ゴーン前会長逮捕で注目、外国人トップ起用のわけ 経営のプロ、手っ取り早く?

毎日新聞1月18日の夕刊に磯山のコメントが盛り込まれた記事が掲載されました。ぜひ、毎日新聞のデジタル版等でもご覧ください。→https://mainichi.jp/

 日本企業はなぜ外国人経営者を求めるのか。会社法違反容疑などで逮捕、起訴された日産自動車カルロス・ゴーン前会長をはじめ、製薬最大手・武田薬品工業がクリストフ・ウェバー氏を招くなど、大手企業が海外からトップを迎える動きが続いている。その事情から見えるものは……。【宇田川恵】

 「部長クラスを登用する際、もし国籍を問わず選べば、日本人は一人も入らないっていう話を聞きましたよ。そのぐらい日本人は劣後していると。もしかしたら日本企業の中間管理職は、日本語と英語、中国語が話せる外国人で占められちゃうかもしれません」。苦笑ぎみにそう話すのは経済ジャーナリストの磯山友幸さんだ。

 家電や自動車など物づくりで世界を席巻してきた日本。いったい何が劣っているというのか。「今の日本の在り方では、マネジメント(経営)の専門家が育ってこないんですよ」

 欧米の国際的企業では、経営を専門に学んだ人が30代ぐらいで入社し、子会社の管理責任者を務めたり、その後に本社で部長に就いたりして、経営の腕を磨く。そんな人材が将来、トップとして経営のかじを握るのだ。実際、ゴーン前会長も30歳からさまざまな企業経営に携わってきた経営のプロといえる。

 一方、日本企業では通常、上司から引き立てられたりした人が平社員から順々に昇進し、部長や取締役となり、そのうちの誰かが社長になる。トップはその会社だけに通用する慣習や特定の分野に詳しく、根回しが上手でも、経営能力にたけているとは言えないケースが多いのだ。

 「日本の場合、会社が大きな変革をしようとしても、社内の下から上がってきた人では限界がある。欧米のように経営の専門家があちこちにいて、隣の会社から引っ張って来られるような環境にもない。ならば国際事情にも精通している経営のプロを海外から呼ぶのが手っ取り早い方法といえます」と磯山さんは語る。

 ゴーン前会長は日産の再建請負人として登場し、合理的な手法で「系列」などのしがらみをばっさり切り捨てた。日本人の手ではできなかった大量の社員のクビを一気に切るという大規模なリストラも断行、そのお陰で日産は息を吹き返した。一方、武田が国際市場での生き残りを懸けて招いたのがウェバー氏だ。社内には反対の声もすさまじかったというが、同氏は今月、アイルランドの製薬大手を約6兆円もの巨費で買収。その成否はあくまで今後にかかるが、生え抜きの日本人トップなら尻込みしたような大胆な取り組みを推し進めている。

 プロの経営者を外から連れて来る動きは今後いっそう高まる、と作家の江上剛さんは見ている。旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)出身で、企業事情に詳しい視点から、こう指摘する。「バブル崩壊以降、日本は『失われた何十年』などと言われてきたが、実際には低成長ながら安定した暮らしが維持できたんです。でも大企業を中心に、だんだんその状況に我慢ならなくなっている。米国のIT企業の勢いや中国の台頭で、このままでは沈んでしまうという危機感が強まっているからです。そのため多くの企業が『異質な人』たちを求めているのではないでしょうか」

 江上さんの言う異質な人は、武田のウェバー氏であり、ここ数年増えてきた「プロ経営者」と呼ばれる人たちだ。サントリーホールディングス新浪剛史氏や資生堂の魚谷雅彦氏などがその例といえる。もちろん全てが成功しているわけではないが、リスクを取ってでも成長をつかもうという機運が外国人トップ起用に表れているともいえる。

日本理解、成功に不可欠
 NHK連続テレビ小説まんぷく」が評判だが、そのモデルである日清食品の創業者でインスタントラーメンを生み出した安藤百福(ももふく)氏は魅力的な経営者だ。その生前を知る人に話を聞いたことがある。安藤氏は入社2〜3年の若い社員から年配の役員まで分け隔てなく自分の部屋に呼んで、興味ある話をじっくり聞いたそうだ。「百福さんというのは常に人様に喜んでもらおうという発想で真剣に物事を考えていた。怖い存在だったけど、社員はみんな大好きだった」と振り返っていたのを思い出す。

