『日産 その栄光と屈辱 消された歴史 消せない過去』 著者:佐藤正明(文藝春秋)

昨年末に講談社の「週刊現代」から依頼されて執筆した書評です。


タイトル:名門企業の凋落を招いた社長の失政を、名物記者が真正面から克明な筆致で描き出す

 会社に盛衰はつきものだ。そこには必ず会社の方向を決定づけた経営者がいる。「創業者」が会社を生み育て、どん底から復活させれば「中興の祖」と語り継がれる。だが、会社をダメにした張本人が真正面から指弾されることは稀だ。
 そんな中で、本書は間違いなく異色の経営ノンフィクションだ。日本を代表する名門会社でありながら、最後は自らよりも規模の小さい仏ルノーの傘下に入った日産自動車の「屈辱」を、石原俊(たかし)氏というひとりの社長の失敗に帰している。
 石原俊氏は早くから日産のプリンスと呼ばれ、社長就任後は経済同友会代表幹事などを務めた。勲一等旭日大綬章を受けるなど、いわば位人臣を極めた経営者だ。その石原氏が強引に進めた英国工場の建設が日産の凋落を決定付けたと本書は糾弾する。
 「石原さんは『経営は継続』という鉄則を踏み外し、個人の名声を高めるため無謀な海外プロジェクトに走ったことから、名門企業を奈落の底に突き落とした」
 そんな具合に完膚なきまでに石原氏を叩きのめしている。だが本書が異色なのは、ノンフィクション作家の単なる「見立て」で、石原批判を展開しているわけではない点だ。
 著者の佐藤正明氏は日経新聞産業部が生んだ名物記者だった。徹底して経営者に食い込み、経営についての相談も受ける。半ば一心同体になって企業を見守り続ける記者はかつての日経新聞には数多くいた。そんな中で「自動車と言えば佐藤正明」だった。
 もう一つ異色なのは佐藤氏が本書では「私」を登場させ、日産の経営陣とのかかわりを“告白”していることだ。石原氏と対立していた労働組合幹部の塩路一郎氏や川又克二会長に“食い込み”、会社が発表した「事実」ではなく交渉の舞台裏の「真実」を克明につかんでいた。
 塩路氏を追い落とすために、会社側が女性スキャンダルをでっち上げた事件や、それを巡って石原氏が組合に“詫び状”を取られた交渉の様子なども、「あたかもそこで見ていたかのように」克明に書かれている。丁寧に取材し「時空を超え多少想像と推測を交えながらその場を再現」している。佐藤氏にしか書けない日産の裏面史である。
 会社の盛衰は経営者次第。本書が描き出す結論は、決して日産という一つの会社の話ではない。

日産その栄光と屈辱―消された歴史消せない過去

日産その栄光と屈辱―消された歴史消せない過去