円高を活かせない日本の金融業 スイスに習う債権国型金融

WEDGEで連載中の「復活のキーワード」は、問題点を指摘するだけでなく、できるだけ具体的に対策を提言することを狙っています。あくまでもポジティブに。日本の復活を信じて、アイデアを出し続けていくことも、メディアの使命だと思います。遅くなりましたが、11月号掲載分を再掲します。 
オリジナルページ → http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1570?page=1


 世界的な金融不安が広がる中で、日本円は“逃避先”として買われ、円高が止まらない。もう1つ同じように買われている通貨にスイスフランがある。急激に円高が進んでいるのと同様、スイスフラン高も著しい。さぞかしスイス経済は大変だろうと思いきや、スイス在住の友人に聞くと、景気は総じて悪くないと言う。

 もちろん、通貨高はスイスの主要産業である観光や輸出にとって大きなマイナス。だがそれ以上に金融業が通貨高の恩恵を受けているというのだ。スイスの金融はプライベート・バンキングに代表される資産運用業務が中心だが、サブプライムローン問題やリーマンショックで激減していた「預かり運用資産」が急回復しているという。

 例えば銀行大手クレディ・スイスの場合、2008年末には一年前に比べて24%も預かり運用資産が減少したが、09年、10年と増加。新規の受託資産も増え続けている。サブプライムローン問題では、もう1つの銀行大手UBSがスイスの国家予算を上回る規模の不良債権を抱え、中央銀行に事実上救済されるところまでスイスの金融は追い詰められたが、それが早くも復活しつつあるのだ。

 スイスへの資金流入は、ユーロ安の恩恵で輸出主導の好景気に沸いているドイツなどからのものが多い。ドイツ人など外国人がチューリッヒ湖畔沿いの高級住宅などを購入する例も増えており、不動産価格も上昇傾向にある。

 この様子は、スイスの国際収支にもはっきり現れている。10年の貿易収支の黒字は135億スイスフラン(約1兆1340億円)と前年に比べて19%も減ったが、経常収支の黒字は859億スイスフラン(約7兆2150億円)と40%も増えた。スイス経済の輸出依存が大幅に薄れ、海外投資からの収益など所得収支が大きくなっていることを示している。

 この点、同じ通貨高にある日本の状況は大きく違う。資源に乏しく、国民の勤勉さで工業化を成し遂げてきたスイスと日本の収支構造はもともと似ていたのだが、その違いが鮮明になった。日本は8月の貿易収支(速報)が7753億円の赤字になった。貿易赤字LNG液化天然ガス)などエネルギー輸入費が増えたためだが、その分、経常収支の黒字も小さくなっている。「円高は悪だ」とする余り、円高を生かすことができる産業の育成を怠り、産業構造の転換が遅れたのだ。その最たるものが金融業だ。

 日本の金融はいまだに「カネ貸し」のビジネスモデルから脱却できていない。全国津々浦々に支店網を張り巡らし、小口の資金を集めて回る。それを大企業などに貸し出し、金利差で儲ける商売だ。戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、国内に資本が不足している時代には正しいモデルだったと言える。いわば「債務国型金融モデル」のままなのだ。

 今、銀行の経営者に聞くと、異口同音に「企業の資金需要がなく、貸出先が見つからない」と言う。集めた預金のうち貸し出しに回っている率を「預貸率」と呼ぶが、全国平均で70%。中小金融機関の中には60%を切るところもある。つまり、集めても貸し先がなく、結局は国債投資に回っている。

ある意味これは当然と言える。高度成長の結果、日本は債権国となり、基本的にカネ余り状態となったからだ。本来はそのカネ余りを商売にする「債権国型金融モデル」への転換が必要だったのだ。スイスの金融は、早くから債権国型のモデルへと転換した。融資業務はごく小さくなり、資産運用が事業の中心になった。スイスのプライベートバンクの中には、融資業務を一切止めてしまったところもある。

 この2つの金融業のモデルはまったく違う業態と言ってもいい。債務国型金融モデルでは集めた預金は元本保証のため、株式などで運用したリスクは銀行が被ることになる。一方、債権国型金融モデルである資産運用ビジネスでは、投資リスクは基本的に顧客が負う。日本でも投資信託などを想像すれば分かるだろう。こう考えると、バブルの崩壊で、銀行自体がリスクをとっていた日本の金融機関が巨額の不良債権を抱えたのは、ビジネスモデルから当然のことだったとも言えるのだ。

通貨高は海外から資金を集めるチャンス

 通貨高を生かせる金融業とは何か。将来にわたって通貨が強くなると思えば、その国には海外からの投資資金が集まってくる。通貨高は海外から資金を集めるチャンスなのだ。長年、スイスが金融王国として成長してきたのは、税制上の有利さなどもあるが、基本的には強い通貨が信頼の背景にあった。スイスフラン高の中でスイスの金融業が復活しつつある背景もそこにある。

 この10年、日本にも資産運用力を磨いた金融産業が育っていたならば、成長著しいアジアの富裕層の資金が日本に集まっていたはずだ。ヒト・モノ・カネが集まれば経済は自ずから成長する。だが、残念ながらこれまでの日本は、金融産業を育てようという国家ビジョンを持たずにきた。小泉純一郎首相時代には「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズが掲げられたが、貯蓄を担う銀行から投資を担う資産運用業への業態転換は進まなかった。

 民主党政権は、金融業には無関心に見える。政権交代以降、金融担当大臣のポストは国民新党が占め続け、金融行政は同党に丸投げ状態なのもそれを示している。郵便貯金は広く国民から小口の資金を集めるために作られた仕組みで、それを闇雲に温存するのは債務国型金融モデルへのノスタルジーでしかない。

 政権交代後の09年末に当時の菅直人副総理が中心となってまとめた新成長戦略でも「金融」が抜け落ちていた。その点を聞かれた菅氏は「世界経済を混乱させた元凶だとも言える」と語り、金融業を“白眼視”する姿勢を見せた。10年7月になって、ようやく新成長戦略に「金融」を加えたが、具体策に新味のあるものはなく、アジア諸国などから資金を集める金融ハブになるという発想もまったくないままだ。

 今、スイスでは資産運用会社の新設などが増えているという。通貨高を背景に、スイス国外からスイスに流入する資金が再び増加していることも背景にある。リーマンショックなどで顧客に大きな損失を被らせた金融機関が多くある一方で、金融派生商品デリバティブ)などに投資するのではなく、世界各地に分散投資する伝統的なスイスのプライベート・バンキングの金融モデルが見直されているという。

 日本の家計が持つ金融資産の総額は1500兆円近い。この金融資産からいかに運用の果実を引き出せるかが、債権国である日本にとって重要であることは論をまたない。スイスの智恵に学ぶべきことは少なくない。