「20年来最少の倒産件数」は景気回復の兆しなのか!? 「金融モラトリアム法」の麻薬効果の裏に潜む副作用とは

 民間調査会社「東京商工リサーチ」の調べによると、2012年度上半期(4〜9月)の倒産件数(負債額1,000万円以上)は、前年同期比5.7%減の6051件と、過去20年で最少となった。東日本大震災の復興予算が執行され、東北を中心に景気が持ち直しつつある兆しと見ることもできる。ただ、一方で、中小企業金融円滑化法、いわゆる「金融モラトリアム法」による返済猶予が効いているという見方もあり、"麻薬漬け経済"が一段と深刻さを増している可能性もある。

 同期間の東北6県の倒産件数は174件と、前年同期に比べて25.6%の大幅減少となった。これは統計が残る1967年以降で2番目に低い水準だという。確実に東北で倒産が減っているのだ。これは果たして、本物の「景気回復の兆し」なのか。それとも・・・。

 復興予算は震災からの復旧・復興を目的とする特別会計「東日本復興特別会計」によって、5年間で少なくとも19兆円を投じることが決まっており、予算執行されている。9月にNHKが『追跡 復興予算19兆円』と題した番組で、復興予算を東京の税務署改修や北海道・沖縄の道路建設などに"流用"している実態を指摘。その後、大騒ぎになった。

 国民の目を欺く予算の組み方を許すことはできないのは当然だが、もともと19兆円という金額自体が巨額で、数字を積み上げるために、各省庁が何でもかんでも「復興予算」にぶち込んだ、というのが実情だ。もちろん、巨額予算のすべてが"流用"されているわけではないので、東北地方にもかなりの資金が流れ込んでいるのは間違いない。

 しかし、その資金が景気回復に直結しているのか、というと明確ではない。瓦礫の撤去などはだいぶ進んだが、本格的な都市計画や集団移転問題などは遅々として進まず、予算の執行ができていないケースが多いのだ。景気回復の原動力として期待される住宅建設も増加傾向にあるとはいえ、まだ本格化していない。ただ、"流用"問題を受けて政府は、復興予算を被災地以外には使わないようにする意向を示しており、いずれ東北主導で景気に火が付くのは明らかだろう。

「これ以上の延長は止めないと、モラルハザードが起きる」

 では企業倒産が激減したのはなぜか。

 倒産の引き金を引くのは多くの場合、「資金繰り」だ。仕入れ代金や給与などを支払うおカネが手当てできなくなった段階で企業は倒産する。資金繰りの面倒をみてきた金融機関が取引を停止することで事実上倒産するわけだ。金融機関も将来性のない企業に貸し込めば、不良債権となって自らの経営が揺らぐ。だから、一定のところで、企業を「見限る」のである。いわば、経済原理が働くのだ。

 その経済原理を働かせないようにした法律が「金融モラトリアム法」だ。民主党政権の誕生で金融担当大臣のポストを握った連立与党・国民新党の強い主張によって、2009年12月に施行された。正確には「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」といい、資金繰りに困った中小企業が金融機関に返済負担の軽減を申し入れた際に、できる限り貸付条件の変更などを行うよう金融機関に義務付けた法律だ。対象には住宅ローンの返済条件見直しを求める個人も含まれる。

 もともとは2008年のリーマンショック後に世界で起きた流動性危機、つまり市場などで必要な資金が確保できない状況に対応するための「非常措置」だった。本来ならば倒産させるべき企業に、条件を緩和するなど返済を猶予するわけだから、時限措置でなければ、不振企業をいたずらに生き残らせ、問題を先送りすることになる。

 当初は2011年3月末までの時限立法として施行されたが、東日本大震災が起きたこともあり、2012年3月末まで延長された。しかし、期限を迎えても中小企業の資金繰りは依然として厳しいとして、2013年3月末まで再延長された。再延長に際しては、これを「最終期限」とし、これ以上の延長はしない、という姿勢を打ち出している。

 10月1日に発足した野田佳彦第3次改造内閣では、金融担当相に中塚一宏氏を据えた。国民新党は金融担当相のポストに最後まで固執したが、野田首相の強い意思で、入閣した下地幹郎氏は郵政民営化担当となった。民主党議員が金融相のポストに就いたのは政権交代以来初めてのことだ。国民新党が金融相のポストを握り続けていれば、モラトリアム法の再々延長を大臣による「政治主導」でゴリ押ししたであろうことは想像に難くない。

 「もうこれ以上の延長は止めないと、モラルハザードが起きる」と金融庁の中堅幹部は言う。それほどに、モラトリアム法の「効果」は絶大なのだ。

潜在的不良債権を抱え続けている地方銀行

 全国地方銀行協会がまとめたモラトリアム法に基づく「貸付条件の変更等の実施状況」を見ると、凄まじい実態が分かる。集計の対象は地方銀行64行だけで、3メガバンクや地域金融機関は含まない。

 法律がスタートした直後の2010年3月末までに各行が受け付けた条件変更の申し込み件数は15万1771件で、実際に変更したのは11万8040件だった。これでもかなりの件数だ。これが直近の2012年3月末ではどうなったか。

 申し込み件数(累積値)は102万7532件と百万件を突破、実際の条件変更は94万9103件にのぼっている。条件を見直しした融資の債権額合計は28兆2,560億円に達する。これでは、真面目に返済している企業が馬鹿を見ることになりかねない。モラルハザードである。

 このほかに、住宅ローンの返済条件見直しを行った個人が6万6078件、債権額は9,910億円に達する。

 いわば潜在的不良債権を抱え続けている地方銀行の経営は一触即発といっても過言ではない。しかも金融庁東日本大震災後、被災地の金融機関が資金繰りに困らないよう万全の対策を講じた。資金を徹底的につぎ込むことで「潰さない政策」をとり続けているのである。

 霞が関地方銀行を支え続けるのは地域経済を守るためばかりではない。

 周知の通り、融資先が乏しい地方銀行は、預金者から預かった資金の運用先として大量の国債保有している。それでなくても財政赤字で日本国債の暴落シナリオが語られる中で、地銀の破綻連鎖でも起きれば、現実に国債暴落の引き金を引きかねないのだ。モラトリアム法という中小企業を助けているように見える「麻薬」の毒が、ついに銀行だけでなく、国家財政にまで回ろうとしているのだ。

 倒産激減という一見すれば明るいニュースの裏側には深刻な副作用が潜んでいる。