FACTA 2011年8月号 連載 [監査役 最後の一線 第4回]
オリジナルHP→ http://facta.co.jp/article/201108030002.html
7月20日に配本された記事ですが、資料として再掲させていただきます。
日本公認会計士協会で前代未聞の会長解任騒動が起きた。昨年7月に就任してまだ1年の山崎彰三会長に対し、協会の一部理事や地域組織の元幹部らが、会員会計士544人の署名を集め、執行部に会長解任請求を突き付けたのだ。金融庁が導入を目指していた「企業財務会計士」が5月はじめに国会で否決されたことに関連し、会長として指導力を発揮できなかったことが解任請求のきっかけ。もっとも、背景には会長ポストをめぐる思惑も透けて見える。リーダーシップ欠如が権力闘争を惹起する何とも国政にそっくりの状況に陥ったのだ。
会長解任請求はルールに従って理事会に諮られたが、理事の過半数が反対したため、解任の是非を問う会員投票は実施されずに否決されて終わった。執行部は7月6日に開かれた会員総会で事の経緯を報告したが、署名した会員らから抗議の声が上がり、総会は紛糾した。
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きっかけになった企業財務会計士の導入をめぐって協会の対応は混乱を極めた。話は前任の増田宏一会長時代に遡る。規制緩和の流れの中で会計士試験の合格者も大幅に増えていたが、リーマン・ショックなどによる景気の急激な落ち込みで、会計士試験に合格したものの監査法人に就職できない「就職浪人問題」が起きていた。それに対して増田氏が2009年3月、試験制度の改善を求める要望書を金融庁に提出したのだ。このままでは試験合格者が資格を取得するのに必要な実務補習が行えない、というものだったが、本音は、試験の合格者数を減らしてほしいということだった。
ところが民主党政権に替わり、「政治主導」の中で関係者の誰もが予想していなかった展開になる。とりあえず試験に合格した人に「企業財務会計士」という資格を与えるという話が急浮上したのだ。会計士より実務能力が高いのに資格がない企業内の経理担当者に新資格を与えたい、という日本経団連の意向が働いたと言われる。会計学者の間でも反対論が強かったが、金融担当の副大臣だった大塚耕平参院議員の主導で新制度は独り歩きしていった。
協会も本音は新資格に反対だった。しかし、制度の見直しを最初に要望した手前、正面から反対はできない。いや、国際担当の常務理事などを歴任して会長になった山崎氏が正論を声高に主張すれば、流れは変わったかもしれない。だが結局、山崎氏は賛成の立場を取った。
賛成といっても積極的に法案成立を働きかけたわけではない。自民党議員に呼ばれたある副会長が、「協会としては賛成と言っていますが、本音は反対です」と説明したこともあり、国会審議では一気に法案否決の流れができていった。内閣改造で大塚副大臣が交代したことも大きかった。政府提出法案を与野党一致で否決するのは極めて異例だ。
5月中旬の会合に出席した山崎氏は挨拶に立ち、「提案者である民主党が反対するとは、この国のガバナンスはいったいどうなっているのか」と批判した。これを聞いた関係者の間からは「まるで他人事のようだ」とため息が漏れた。
実は、評論家のような物言いは山崎氏の性格によるところが大きい。東北出身で口数は少ないが、時おり寸鉄人を刺すような論評を口にする。副会長や常務理事として実務を担っていたころはそれで通ったが、会長となると、「上から目線」「他人を馬鹿にしている」といった批判がついて回った。
また、前任の増田氏がパーティーや宴席に小まめに顔を出し、会員の不満吸収に大きな力を発揮したのとは対照的に、山崎氏は健康を理由に、ほとんど酒席に姿を現さない。それが会長として指導力欠如と批判を浴びる伏線になった。
前任の増田氏の代から会長を選ぶ仕組みが変わったことも大きい。それ以前は会員による直接選挙だったが、地域ごとに会員が選挙で選んだ理事の中から、「推薦委員会」が指名した人を理事会が承認、会長とする間接選挙方式に変わったのだ。推薦委員会は外部委員も含む13人で構成され、その3分の2以上の賛成が必要。理事会でも2分の1以上の賛成を得なければ、会員による直接選挙になるという仕組みだ。同時に、会員300人以上の署名を集めれば理事会に解任請求できる制度も導入された。
かつての会長選挙は、公職選挙法に縛られないこともあり、数千万円という巨額の選挙費用が必要と言われた。会員にテレホンカードを配るなど買収まがいの選挙運動をする候補者もいた。「費用をかけずに適切な人物を選ぶことが大事だという判断だった」と制度変更を行った藤沼亜起・元会長は言う。
一方で、資金力や人気だけで会長になる道は事実上閉ざされた。過去には個人事務所のオーナーが会長に選ばれる例もあったが、国際化で海外大手事務所との交渉などが必要になった現在、大法人出身でないと会長職は務まらないという見方が多く、推薦委員会も通らないとされる。ちなみに山崎氏はトーマツの出身だ。
今回の解任騒動を仕切ったのも「会長になりたい地方の個人事務所の代表が中心」(協会関係者)という見方が広がっている。足を引っ張って「次こそは俺」という構図だ。
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山崎氏にも足を引っ張られる弱点がまだある。指導力に疑問符が付いたもう一つの案件が国際会計基準(IFRS)への対応だ。この連載コラムの前回でも取り上げたが、反IFRS派の攻勢で自見庄三郎金融担当相が「少なくとも2015年3月期からの強制適用はない」との談話を発表、導入先送りへカジを切ったが、推進役の会計士協会は何ら有効な手が打てなかった。会長が新聞のインタビューで「会計士の対応が可能なのは300社程度」と発言したとされ、それがIFRS反対派を勢いづける“事件”も引き起こした。
「経済がグローバル化する中で、日本企業にIFRSを適用することがなぜ重要か、きちんと世の中に説明できていなかった」と八田進二・青山学院大学教授は振り返る。執行部にも「協会としてのスタンスや意見をきちんと打ち出せる体制になっていなかった」(木下俊男専務理事)という反省がある。だが、協会として意見を集約し、それを対外的にアピールしていこうとすれば、会長のリーダーシップが必要になる。
「解任請求が否決されたことで、山崎氏の姿勢がだいぶ変わってきた」と執行部に近い関係者は言う。以前より地方組織の会合などに積極的に出席するようになったというのだ。菅直人首相が不信任案を大差で否決したとたんに開き直ったのと同様、山崎氏も腹を括ったということか。菅首相と違い、会長としてあと2年の任期も保証されている。
早くも2アウトを取られた感がある会計士制度改革とIFRS問題への対応は、改めて仕切り直しが必要になる。会計士制度の見直しにせよ、IFRSの導入にせよ、世の中の関心は高い。今後もリーダーシップの発揮が求められる場面は増えそうだ。山崎氏の会長としての真価が問われることになるだろう。