ユーロ圏の崩壊はあり得ない!? 独PBバンクハウス・メッツラーのパートナーが語った歴史的視点による楽観論

 外国為替市場では10月22日、ユーロが104円台に乗せ、5月以来の円安ユーロ高となった。欧州中央銀行(ECB)による南欧諸国国債の無制限買い入れの決定などによって、ユーロ危機がひとまず収束していることに加え、日本銀行が追加の金融緩和に動くとの見方が強まり、「ユーロ高」と「円安」がダブルで効いている。

 日本ではともすると、財政が悪化している南欧諸国のユーロ圏離脱など「ユーロ崩壊」を想定する論調が多いが、果たして今後のユーロ圏の行方はどうなるのか。


ゲアハルト・ヴィースホイ氏(バンクハウス・メッツラー パートナー、DJW理事長)
 日本とドイツの民間の交流組織である日独産業協力推進委員会(DJW、本部ドイツ・デュッセルドルフ)が10月17日、東京・内幸町で交流会を開いた。会員を中心に日本在住ドイツ人や、ドイツ駐在経験のある日本人などが多く集まったが、講演したDJW理事長のゲアハルト・ヴィースホイ氏はユーロの今後の見通しについて楽観的だった。

 ヴィースホイ氏はドイツで340年近く続くプライベートバンク(PB)であるバンクハウス・メッツラーのパートナー。政財界に太いパイプを持つPBの先見性には定評があるだけに、予想外の楽観的な見通しが出席者の関心をさらっていた。

今後、金融制度や財政の統合が一段と進んでいく

「ユーロ圏が分裂することはない」とヴィースホイ氏が言う最大の理由が、「すでにユーロ圏諸国の国境を越えた相互取引が極めて大きくなっている」こと。金融派生商品デリバティブ)などを含む金融取引の約定残高がすでに184兆ドルと、ユーロ圏(17ヵ国)の国内総生産GDP)の14倍にも達しており、もはやそれを切り分けることが不可能になっている、という。

 また、欧州にはもともと共同体の歴史的な基盤とも言える共通土台があるとも言う。神聖ローマ帝国や、古代ローマ帝国なども、多くの多様性を持つ地域や民族を包含してきた。ヴィースホイ氏はユーロ圏が「当初の経済インフラから意思決定までを担う連合体へと変質しつつある」とし指摘、今後、各国の財政危機などを克服していく課程で、金融制度や財政の統合などが一段と進んでいくという見方を示していた。

 さらに同氏は、共通通貨ユーロがなかった場合を考えてみれば、ユーロ圏分裂がいかに現実離れしているかが分かると語る。

 ユーロ圏にはターゲット2と呼ばれる決済システムがある。ECBが運営しているもので、ドイツやフランス、ギリシャといった各国の中央銀行同士で資金を融通し合い決済を滞りなく行うための仕組みだ。国境を越えた取引で得た債権債務は各国の市中銀行に持ち込まれるが、決済するためには国境を超えた資金のやり取りが必要になる。

 この結果、輸出の多い貿易黒字国の中央銀行は、輸入の多い貿易赤字国の中央銀行向けの債権を持つ格好になる。ヴィースホイ氏によれば、このターゲット2によってドイツ連邦銀行が対ユーロ圏向けに持つ債権額はドイツのGDPの28.8%に達するというのだ。つまり、もしユーロがなく、各国ごとに通貨が存在するままだったら、ドイツマルクは急騰して、ドイツ企業は輸出もままならない状況だった、というわけだ。

 共通通貨ユーロの誕生と、その後のEU欧州連合)圏拡大によって、ドイツの対EU諸国向け輸出は大幅に増加している。EU統合の恩恵を最も受けているのがドイツという言い方もできるわけだ。つまり、ドイツ自らがユーロから離脱するメリットはないし、ギリシャなど南欧諸国を追い出してユーロを崩壊させるメリットもドイツにはない、というのだ。

財政危機を克服し、ユーロ圏は再び成長路線に乗る

「財政危機に見舞われたユーロ圏の国の経済状況にも明るさが見えている」とビースホイ氏は言う。その一例が最も最初に経済危機に陥ったアイルランドだという。同氏が注目するのがアイルランドの労働コスト。1999年時点の労働コストを80とすると、リーマンショック直前の2007年には120にまで高騰していたが、最近ではそれが100にまで低下してきたのだという。

 アイルランドは一時、欧州の金融センターとして繁栄を謳歌したが、リーマンショックによる金融危機などをきっかけに大幅な財政赤字に転落した。それがようやく回復の兆しを見せているのだという。

 問題のギリシャにしても、こうした高コスト構造の修正が始まっているという。ギリシャ政府はアテネの外港であるピレウス港のコンテナ港運権益を中国国営の海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却した。コスコは大幅なリストラを実施、他の国営港湾に比べて平均人件費を大幅に削減することに成功したという。その結果、港の競争力が回復、取り扱い数量が大幅にふえ、新たな雇用も生まれたと指摘する。

 ギリシャなど南欧諸国の財政赤字の大きな要因の1つは、肥大化した政府部門の非効率性にある。生産性の低い国営企業が大量の公務員を抱え続けているわけだ。ヴィースホイ氏は、各国が真剣に構造改革を進めればユーロ圏の財政危機は克服でき、再び成長路線に乗ることができると見ているわけだ。

「今のドイツがあるのは、シュレーダー首相が思いきった構造改革を行ったからだ」とヴィースホイ氏は言う。シュレーダー首相は2003年に、2010年をターゲットに構造改革を行う「アジェンダ2010」を打ち出して、実行した。それまでの硬直化していた労働法や社会保障などを一気に改革。解雇要件などを緩くした結果、当初は失業者が大幅に増加したが、欧州でも有数の高さだった労働コストは低下。結果、その後の輸出増加の原動力となった。

 日本ではドイツの輸出増加は、ユーロ安の効果ばかりが強調されるが、背景にはコスト競争力を高めるための痛みを伴う改革があったわけだ。

 国家体制がいくつも変わる中で、したたかに生き残ってきたPBの見通しの手堅さはつとに有名だ。ユーロ悲観論が世の中を席捲する中で、EUのさらなる統合深化を見通すプライベートバンカーの見立てだけに興味深い。