脱「官民ファンド」 民間企業はリスクを取れ

「官民ファンド」の設立が相次いでいます。法律上は「民間企業」という扱いですが、その中身は「官業」そのもの。国民のおカネを民間につぎ込む仕組みですが、失敗すれば、そのツケはすべて国民に回ってきます。官と民のあり方をきちんと議論すべき時でしょう。ウェッジ1月号(12月20日発売)に掲載された拙稿を、編集部のご厚意で再掲します。オリジナルページは→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2470


「官民ファンド」の設立が相次いでいる。農林水産省が「株式会社農林漁業成長産業化支援機構」の設立を進めているほか、経済産業省は来年度予算で「クール・ジャパンファンド」の設立を目指している。

 前者は農業や漁業など1次産業を、製品加工など2次産業や販売・外食・観光など3次産業と組み合わせ、1+2+3で「6次産業化」していくという政府の方針に沿って設立される。後者は日本のアニメや食などを海外に売り込むことを目的とした基金である。

 いずれもアイデアとしては悪くない。官の資金が「呼び水」となって、企業の中などに滞留している民間資金が動き出すなら、それに越したことはない。クール・ジャパンは政府が7月にまとめた「日本再生戦略」の柱でもある。

 だがよく見てみると、官の資金が「呼び水」といえる水準をはるかに超えているようなのだ。先行モデルともいえる「株式会社産業革新機構」の場合、出資金1560億1000万円のうち、民間資金は10分の1以下の140億1000万円。残りの1420億円は政府の出資だ。なかなか出資に踏み切る民間企業が出て来ないためだ。しかもこれに、1兆8000億円もの政府保証枠が設けられている。ここまで来ると、株式会社とは形ばかりで、「官業」「国営事業」そのものと言ってもいいだろう。

 その産業革新機構が、業績不振に陥っている半導体大手ルネサスエレクトロニクスの株主になる、という。ここでも「官民出資」が謳われているが、約2000億円のうち1800億円が機構の出資だという。株式も3分の2を機構が保有するというから、連結決算のルールでいけば、ルネサスは「国」の孫会社ということになってしまう。

 「ルネサスが潰れたらうちの製品ができなくなるから何とかしてくれと産業界に泣き付かれた」と、経産省の政務三役の一人は明かす。自動車や家電製品などを作るには半導体が不可欠で、それを低価格で提供してくれるルネサスの存続が生命線だという主張だったようだ。

 ルネサスには外資系ファンドも触手を伸ばしていた。だが、外資系企業になったら、半導体の納入価格が引き上げられかねない、と恐れたという。「日本の産業のインフラのような会社だから政府である程度面倒みるのは仕方がない」と経産省の幹部も言う。

 ベンチャー企業の支援にも「官民ファンド」の活用が検討されている。いくら金融緩和をしても、企業になかなか資金が流れないのが現実だ。大企業はむしろ手元資金が潤沢で、内部留保が積み上がっている。一方で中小企業にはなかなか資金の出し手が現れない。景気低迷が続く中で、中小企業の成長期待が薄まり、破綻リスクが高まっているからだ。

元をただせば国民のおカネ

 ここ3年、中小企業の資金繰りを一手に支えてきたのが「中小企業金融円滑化法」による融資条件の見直しだった。いわゆる「金融モラトリアム(支払い猶予)法」である。民主党政権交代して金融担当相ポストを握った国民新党が強硬に導入を主張。2009年12月に始まった制度だ。

 これは中小企業から返済条件の見直しを依頼された場合、金融機関はできるだけ応じなければならないというルール。当初はリーマン・ショック後の、中小企業の資金繰りを助ける目的で時限措置として始められたが、東日本大震災などもあり、2度延長された。

 金融庁のまとめでは、09年12月から12年3月末までの間にこの法律に基づいて融資条件の見直しを申請したのは、累計で313万件余りと膨大な数にのぼる。そのうち見直しが実行されたのは289万件余りだ。

 しかもこの見直しの対象になった債権の総額は80兆円弱と巨額だ。このうち55兆円が地方銀行や信用金庫など地域の金融機関の債権である。この件数や金額には、同じ融資で条件見直しを複数回行うなど重複もあるため、どれだけの債権額が純粋な見直し対象で、潜在的不良債権はいくらぐらいか、正確なところは不明だ。だが、モラトリアムによって、焦げ付く可能性を秘めた十兆円単位の巨額の融資が先送りされていることになる。


 東京商工リサーチによると、12年度上半期(4〜9月)に全国で倒産した企業件数(負債額1000万円以上)は6051件と、過去20年間で最少となった。景気が回復しているわけではなく、円滑化法によるモラトリアム“効果”であることは疑う余地がない。

 政府は期限が来る来年3月末で、円滑化法は廃止にする方針だ。本来、経済の循環の中で競争によって敗者が出るのは自然なこと。それを無理やり融資条件を緩和して生きながらえさせれば、見た目の倒産は減るが、その分、金融機関の潜在的不良債権が積み上がっていく。ようやく副作用の大きさに気が付いたというわけだ。

だが、この件に詳しい政府幹部は「何もしないで法律を廃止すれば、5万社が潰れる。それでは政治がもたない」と語る。そこで、銀行では融資を続けられない中小企業に「官民ファンド」が出資しよう、ということのようだ。

 政府出資は元をただせば国民のおカネである。「ファンド」を通すとはいえ、特定の民間企業に国民のおカネをつぎ込むのは本来、政府には許されないことだろう。百歩譲って民間企業に出資したり補助金を支給したりするには、それを上回る国民全体の利益が見込めるのが建前だ。

 だが、国と投資先企業の間に「ファンド」が介在することで、国会のチェックは及びにくくなり、出資先企業の審査が野放図になる心配もある。そもそも官業がうまくいかないのは、新銀行東京の例を引くまでもなく、過去の歴史が証明している。

 問題はなぜ、国がそこまで企業活動に踏み込まざるを得ないのか、である。前月号のこのコラムでも取り上げたように、企業の手元資金は積み上がる一方で、新たな投資に資金が回らない。経営者がリスクを取って新規投資に踏み出さなくなっているためだ。

 政府・日銀は景気浮揚に向けて、一層の金融緩和を進める姿勢を示している。もっとも、政府・日銀の懸念は、金融を緩和しても、将来の成長が期待できる分野の企業に資金が流れないのではないか、ということだ。相次ぐ官民ファンド設立の大義名分はこれだ。

 だが、本来、成長分野を探し出し、そこに資金を投じていくのは民間企業や、民間の投資ファンドの役割だろう。自らは手元に資金を残し、リスクは政府出資という名の国民のおカネに負わせるとしたら、企業は自らの役割を放棄しているということになりかねない。しかも、経営の指南まで霞が関の官僚たちに受けるとは、日本の経営者も落ちぶれたものである。