10月1日発売の「エルネオス」に掲載された連載コラムの記事です。オリジナルページ→http://www.elneos.co.jp/
硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫
連載──31(「エルネオス」2013年11月号)
日本企業復活のリトマス試験紙
外国人投資家と話すと、安倍晋三首相が進める経済政策「アベノミクス」に強く期待している様子が伝わってくる。ようやく日本が本気になって変わろうとし始めたのではないかとみているのだ。しばしば「失われた二十年」といわれるように、日本の名目GDP(国民総生産)はここ二十年、五百兆円前後で横ばいが続いてきた。
世界各国の株価が史上最高値をどんどん更新するのを横目に、日経平均株価はピークである三万八千九百十五円の半分以下のままである。経済のグローバル化で世界各国の経済規模が大きくなる中で、日本経済だけが停滞してきたわけだが、逆にいえばそれだけポテンシャルはある。日本の政府や企業、そして日本人自身が「その気」になれば、日本経済には成長の余地が十二分にあるというのが、日本に注目する外国人投資家の見方なのである。
落ちぶれたとはいえ、GDPは五百兆円と世界三位の経済規模である。それが五%増えても二十五兆円だ。日本の復活は世界経済に大きなインパクトを与える。
そんな外国人投資家が、日本企業が変わるかどうかの「リトマス試験紙」と見なしているものがある。「社外取締役の導入」だ。
会社には経営方針を決める取締役会があるが、そのメンバーである取締役には、日本ではほとんどの会社が社内で出世してきた人物を当てている。新入社員からずっとその会社で働き、課長、部長と出世して取締役になる、というパターンである。一方、欧米ではこの二十年の間に様相が大きく変わった。取締役会に外部の人材を登用するようになったのだ。かつては日本と同様に社内出身者が多かった欧州でも、状況は大きく変わった。
英国では、上場企業の全取締役の半分が「社外取締役」で、取締役会の三分の一以上を社外取締役が占める企業は二〇〇四年時点ですでに九五%に上っていた。米国では取締役の七割が社外取締役だという。
ではなぜ、社外取締役を入れるのか。日本ではよく、社外の目を入れることによって社長の暴走に歯止めをかけるためだと説明される。だが、現実には社外取締役はブレーキ役だけを果たしているわけではない。社長は社外取締役に対して、会社の戦略や方針を説明して納得してもらう必要がある。例えば、儲からない事業部門があったとしよう。赤字を垂れ流したまま事業を継続しようとした場合、その理由を取締役会で説明しなければならない。社長の出身部門だったり、その会社の伝統事業だったりすると、社内出身者だけの取締役会では、まずその部門を「切り捨てる」という決断はできない。
過去のしがらみに捉われない社外取締役は、その事業部門の継続が株主や従業員、あるいは会社の将来のためにプラスになるかどうかで判断する。少なくとも社長は社外取締役に納得してもらえる理由を示さなければならない。つまり、会社の利益を第一に考える社外取締役が入ることで、取締役会の議論がなあなあで済まされなくなるわけだ。
日本企業の九五%は社外取締役が三分の一未満だ。社内出身の取締役は会社のことはよく知っている半面、社長や先任の取締役は社内の先輩であるケースがほとんど。自分を取締役に抜擢してくれた社長に取締役会で面と向かって異を唱えることなど、まずありえない。取締役は相互に監視する建前だが、現実には社長を頂点に上意下達組織になりがちなのだ。そこに「空気を読めない」異分子が入るだけで、取締役会のムードは一変するという。社外取締役が入ることによって、企業の生産性が向上する、つまり儲けるようになることを外国人投資家は期待しているのだ。
法案修正に法務省が抵抗
社外取締役が企業収益の向上にどれだけ役立つかというのを立証するのは難しい。だが、東京証券取引所などを傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)の調査では、上場している企業のうち社外取締役が三分の一未満の会社二千八十六社(九五・五%)の株主資本利益率(ROE)は一・一七%だったのに対して、社外取締役が三分の一以上半数以下の会社八十社(三・七%)の同じ利益率は四・六七%、さらに、社外取締役が過半数いる会社十八社(〇・八%)になるとROEは一二・七五%になるという。この調査によると、社外取締役がいる会社のほうが利益率がより高くなるという結果になっているのだ。
これを見ると、たしかに日本企業を儲かる体質に転換させるには、社外取締役の義務付けなどコーポレート・ガバナンス(企業統治)の強化が手っ取り早いのではないかというふうに見える。
安倍内閣は六月十四日、成長戦略「日本再興戦略」を閣議決定した。この中にはコーポレート・ガバナンスの強化も謳われている。
「会社法を改正し、外部の視点から、社内のしがらみや利害関係に縛られず監督できる社外取締役の導入を促進する【次期国会に提出】」
そう明記されているのだ。この方針に従って、法務省は臨時国会に会社法改正案を提出する意向だ。
ところが一つ大きな問題がある。民主党政権時代に諮問・答申された会社法改正原案がそのまま国会に提出される気配なのだ。会社法を改正する法制審議会では、経団連などの反対で社外取締役の義務付けは見送り、その代わり、社外取締役を置かないことが「相当である理由」を公表させることにしている。法務省は、この理由の開示は非常に難しいので、事実上社外取締役を義務付けるのと同じ効果があるとしているが、果たして、日本企業での社外取締役が目立って増えることになるのかどうか。
自民党などの一部には、国会での法案修正で「社外取締役を義務付けるべきだ」という声もある。だが、原案を変えれば、経団連が法改正自体に反対すると、法務省は強く抵抗している。外国人投資家が注目している問題だけに、どんな結末になるのか。目が離せない。