72年ぶりに始まったコメ先物取引の裏側で 天下り先を徹底的に食い尽くす農水省の「東穀取」焦土作戦

 霞が関の高級官僚はとことん天下り固執するものなのだろうか。業界の意思を無視して天下りポストを死守し続けようとする農林水産省の姿勢を見て、やり切れない思いを感じるのは私だけだろうか。
 講談社「現代ビジネス」にアップされた記事を、編集部のご厚意で以下に再掲致します。
オリジナル→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/16181


 8月8日、コメの先物取引東京穀物商品取引所(東穀取)と関西商品取引所で始まった。江戸時代から戦前まで続いたコメの先物取引が、戦時体制が強まる中で消滅したのが1939年。それから数えて72年ぶりの復活ということもあって、大いに注目された。

 初日は売り注文を超える買い注文が集まり、東穀取では終日、取引が成立しなかった。取引開始時に東穀取が示した基準価格は2012年1月物60キログラム当たり1万3500円だったが、東日本大震災でコメの需給が逼迫するのではないかという見方から、個人投資家の買いが入った。翌日9日になって、ようやく初値が付いたが、1万7280円と基準価格を大きく上回った。その後も1万5000円〜1万6000円で売買されている。

 新規上場では価格に目が向かいがちだが、取引の活況ぐあいを示すのは売買高だ。初値が付いた9日こそ6765枚(上場された3限月合計)に達したが、翌日は2989に半減、11日は1219枚、12日は786枚、週明けの15日は546枚、16日は502枚と、売買は細り続けている。

「誠に遺憾であり、由々しき事態」

 コメの先物取引は、生産者や卸業者が期先のコメを売買することで、現物取引のリスクをヘッジ(回避)することができるほか、価格決定プロセスを透明化することにつながると期待される。一方で、これまで価格決定権を事実上握り続けてきた農協などは、コメを投機の対象にするな、として反対姿勢を崩していない。リスクヘッジができる透明な価格決定には売買高の厚みが必要だが、農協などは「売買不参加」を決め込んでいる。

 そんな中でコメの上場を認可した農水省の思惑については7月20日の本欄でも触れた。

 農水省が所管であり、天下りの指定席でもある東穀取の存続を狙っている実情を紹介した。その後、東穀取の今後のあり方を巡って、商品取引業界と農水省・東穀取の関係が一触即発の事態に陥っている。

 7月22日、東穀取の取引に参加し、東穀取の株主でもある主要な商品取引業者が集まる「日本商品先物振興協会」が、東穀取の渡辺好明社長に1つの申し入れを行った。渡辺社長は元農水次官。監督下にある取引業者が文句を言うこと自体が異例だが、その口調は激しいものだった。

「誠に遺憾であり、由々しき事態であると思慮いたします」「事情について正式にご説明いただけなかったことは残念なことであります」

 実は、振興協会は昨年6月、売買高が細っている東穀取の取引を、金や石油などを売買する東京工業品取引所(東工取)に移管、事実上統合するよう求めていた。それに基づいて昨年末には東穀取と東工取が両社の取締役会で移管を決定。今年から東穀取は東工取の売買システムを使って取引している。

 3月には日本橋蛎殻町にあった東穀取の本社ビルを売却・明け渡した。取引移管の準備は着々と進んでいたかに見えた7月11日、突然、東穀取の渡辺社長が一方的に「白紙に戻す」旨の通知を東工取に行ったのだ。7月19日に東工取がこの事実を公表したのを受けて、振興協会が渡辺社長に遺憾の意を申し入れたというのが事の経緯だ。

 東工取の発表文によれば、白紙撤回の理由を東穀取は「(取引移管をする段階で東工取による)コメ取引の認可申請が必要となりますが、今回の認可の経緯、政治情勢等を踏まえれば2年間の試験上場期間の途中において再び認可を得ることは極めて困難と考えられます」としている。

 すでに認可して取引しているものを移管するには再び認可が必要だという理屈自体が、農水省の許認可権の濫用だが、元次官である社長が、その認可を得ることが「極めて困難」と述べる当たり、規制権限をトコトン振り回す前時代的な官僚機構の典型的なやり方とも言える。

トップを固めた農水省天下り

 東穀取は恒常的な赤字が続いている。営業赤字は2009年3月期に12億円、10年3月期に7億9112万円、11年3月期に7億7366万円にのぼる。コメの先物取引の出だしを見る限り、予想外の高収益を上げる可能性も乏しく、赤字体質からの脱却は難しい。

 しかも、取引所の建物はなく、取引システムも東工取の間借りで、その契約も2014年5月までだ。それで東工取との統合を「白紙」に戻して、農水省は東穀取をどうやって会社として存続させていくつもりなのか。

農水省はもともと、商品取引所をどう発展させていくかといった視点はない。ただ、天下りポストを何としても手放したくないだけだ」と商品取引業界の幹部は見る。

 東穀取には現在3人の農水省天下りがいる。すでに述べてように社長の渡辺氏は1968年に農林省に入り、水産庁長官や事務次官を歴任。2007年に東穀取の理事長になった。また、代表権を持つナンバー2の山野昭二専務は、1974年農林省入省、関東農政局長を務めた後、緑資源機構、畜産環境整備機構などを渡り歩いて、2008年に東穀取の常務理事になった。代表権を持つ2人を農水省出身者で固めているのだ。

 本社屋もシステムも持たない東穀取だが、本社売却で多額の現金を手にしている。前期に20億円近い特別利益を計上したことで、前期末の株主資本は30億7297万円になった。毎年7億円近い赤字が出続けたとしても、4年間は食いつないでいける計算だ。資産を食い潰していけば天下りポストを守り続けられるという「焦土作戦」に戦略を切り替えたのではないか、というのが業界関係者の見方なのだ。

 そんな先の見えない農水省・東穀取の「焦土作戦」に、東穀取の株主でもある商品取引業者の苛立ちが高まっている。株主のものであるはずの株主資本を、みすみす天下りの人件費に費やしていいのか、というのだ。業者の中には「臨時株主総会の開催を求めて、社長と専務を解任すべきだ」という強硬な意見まで出始めていると言う。

 振興協会の申し入れでは「撤回後の経営方針と具体的な終始を含めた計画」を示すよう求めている。東穀取は8月中にも回答するとしている模様で、どんな経営計画が出てくるのか注目される。まさか、資本金を食い潰すまで天下りは辞めない、と書くことはできないだろう。