「アベノミクス最大の成果は?」と聞かれたら、こう答えるのが正解!

現代ビジネスに6月22日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48970

2年前には想像できなかった変化

アベノミクスの最大の成果は何だと思われるだろうか。安倍晋三首相がしばしば繰り返す「雇用者数の増加」でも、気配がようやく感じられるようになった「デフレからの脱却」でもない。何といっても大きいのは、とうてい変わらないと思われてきた日本企業の経営のあり方を、大激変させたことではないだろうか。

東京証券取引所は6月17日、「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況(速報)」を発表した。それによると、東証が定める独立性の基準をクリアした社外取締役(独立社外取締役)を取締役会に2人以上置いている会社は東証1部1958社のうちの77.9%と全体の四分の三を超えた。2年前には21.5%だったので、まさしく激増である。

長年、日本企業は、取締役会によそ者を入れることに強い抵抗感を示してきた。それがわずか数年で、社外の人を複数置くことが「当たり前」になったのである。1人以上の独立社外取締役がいる企業は東証一部の96.2%、独立性の基準に満たないものの社外取締役を置いている企業を加えると全体の98.5%に達する。30社を除いてほぼすべての会社の経営に「よそ者」が関与するようになったのである。

この大変化は民間企業の動きだが、企業経営者が率先して社外取締役の導入に動いた結果ではない。安倍内閣が行ってきた「コーポレートガバナンスの強化」に向けた様々な施策によって、企業経営者が背中を押された結果、実現したものだ。

第2次安倍政権が誕生した2012年末の段階では、主要企業の間にも社外取締役受け入れへの反対論が渦巻いていた。民主党政権時代に法務省の法制審議会がまとめた会社法改正案では、途中まで社外取締役ひとりの選任を義務付ける案が有力だったが、経団連企業などの強い反対で最終段階で義務付けが見送られた。

当時のムードからすれば、わずか4年で主要な日本企業の大半に社外取締役が入ることなど想像だにできなかった。

コンプライ・オア・エクスプレイン

そんな中で安倍内閣アベノミクスの3本目の矢である成長戦略の柱のひとつとして「コーポレートガバナンスの強化」を掲げた。

会社法の改正では、社外取締役を置かない場合、「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明することを義務付け、当時の谷垣禎一法務大臣が「(社外取締役は)実質的には義務付け」だと国会答弁することで、一気に流れを変えた。

また、成長戦略の一環として、企業のあるべき姿を示す「コーポレートガバナンス・コード」の策定を盛り込み、わずか1年で東証の上場規則に盛り込ませた。コードには「独立社外取締役2人以上の選任」が明記された。

コードは法律ではないため遵守する義務はないが、守れない場合にはその理由を説明することが求められた。いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」と呼ばれる原則を導入した。

東証にグローバル標準の企業を集めた「新指数」を設けるように求めたのも成長戦略だ。これは「JPX日経インデックス400」として実現し、社外取締役を置いている企業や国際会計基準IFRSを採用している企業に選定にあたって加点する仕組みを採った。つまり、社外取締役を導入している企業にインセンティブを与えたわけだ。

やはりアベノミクスの一環として導入したスチュワードシップ・コードも日本企業の外堀を埋める役割を果たした。スチュワードシップ・コードとはあるべき機関投資家の姿を示したもので、生命保険会社などがなぜその会社の株式に投資するのかきちんと説明でき、保険契約者の利益を最大化することが求められるようになった。

この結果、機関投資家はガバナンス・コードなどを遵守する企業にしか事実上投資できなくなり、社外取締役を置いていない役員選任議案には賛成票を投じられなくなったのだ。

再び日本を見直す契機に

「日本企業に儲ける力を取り戻させる」というのが、アベノミクスコーポレートガバナンスの強化を進めた動機だった。企業が収益力を上げれば、それだけでも法人税収が増える。さらに株価が上がれば景気浮揚にも結びつく。企業の利益が社員の給与増につながれば、安倍首相が繰り返している「経済の好循環」が動きだすことになる。そのためにも企業により儲ける経営をしてもらう必要があるわけだ。

社外取締役を導入したからと言って、企業がすぐに儲かるようになるわけではない、という批判も根強くある。だが、取締役会によそ者の目が入ることで、不採算事業をダラダラ続けることは難しくなる。事業を整理しない理由を社外の人にも分かる理屈で説明しなければならなくなるからだ。要は理屈の立たない「なあなあ」の経営がやりにくくなるわけだ。

もちろん、大量に選ばれた社外取締役がすべて期待通りの仕事をするはずもない。高級官僚の天下りや学者、弁護士といった必ずしも経営に詳しくない人物も多く選任されている。

だが、大半の企業で社外取締役が置かれるようになった事は「第一歩」として大きく評価されるべきだろう。まずは「数」が入ることが重要だったのである。

数が充足したここからの課題は、間違いなく「質」に移る。社外取締役がきちんと機能しているのか。本当にその人物が社外取締役として相応しいのか。毎年の株主総会で、株主に評価を下されることになる。

ここ数年、社外取締役の導入に熱心ではない経営者に、株主総会で批判票が投じられるケースが多かった。海外の機関投資家などが選任議案に反対する投票を行ったからだ。これまでは社外取締役というだけで、概ね株主は賛成票を投じたが、今後は大きく変わるだろう。社外取締役として相応しくない人物が総会の投票で批判票を浴びることになりそうだ。

経営者の多くは株主総会での投票結果をかなり気にしている。他の取締役よりも賛成票が少ないと、かなりのプレッシャーになっている。社外取締役が「質」によって選別されるようになれば、日本企業の経営の質も大きく変わっていくに違いない。

安倍内閣は日本企業のROE(株主資本に対する利益率)を国際水準並みに引き上げると成長戦略で掲げた。まだその実現には至っていないが、社外取締役数の変化などをみると、今後、大きく変化する可能性はありそうだ。

日本企業の経営が「儲ける力」を取り戻し、ROEが上昇し始めれば、海外機関投資家などが再び日本企業を見直すことになるだろう。