JAL復活劇で明らかになった 「国が救う私企業」を選ぶルールの不在

日本航空の再上場に反対するライバル会社の反対キャンペーンは凄まじいものがありました。国のカネで復活したゾンビに真面目にやってきた会社が食われてしまうのはオカシイという論理です。一理ある批判なのですが、JALは本当にゾンビなのでしょうか。地域のおやじの会仲間にJALの機長さんがおられます。仲間のパイロットのリストラや意識改革に取り組み、今は外国の航空会社に自ら出向しています。会社を何とか立て直したいという現場の必死の努力を垣間見てきました。また、JALの保有資産の売却に当たり、子会社に出向してリストラの先頭に立った友人もいます。2兆円の売上高を1兆2000億円にまで減らす一方で最高の利益を出したのは、単に借金が棒引きされたからではなく、甘い経営を見直した結果であることは明らかです。しかし、その一方で、競争に敗れた敗者を国が助けるべきであったか、という議論は別途存在します。私企業に税金を投じるのは言わば「禁じ手」。航空会社はそうまでして国が助けるべき企業だったのか、電力会社はどうか、通信会社はどうか、いや、半導体メーカーだって公益性が高い、と言っていたら、大企業はすべて税金で救済する対象になってしまいます。それも政治家や官僚の胸先三寸で救済するかどうかが決まるとしたら、まともな競争など成り立つはずはないのです。月刊誌エルネオスの連載「硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫」でそんな話を書きました。編集部のご厚意で以下に再掲します。
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 日本航空(JAL)が九月十九日、東京証券取引所に再上場した。再上場に当たっての株式売り出し価格は、一株当たり三千七百九十円だった。JALの株式の約九六%に当たる一億七千五百万株を保有してきた政府系の企業再生支援機構は、全株式を売却。機構の売却収入は約六千六百三十二億円と、出資した三千五百億円を大きく上回った。機構を通じてJALに投入された「国民のお金」は全額回収されたことになり、いわゆる「国民負担」は回避されたことになる。
 JALの経営破綻は二〇一〇年一月。当初は裁判所が関与しない事業再生ADR(特定認証紛争解決手続)などを模索したが、結局、会社更生法を申請。株式は翌二月に上場廃止となり、従来の株主は資格を失い、金融機関も約五千二百億円の債権放棄を行った。それからわずか二年七カ月での復活である。
 当初は「二次破綻」を懸念する声が強かった。更生法申請の段階では、資金繰りの悪化で燃料費の購入にも事欠く寸前。航空会社の場合、ひとたび飛行機の運行が止まり、営業収入が途絶すると再生は不可能とされる。更生法と同時に政府系金融機関からのつなぎ融資や企業再生支援機構の出資を受け、燃料調達など取引先への支払いが全額保護された。
 当初は難航が予想された経営再建が軌道に乗ったのは、企業再生支援機構による思い切ったリストラ策の結果だ。周知の通り、京セラ創業者の稲盛和夫氏が会長に就任。路線ごとの採算管理の徹底などの改革を行った。今では「JAL社内はみな稲盛教信者」といわれるほど、稲盛流が徹底している。

利益重視でⅤ字回復
 リストラの柱は、JALに重くのしかかっていた人件費の思い切った削減だった。整理解雇を含めて社員を約一万六千人削減。従業員の給与を大幅に引き下げたほか、OBの年金支給額も減額した。高額で知られた機長の年俸は、「ライバルのANA(全日本空輸)と比べても、おそらく二割がた低くなった」と、再建に当たった幹部の一人は言う。
 もう一つが路線収支の徹底だ。赤字路線から撤退しただけでなく、機種の小型化にも取り組んだ。大型のジャンボ機(ボーイング747)を顧客が少ない路線で飛ばしていては、空気を運んでいるのと変わらないうえ、燃費も悪い。こうした大型機を売却し、小型機の運行比率を高めることによって、客席稼働率を上げ、路線収支を改善したのだ。
 一二年三月期決算は、営業利益が二千四十九億円、連結純利益が一千八百六十六億円と、ともに過去最高になった。経営破綻直前の〇九年三月期は営業損益は五百八億円の赤字、最終損益も六百三十一億円の赤字だったから、劇的な変化だ。この間の売上高を見ると、一兆九千五百億円から一兆二千億円に大幅に減っている。これを見ても、利益重視の体制に思い切って移行したことがわかる。
 こうした身を切る改革が実現できたのは、社員が危機感を共有できたからだろう。労働組合が強く既得権益固執する現場は経営陣の言うことは聞かないといわれたが、破綻後は現場が勤務体制の変更を受け入れ、自ら顧客サービス改善などに取り組んだ。今年、新社長に植木義晴・専務執行役員を抜擢したが、同氏はJALの歴史上初めてのパイロット出身社長だ。こうした人事も、現場の意識改革の背中を押している。
 企業再生としては大成功といえるだろう。

国による救済が残した教訓
 ところが、上場を前に野党自民党などから異論が噴出した。JALの最高益を目の当たりにしたANAの伊東信一郎社長が「公平・公正な競争環境を確保してほしい」と訴えたのが発端だった。JALは上場などをテコに、今後五年で国際線を二五%増やす方針を打ち出している。死んだハズの企業が短期間で生き返り、以前よりもはるかに強力なライバルとなって出現したことに危機感を強めたのだ。国のカネが入ったことで競争を歪めていると、批判を展開し始めたのだ。
 ANAは永田町や霞が関にロビー活動を展開。「まさに絨毯爆撃だった」と財務省幹部も舌を巻くほど。その効果もあってか、自民党などからJAL救済への批判が吹き上がった。民主党にJAL再生の手柄を取られるのは癪だという思いが背景にあるという指摘もある。
 再生に当たった支援機構の幹部は言う。
「JALが多くの路線から撤退したことで、ANAの顧客は増加した。JALに負けずにコストの切り下げを行えばANAはもっと利益が出る。業界の中で競争が働くことで、利用者である国民の利益につながるのだ」
 要はANAの経営努力が足りないというわけだ。さらにこの幹部は、ANAがロビー活動で政治家に借りを作ったことで、政治に路線や機種の決定まで口を出されていた、かつてのJALの二の舞になるのではと危惧する。
 もっとも、JALの国による救済が大きな教訓を残したことも事実だ。
 業界の中で負け組の一社にだけ国が公的資金を投入すれば、実際問題として競争は歪む。結局、勝ち組のライバルが不利に立たされる。だから、国が公的資金を投入して私企業を救うことはできる限り避けるべきだろう。
 だが、その企業を救済することが国民全体の利益になる例外もないわけではない。銀行がつぶれることで信用不安の連鎖が起きれば、金融システム全体が崩壊する。もし、その会社がつぶれることで公共インフラが途絶するとすれば、救済が国民の利益になるだろう。
 ところが現在、日本には、どんな場合に国が企業を救済するのか、あらかじめ明確に定めた競争法の規定が存在しないのだ。今回も、なぜJALに国民のお金を投入してまで再生させるのか、その理由は明確には説明されてこなかった。社会的に影響が大きいという理由だけなら、どんな私企業にでも国民のお金を投入できることになってしまう。
 欧州連合(EU)は域内各国の企業が同じ条件で競争できるよう国の支援を原則禁止し、例外を明示したルールが定められている。自民党塩崎恭久衆院議員らを中心に同様の規定を議員立法しようという動きがあり、次期国会に提出する方向という。企業救済を役所の胸先三寸ではなく、明確なルールに基づいて行うことが重要なのはいうまでもない。