 合理的な思考と行動力で会社を動かすことは必要だ。それは決して否定できない。だが経営者はそれだけでいいのか。安藤氏に思いをはせると、どうしても気になる。

 パフォーマンス心理学の専門家で、経営トップのスピーチ指導なども行うハリウッド大学院大学教授、佐藤綾子さんに聞くと、経営者はその地の社会や文化を理解することが欠かせない、とする。欧米は個人主義、競争主義であるのに対し、日本は集団主義、協調主義が根付いている。「日産の業績が悪化した時のような『有事』のリーダーは決断力が必要で、ゴーン前会長はぴったりの人でした。でも業績が回復し、会社が落ち着いた後の『平時』のリーダーは、日本的に仲間をまとめたり、人を大切にしたりすることが必要です。ゴーン前会長は有事のリーダーとして優秀でも、平時のリーダーにはなれなかったということではないでしょうか」

 佐藤さんはさらに、主張を効果的に伝える条件として「論理」「信頼性」「感情」の三つが必要だとし、「欧米人は『論理』を優先しますが、日本人に対しては『感情』を大切にしなければいけません」とも語る。

 分かりやすい例は、日本マクドナルドホールディングスの社長、サラ・カサノバ氏の対応だ。2014年夏、中国の協力工場が期限切れの鶏肉を使用していた問題が発覚し、カサノバ氏は記者会見した。その話しぶりは整然として論理的で、「マクドナルドもだまされた」と訴えた。だが多くの日本人はこれに反発、業績は悪化した。その後しばらくして、再び記者会見したカサノバ氏は、以前の険しい対応から一転、深く頭を下げ謝意を示した。以降、全国の店を回って客と触れ合ったりもしている。「マクドナルドが回復したのは、カサノバ氏が『論理』以上に『感情』を大切にし、集団主義の日本社会に向けて『応援してください』というメッセージを伝えられたからだと思います」と佐藤さん。

 幅広い経済問題に詳しいジャーナリストの嶌信彦さんも、経営者は日本的なものを大切にしなければいけない、と強調する。ソニーで初めて外国人トップに就いたものの、「物づくりを軽視した」などと批判され業績も悪化し、評価が低いハワード・ストリンガー氏の例を挙げながらこう話す。「ストリンガー氏は日本にほとんど住まず、日本社会に定着したり、日本人のライフスタイルを理解したりしなかった。しかし大規模なリストラなど合理化だけは進め、業績など数字を重視しました。経営者がグローバルな視野を持って経営することは大切だが、その国の土壌への理解を併せ持たないと成功はしません」

能力、チェックする仕組みを
 日本企業が外国人トップを招く半面、日本人が国際的な大企業で経営を任されているという話は聞かない。このままでいいのだろうか。

 嶌さんは、経営の専門家を育てようという動きは見えつつある、とする。「大手商社などは30代ぐらいの社員を関連会社に送って役員のポストに就けたりして、経営全般を学ばせた後、また呼び戻したりしている。我々の時代は若いうちに子会社に異動させられると『飛ばされた』と落胆したものだが、今は必ずしもそうじゃない」

 前出の磯山さんは「大卒一括採用がなくなれば状況は変わる」と話す。企業は今、何のスキルも能力も持たない大卒者を、なんとなく良さそうだと判断して採用している。だが「欧米のグローバル企業のように、大学院で勉強したり、企業のインターンを経験したりして、特別な力を身につけた人を採用するようになれば、若者も自分でスキルを磨き、キャリアを作る努力をするはずです。もはや企業も、白地のキャンバスに何十年もかけて絵を描くみたいに人を育てる余裕はなくなってきている」。

 そもそも日本企業が外国人トップを迎える準備が本当にできているかには疑問の声もある。「連れてきたトップに能力がなければ1年でもクビにできたり、経営の成果をきちんとチェックできたりするガバナンス(企業統治)の仕組みが働かないといけない。『社長は全能』という日本企業に外国人トップを持って来れば、好き放題やる経営者が生まれて当然です」と磯山さん。

 さまざまな不備を見直さないといけない。