「満身創痍」の会計士協会長選び

日本公認会計士協会の次期会長に現副会長であずさ監査法人出身の森公高氏(55)が内定しました。7月3日の総会で正式に交代します。企業の相次ぐ会計不祥事など問題山積の会計業界の信頼回復に向けて、リーダーシップに期待したいと思います。以下に再掲するFACTAの連載でも指摘した通り、大手監査法人の統一候補でもある森氏は会長候補の最右翼でした。だからこそ、自ら襟を正す強い姿勢を示していってもらいたいものです。

2013年4月号(3月20日発売) 連載 [監査役 最後の一線 第24回]
by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)
オリジナルページ →http://facta.co.jp/article/201304009002.html


公認会計士業界の3年に1度の“定例行事”が真っ盛りだ。日本公認会計士協会の会長選挙である。業界の代表であると同時に、日本の会計制度や監査制度の改革などを推進する重要な役割を担う。新会長は7月に開かれる会計士協会の総会で、現在の山崎彰三会長と交代、就任する段取りだ。

会長は、かつては会員会計士による直接投票で選んでいたが、6年前から選挙で一括して理事を選出、その中から「推薦委員会」が会長を選ぶ間接投票方式に変わった。この選挙制度には会員の一部に根強い批判があり、山崎会長もレジティマシー(正統性)を問う声に繰り返し悩まされてきた。会計士業界の最大勢力である大手監査法人の“談合”で会長ポストが決まっている、という批判だ。

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もちろん選挙制度を見直したのには理由があった。かつては業界の代表として名誉職に近い存在だったが、今は監査基準の変更などを主導するため、制度や実務に精通していないと務まらない。とくに上場企業の監査は大半を大手監査法人が担っている。会計士協会の会長は監査法人ににらみが利く人でないと務まらない、というわけだ。

直接選挙の弊害もあった。かつては選挙戦が過熱し、候補者名の入ったテレホンカードが配られるなど買収まがいが常態化していた。「選挙費用として本人が5千万円を出し監査法人も同額を使った」といった声が当たり前のように飛び交っていたものだ。

当時の選挙制度では会長や副会長といったポストごとに直接選挙が行われていたため、有力な副会長2人が会長選挙に出ると一方は落選して執行部にも入れなくなる。かつて会長を務めた中地宏氏は会長になる前、何度も“浪人”していた。重要な問題を担当していても、選挙に落ちれば交代せざるを得なくなる。継続性が保てなくなってしまうのだ。

そうは言っても会長が大手監査法人の傀儡では困る。以前は協会役員はすべて手弁当で、実質的に所属している監査法人が給与を支払っていた。つまり、監査法人丸抱えだったわけだ。それでは会長の独立性がないだろうということで、6年前からは協会が会長の給与を出すようになった。所属法人とは経済的関係を清算することになったのだ。

そして今回は、制度が変わって3回目の選挙である。6年前は3大監査法人の一つであるあずさ監査法人出身の増田宏一氏が会長となり、3年前は同じく大手の監査法人であるトーマツ出身の山崎氏が選ばれた。本来なら今回は、残りの新日本監査法人出身者ですんなり決まるはずだった。

ところが、3大法人間の新日本の候補者での調整が難航。「次の次」と目されてきたあずさの森公高氏が大手法人の統一候補となった。次期会長の最右翼である。

森氏は人柄も良く、他の法人の会計士からも評判は悪くない。年齢が50代と若いため、3年の会長任期を終えても監査法人の定年に達しない。前述の通り会長は監査法人を辞めねばならないため、会長を終えた後の収入の保証がなくなる。「経済的なデメリット」を甘受しなければならないが、それでも本人が腹を括ったという。

一方であずさ出身者が会長となることに強く反発する声もある。大手法人の持ち回りを問題視する個人ばかりでなく、監査法人の会計士の中にも批判がある。一昨年、長期にわたる巨額の損失隠しが発覚したオリンパスの監査を長年担当してきたのが、あずさだったからだ。問題発覚時に担当していたのは新日本だったが、いまだに両法人間の引き継ぎを巡って主張が対立しており、ギクシャクした関係が続いている。

オリンパスを巡っては、すでに金融庁監査法人に対する処分が下っているが、会計士協会としてはケリがついていない。調査をいまだに続けており、協会としての処分が決まっていないのだ。もちろん、両法人とも監査上の定められた手続きは踏んでおり、何ら問題はなかった、という姿勢だ。そんな段階で、問題当事者の監査法人の出身者が会長に就いていいのか、というわけだ。

さらに、昨年末に発覚した防衛省の装備品を巡る水増し請求では三菱電機が773億円にのぼる過大請求分と違約金を返納したが、三菱電機の監査をしていた監査法人もあずさ。内部統制にチェックを入れる立場として問題があったのではという指摘もある。

だからと言って、他の大手法人も状況は同じ。オリンパスにはからんでいなかったトーマツの幹部にも、会長選に意欲を示す人がいたが、トーマツは同様にスキャンダルとなった大王製紙の監査を担当していた。どの法人も監査上の問題企業を抱えて満身創痍なのである。

というわけで、個人で会長に立候補している人たちの鼻息が荒くなっている。大法人への批判票が集まれば、組織票がなくても会長になるチャンスが出てくるというわけだ。現在副会長の小宮山満氏や前回も会長の座を争った元副会長の澤田眞史氏、現在、専務理事の木下俊男氏らが意欲を示している。1998年に会長になった中地氏は法人の支援を得なかったが出身はトーマツ。個人の代表となると89年に就任した山上一夫氏以来ということになる。

だが、前述の通り、国際会計基準IFRSへの対応や監査基準の見直し、公認会計士制度そのものの改革となると、大監査法人の協力は不可欠。むしろ、大法人の足並みを揃えさせる役割が会長に期待される場面も多い。個人事務所の代表だからと言って、小規模事務所の利益を守るような「業界代表」が生まれても困る。

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もはや会長は、会計士業界の利益だけでなく、社会全体の公共の利益や、国益をも担っている。国際競争をしていく企業にとって重要な会計や監査の基準に大きな影響を与えるからだ。

大法人出身者が選ばれるにせよ、個人が当選するにせよ、問題になるのは会長の独立性だ。大法人出身者が選ばれたならば、まずは法人の利益代表ではないことを示す必要があるだろう。このところ立て続けに起きている大手監査法人の不祥事に協会としてどれだけ厳しく対応できるか。

資本市場の歪みを正す公認会計士として自ら襟を正せるかどうかが、さっそく問われることになるだろう。