社外取締役不要の「言い訳」を笑え

FACTA9月号に掲載した連載記事を編集部のご厚意で再掲します。
オリジナルページ→ http://facta.co.jp/

法務省の法制審議会会社法制部会は8月1日、「会社法制の見直しに関する要綱案」をまとめた。昨年末に同部会で選択肢として示されていた「社外取締役1人以上選任の義務付け」は見送られ、その代わりに「社外取締役を置くことが相当でない理由」を開示するよう企業に求めた。さらに、「金融商品取引所の規則において、上場会社は取締役である独立役員を1人以上確保するよう努める旨の規律を設ける必要がある」という附帯決議を出した。

日本経団連などが「義務付け」に猛烈に反対している中で、法務省としては精一杯の落としどころだったのだろう。「義務付け」に関しては取引所にゲタを預けたわけである。

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企業法制に詳しい衆議院議員塩崎恭久・元官房長官は「義務付け見送りは残念だが、市場の質を守る立場の取引所が、自らのルールで対処するのが欧米流。取引所が覚悟を示すべきだろう」と語る。オリンパスの巨額損失隠し事件などを受けて、自民党は4月に複数の独立取締役の義務付けを取引所のルールで行うべきだ、という提言をまとめている。ちなみに独立取締役とは社外取締役の要件を厳しくし、厳格な独立性を求めた取締役を指す。

では取引所が覚悟を示せば、上場企業への独立取締役の義務付けはすんなり決まるのか。

「取引所ルールの位置付けが欧米と日本ではまったく異なる」と会社法制部会のメンバーでもある早稲田大学上村達男教授は言う。欧米では取引所のルールは法律よりもむしろ上位に位置するが、日本の場合は法律を補完するものとしか扱われていない傾向がある、というのだ。

欧米で取引所規則など金融市場の“ムラの掟”を破れば、ムラからの退場を求められる。実際、二度と金融市場で商売ができなくなる「追放処分」が最も重い罰則として機能している。

東京証券取引所の斉藤惇社長は要綱案を受けて、「速やかに上場規則の見直しに向けた手続きを進めるとともに、上場会社に対しては、(中略)独立した社外取締役の確保に努めるよう、この機会にあらためて強く要請することとした」という談話を出した。

だが一方で、斉藤社長は内心穏やかではないという。東証は法律での義務付けを審議会の過程で終始主張してきた。最後の尻拭いを押し付けられても困る、ということだろう。実際、東証がいくら覚悟を示しても、周囲からかかる圧力になかなか抗しきれないというのだ。実際、今春に東証が独自に独立取締役の義務付けに動こうとした際、監督官庁金融庁からストップがかかった。「経団連の意見もきちんと聞くように」というのが理由だった、という。

法制審にいくらゲタを預けられても、日本のように取引所の権限や権威が確立していない現状では、取引所が覚悟を決めても企業が嫌がる義務化などはできない、という悲哀である。経済界が社外取締役義務付けを法律にすることには強く抵抗しても、取引所規則を求める附帯決議にそれほど反対していないのも、取引所規則を「軽い存在」と見ているからだろう。

本来は個人投資家機関投資家、証券会社、証券アナリストなど資本市場の利用者が、取引所の覚悟を後押しする役割を担うはずだ。ところが日本の証券市場は売買が細って瀕死の状態。市場の「質」を高めようという要求をする“当事者”が激減しているのだ。

もっとも「現場の意地」(法務省関係者)で導入した「社外取締役を置くことが相当でない理由の開示」は、予想以上の効果を発揮するかもしれない。

世界では一般的になっている社外取締役を「不要」と断じるには相当の理論構築が必要だろう。しかも、日本の取引所で売買する中心が外国人投資家になっている現在、彼ら外国人が納得する理屈を示せなければ、株式を売られる可能性もあるのだ。つまり、社外取締役を置かないリスクが顕在化することになりかねない。

当然、新聞などでは社外取締役を置かない企業の「言い訳集」を一覧にして載せることになるだろう。まさか、「仲間内の馴れ合い経営によそ者は不要」などと書くわけにはいくまい。「法的な責任が生じず、世の中が納得するような理由を書くのは相当難しい」と会社法に詳しい弁護士は言う。理由の書き方いかんによっては、その会社に対する投資家の信用を一気に貶めることになりかねないのだ。

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かつて大手自動車会社が海外でリコール問題を起こし、情報隠蔽など経営の透明性にも疑問が投げかけられた。その会社には社外取締役がいないばかりか、経営陣が「社外取締役不要論」を公言していた。「もしあの時、社外取締役の不在を追及されていたら、国際的な信用失墜は甚大だったろう」とコーポレート・ガバナンスに詳しい会計学者は振り返る。

東証が出した前述の談話にはこんな下りがある。

「この要綱案と附帯決議の組み合わせは、欧州で活用されている、いわゆる『Comply or Explain』(応諾か釈明か)を、我が国流にアレンジして導入するものである。その導入が、上場会社と投資家との間の対話や議決権行使を通じた相互の理解と信頼関係の構築を促進し、上場会社のコーポレート・ガバナンスを向上させるとともに、我が国証券市場の透明性を高め、我が国経済の閉塞感を打開して、我が国企業の投資魅力を回復する、ひとつの重要なきっかけとなることを期待したい」

独立取締役を導入しない理由を投資家が納得できなければ、株主総会での議決権行使でどんどんバツを付けて、上場企業の経営者に緊張感を与えて欲しい。そう言外に言っているように読める。

すでに日本の上場企業の過半数には1人以上の社外取締役が存在する。横並び志向が強い日本の経営者のこと。リスクが生じかねない理屈をこねるより、社外取締役を1人招く方が簡単だと考える企業が多いのではないか。たった1人の義務付けにすら抵抗した経団連を代表するいくつかの大企業が、果たしてどんな理由を公表するのか。楽しみである。