11月1日付けで就任、IFRS普及に向けた啓蒙や資金集めを担うことになった。

評議員会にはIASB発足当初から日本代表2人が加わってきたが、金融庁関係者が就任したのは初めて。佐藤氏の就任に当たっては、金融庁の幹部が説得を行っており、金融庁IFRS推進の姿勢を鮮明にしたと言えそうだ。

佐藤氏は、評議員の副議長を務めていた藤沼亜起氏の後任として就任した。藤沼氏は2004年から評議員として任期限度いっぱいの2期6年を務めたが、退任を前に2010年5月に新設された副議長に就任した。その3年の任期も超えていたが、後任が見つかるまでの措置として留任していた。

藤沼氏は国際会計士連盟の会長や日本公認会計士協会の会長も務めた会計士の大物で、日本におけるIFRSの強力な推進役だった。このためIFRS財団が余人をもって代えがたいとして引き留め続けてきた。一方、IFRSの基準策定に影響力を維持したい日本としても、評議員会の2つのポストを死守したい狙いがあり、藤沼氏に劣らぬ大物を財団に送り込むことを狙っていた。

金融庁IFRS財団に置かれた規制当局者の集まりである「モニタリング・ボード」の議長を務めている。その資格要件として、「メンバーは高品質の国際的な会計基準策定の支援をコミットしなければならない」ことが申し合わされており、自国の資本市場でのIFRSの使用とIFRS財団への資金拠出が求められている。つまり、IFRSを使用していない国や資金負担をしない国の規制当局には、基準作りに口出しさせないというわけだ。

民主党政権下、自見庄三郎金融担当相の呪縛
IFRSの使用」については「(自国での)IFRSの強制又は任意適用」が必要だとされ、さらに「IFRSが顕著に使用されることとならなければならない」という条件が加えられている。つまり、日本の金融庁は、強制適用するか、任意適用を「顕著」な水準まで引き上げることを、いわば公約しているのである。

だが、なかなかそうした方針を明示できずにきた。というのも、民主党政権時代にIFRSを巡る環境が激変した「後遺症」を引きずってきたからだ。民主党政権で金融担当相に就いた国民新党自見庄三郎氏が、2011年6月、突然「政治主導だ」として、それまでのIFRS導入に向けた議論を先送りしてしまったのだ。そのうえで、IFRSの扱いなどを議論する企業会計審議会企画調整部会に、IFRS反対派と目される経営者などを「臨時委員」として一気に10人も増員したのだ。IFRS導入に向けた議論は、時計の針が大きく逆戻りする結果となった。

2012年末に自民党政権が返り咲くと、IFRS導入促進の方針が打ち出された。安倍晋三内閣の成長戦略などにも盛り込まれている。だが、金融庁には政権が変わったからと言って簡単に舵を切れない理由があった。

政治主導とはいえ、審議会の事務局である金融庁自身が任命作業に当たった臨時委員を即刻罷免というわけには行かない。下手をすれば、自らの政策判断が間違っていたことを満天下に晒すことになりかねない。自見金融相の呪縛から脱することができなかったわけだ。

金融庁はようやくそこにも手を付けた。

10月28日、企業会計審議会の総会が開かれた。そこで「会計部会」の設置が決まったのである。当日配布された資料には、部会の役割についてこう書かれていた。

国際会計基準の任意適用の拡大促進を図るとともに、あるべき国際会計基準の内容についてわが国としての意見発信を強化するため、会計を巡る事項について必要な審議・検討を行う」。

IFRSの適用拡大を担う部会という位置づけにしたのだ。そして、その資料の下には小さな字で「注」が書かれていた。

「会計部会の設置に伴い、企画調整部会は廃止することとする」

IFRS反対派の根城となっていた部会そのものを廃止してしまったのである。もっとも新設される会計部会の部会長や委員を反対派が牛耳ったのでは今までと何も変わらない。総会では、企業会計審議会会長の安藤英義・専修大学大学院教授が、自らが部会長に就任することを宣言、人選の一任も取り付けて閉幕した。もちろん金融庁の描いたシナリオ通りである。

内弁慶を脱した金融庁
もう1つ、自見金融相の置き土産とも言える厄介な存在がある。いわゆる「日本版IFRS」だ。IFRSに反対の経団連系企業や、反対派が多数を占めた企画調整部会の意向が強く反映され、日本企業が受け入れにくい基準などを修正したIFRSを作ることが2013年6月に決まっていたのだ。

当初は「日本版IFRS」あるいは「J-IFRS」といった呼称が検討されたが、商標権を持つIFRS財団が反発。結局「修正国際基準(JMIS)」という名称に落ち着いた。日本では日本基準のほか、IFRS米国会計基準が認められており、4つ目の会計基準を作る作業が進んできたのだ。策定作業を進めてきた企業会計基準委員会(ASBJ)が7月31日に公開草案を発表している。

もっとも、このJMISを使用する企業がどれだけ現れるかは微妙だ。「国際基準」とは言っているが、世界で通用する保証はまったくないのだ。

「日本基準からJMISに変えるインセンティブは何もない」と国際企業の財務担当者は言う。会計基準の変更という大作業を行うのなら、国際的に通用するIFRSに変える方がメリットがある、という。

金融庁もJMISの利用拡大を推進する姿勢は見せていない。JMIS策定を言い出した重厚長大企業など経団連企業ですら、採用に動く可能性は低いように見える。

金融庁は、IFRS採用企業を積極的に増やすことで、IFRSの基準策定での日本の発言力を拡大していく戦略だ。反IFRS派が批判するM&A時の「のれん」の償却問題なども、欧米各国にも非償却のままで良いのか、といった議論がある。

リーマンショック直後に開催されたG20(20ヵ国首脳会合)では、会計基準について「単一で高品質な国際基準を策定する」という目標が決められ、日本もそれにコミットしている。世界の趨勢の中で、利用する各国が議論を深めることによってIFRSを改良し、単一基準に近づけていくのが最も現実的だろう。

自らの決算数値にプラスかマイナスかといった損得勘定ではなく、どんな会計基準が企業実態を正確に表すことができるかを、国際舞台の場で真剣に議論するべきだろう。ようやく金融庁も内弁慶から脱して、IFRSをリードする役割を担う腹を括ったようである。