日本では経営者の暴走は止められない── 「社長」の反対で企業統治改革は腰砕け

ビジネス情報月刊誌「エルネオス」2月号
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連載──⑩
硬派経済ジャーナリスト
磯山友幸の≪生きてる経済解読≫

社外取締役義務付けに反対
 オリンパス大王製紙九州電力東京電力など、二〇一一年は企業の不祥事が相次いだ年だった。オリンパスの巨額損失隠しも、大王製紙の巨額借り入れも、九州電力のやらせメールも、経営者に対するチェックが働かず、暴走を許した結果、引き起こされたといっていいだろう。いわゆる「コーポレート・ガバナンス」が日本企業で働いていない証左ともいえる。
 コーポレート・ガバナンス。日本語では「企業統治」と訳されるが、今ひとつ日本語としてしっくりこない。要は企業経営に規律を働かせる論理・仕組みのことなのだが、日本語訳が定着しないことが、そのもの自体が定着していないことを物語っている。ちなみに、中国語では「治理」と訳すそうだが、こちらのほうが出来が良いように思う。
 会社制度の中で、経営者の暴走を防ぐ仕組みは何重にも張り巡らされている。株主総会によるチェックのほかに、取締役には相互監視義務というのがあって、社長一人が好き勝手をできない建前になっている。法的には取締役は全員同格だ。しかし現実には、専務、常務、ヒラ取締役と格の差がある。社長が平取に「辞めろ」と言えても、平取が社長に「辞めろ」という言うことはあり得ないだろう。
 社内から昇進して取締役になったのでは、長年の上下関係があってモノが言えないだろうということで、「社外取締役」の導入も奨励されている。現在の会社法では、企業は「委員会設置会社」と「監査役設置会社」を選択できるが、前者では社外取締役が義務付けられ、「指名」「報酬」「監査」の委員会では社外取締役過半数でなければならない。
 日本の古くからの制度である「監査役」は取締役の業務執行をチェックするのが役割だ。ところが、長い間、「閑散役」などと揶揄されるほどチェック機能を果たしてこなかった。取締役になれなかった人にあてがうポストという位置付けが続いてきたというのが実態だろう。
 経営者による不祥事が起きるたびに、日本でもコーポレート・ガバナンスの強化が繰り返しいわれてきた。そのたびに出てくるのが、その機能してこなかった監査役を強化しようという意見だ。
 これまでも、監査役の人数増員や、任期の延長、取締役会への出席義務付けなどが繰り返し行われてきた。すでに監査役過半数は「社外」から選ぶことが義務付けられている。もちろん「社外」の要件が甘いという点は繰り返し指摘されている。監査役を強化してきたにもかかわらず、今回のオリンパス事件などでは十分に監査役が機能しなかったことが“証明”されている。今もまた、ガバナンスの強化を狙った会社法の改正が行われようとしている。昨年の不祥事が引き金になって見直されているわけではなく、偶然なのだが、いくつかの提案がなされている。
 会社法の見直しの原案を作る法務省の法制審議会会社法部会が、「改正試案」を昨年十二月に公表。一月三十一日までパブリックコメントの募集が行われた。
 改正試案では監査役設置会社に対しても「社外取締役」を最低一人義務付けることなどが盛り込まれたが、社外取締役の義務付けには経済界はこぞって反対している。
 もう一つ大きな提案が、「監査・監督委員会設置会社」の創設だ。二〇〇三年の法改正では「委員会設置会社」制度が導入され、企業が選択することができるようになった。委員会設置会社では、経営を監督し、意思決定を行う「取締役会」と、業務執行を行う「執行役」の二つの役割を明確に分けている。欧米の大企業で一般的なコーポレート・ガバナンスの仕組みを日本にも導入することを狙ったわけだ。
 ところが、現実に委員会設置会社を選択したのは野村ホールディングス日立製作所などごくわずか。九年近くたった今でも東証一部での導入企業は四十社余りにすぎない。

改革を嫌う社長たち
 前述の通り、委員会設置会社では「指名委員会」「報酬委員会」「監査委員会」の三つの設置が義務付けられている。各委員会は三人以上の取締役で構成され、過半数社外取締役でなければならない。指名委員会は株主総会に提出する取締役選任決議案を決める権限を持つ。その取締役会が社長に相当する「代表執行役」を選んだり、解任したりする。また、報酬委員会は取締役と執行役の報酬を決める。
 監査委員会は、従来の監査役の役割を代替し、取締役や執行役の職務が適切に行われているかを監査する役割を担う。なお、委員会設置会社では監査役は置かない。
 委員会設置会社を選択する企業が少ない最大の理由は「指名委員会」と「報酬委員会」が敬遠されているためだ。特に、社外取締役が社長人事を大きく左右する存在になる指名委員会の設置に難色を示す企業が多い。
 そこで出てきたのが「監査・監督委員会設置会社」というわけだ。企業が嫌がる指名・報酬の二委員会の設置義務付けは見送り、監査・監督委員会だけを義務付けるというものだ。従来の委員会設置会社が欧米型、監査役設置会社が日本型とすると、一見折衷案だが、世界の主要国のどこにも例を見ないガバナンスの仕組みを生み出そうというわけだ。
 すでに監査役過半数は「社外」になっているので、現状の監査役が取締役に姿を変えるイメージで、実際には大きな変化はないと思われる。コーポレート・ガバナンス改革を行ったように見せる一方で、現実はほとんど変わらない。しかも世界に例を見ないものができる、という形ばかりの改革案なのだ。
 経営に規律が働くかどうかは、経営トップである社長に緊張感を与えることにほかならない。社外取締役義務付けにこぞって反対するのも、指名委員会に背を向けるのも、社長のクビに鈴が付けられることを嫌っているためだろう。だが、その世の社長たちが嫌う改革が実現しない限り、経営者の不祥事は永遠になくならない。