内部留保を溜め込んで使わない日本企業

金融緩和期待から円安となり、株価が上昇しています。安倍晋三首相が進める「アベノミクス」への期待があることも間違いありません。この株価上昇は続くのでしょうか。株価は最終的には企業の収益力で決まります。一時の金融緩和ブームで株価が上昇しても、実力が伴っていなければ、持続的に株価が上昇することはあり得ません。企業は手元にある資本を生かして利益をどれだけ生み出せるかが勝負なのです。少し古くなってしまいましたが、月刊誌ウエッジの12月号(11月20日発売)に書いた原稿を編集部のご厚意で再掲します。少し今のマーケット環境と前提が違うので、その点ご容赦ください。オリジナルページ→ http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2409


 日本の株価はなぜ上昇しないのか。株式投資をしている人ばかりでなく、経済に関心のある人ならば不思議に思うだろう。2008年のリーマンショックで世界中の株価が大きく下がったが、他国の株価はショック前の水準を軒並み回復している。08年8月の約1万2000ドルから6000ドル台にまで下落した震源地米国のNYダウですら、1万3000ドルに回復した。

 ところが日本の日経平均株価は08年8月の約1万3000円から7000円台にまで下落した後、戻り高値は1万1400円。10月末現在は9000円を割り込んでいる。何とショック前の7割の水準なのだ。世界同時株安の原因である金融機関の経営危機とは無縁と言われた日本の株価が最も影響を引きずっているのはなぜだろう。

 東京証券取引所の斉藤惇社長は、記者会見のたびに「日本企業のROEが低過ぎる」と苦言を呈している。ROEとはリターン・オン・エクイティの略で、企業が株主から託された株主資本(自己資本)からどれだけの利益を生み出しているかを示す。具体的には企業の純利益を株主資本で割った比率だ。このROE東証一部上場企業の平均は5%程度だが、米英の企業の場合は15%程度だというのである。

 つまり、日本企業は資本を十分に使って儲けていない、という指摘だ。それは個別の企業をみれば鮮明だ。「iphone5」も引き続き人気商品となったアップルのROEは42%(12年9月期)、「ウィンドウズ8」を発売したマイクロソフトは27%(12年6月期)である。低金利の中で、資本からそれだけの利益を生んでいる企業の株価が上がるのはある意味、当然だろう。

 一方、日本を代表する企業はどうか。トヨタ自動車は3%、住友化学は1%である。日本企業でもグローバルに競争しているコマツは17%、最近、経営改革を進めている日立製作所も22%(いずれも11年度決算)と高い企業も存在する。だが、多くの日本企業の収益力は低いのである。

 資本から利益を生むのは企業本来の役割である。ところが、日本の場合、この資本を溜め込んだまま、きちんと活用していない企業が多いことが問題視されている。

財務省が省内にチームを作り、なぜ日本経済が長期停滞に陥り「失われた20年」と呼ばれる事態に直面しているのかを分析した。結論は世界経済のグローバル化に日本企業が適応できなかったからだ、というものだった。そして、00年以降、企業の設備投資が減価償却の範囲内に留まり、余剰資金が積み上がっている点に着目している。つまり、企業の手元に溜まった資金が、新規投資などに向いていないことが、日本が成長しない一因だと考えたわけだ。

財務省が成長戦略に本腰を入れる理由

 ちなみに財務省が「日本がなぜ成長しないか」を分析し始めたのには訳がある。社会保障・税一体改革関連法案の成立で、消費税率を14年4月に現行の5%から8%に、15年10月には10%に引き上げることが決まった。だが、経済環境が急変した場合には増税を見合わせる「景気条項」が付いている。財務省の悲願である消費増税には、景気を上向き基調にもっていくことが不可欠なのだ。これまで政府の「新成長戦略」などの策定は経済産業省に任せきりだったが、財務省としても本腰を入れる必要に迫られた、という訳だ。

 増税が実施できたとしても経済成長は不可欠だ。15年10月に税率が10%になっても、増える税収は13.5兆円と試算されている。しかも増税によって景気が悪化し消費が落ち込めば、税収は減る。前回消費税を3%から5%に引き上げた後は、全体の税収は減ってしまった。税率を引き上げても税収が減ったのでは何にもならない。

 増え続ける社会保障費も増税では賄えない。12年度の一般会計予算で国債の元利払いなどを除いた歳出額は68兆円余り。対する税収などは46兆円に過ぎない。13.5兆円と見込まれる消費増税ではプライマリー・バランス(基礎的財政収支)を黒字にすることはできない。つまり毎年の赤字垂れ流しが続くことになる。財政再建には経済の成長が必要なのだ。

 投資をせずに溜め込んだ日本企業の内部留保の増加ぶりは顕著だ。資本金10億円以上の企業が保有する10年度末の内部留保(連結ベース)は266兆円と1年前に比べて9兆円も増加した。00年代前半は株式を買い集めた投資ファンドなどが日本企業に圧力をかけ、配当の増額などを迫った。手元に資金を溜め込んだ企業が狙われ、配当を増やすか、ROEを高めることが求められた。その後、買収防衛策などが広まり、投資ファンドが衰退すると、日本企業の内部留保は急速に増加した。

 内部留保がすべて現金や国債で運用されているわけではなく、設備などに回っているケースもあるが、上場企業だけでも60兆円にのぼる「現金預金」を持つ。株主から預かった資本を銀行預金や国債での運用に回していれば、ROEが低くなるのは当然である。企業経営者がリスクを取って事業に挑むことを怠っていると言うこともできる。つまり、「ファイティング・ポーズ」をとっていないのだ。

どうすれば経営者にファイティング・ポーズをとらせることができるか。経営に緊張感を持たせる世界的な手法は「コーポレート・ガバナンス」(企業統治)を効かせることだ。日本ではガバナンスというと不祥事を防ぐためのお目付役を置くという印象が強い。

 確かに欧米企業のように利益を上げるために経営者が暴走するような風土ではブレーキ役が必要だが、日本企業に必要なのはむしろアクセル役。経営者にリスクを取らせ、利益を上げさせるために背中を押す役割が必要だ。その役割を担えるのは企業の利益が増えて得をする人、つまり大株主や投資家の代表ということになるだろう。企業の株を保有する年金基金や保険会社が企業の取締役会に入っていって、もっと経営者にプレッシャーをかけるべきなのだ。

 会社法制を見直す法務省の法制審議会会社法部会は、昨年、会社に1人以上の社外取締役を義務付ける案を示した。ところが、経団連全国銀行協会などが強硬に反対。結局、今年8月に義務付けは見送られた。社内出身者ばかりの取締役会に、外部の目を入れることを徹底的に嫌う日本企業の風土が改めて浮き彫りになった。

 年金も生命保険も、資金を拠出しているのは、この記事をお読みの皆さんだ。きちんと利回りを上げるよう基金や保険会社に圧力をかければ、それが企業への圧力となり、経営者がファイティング・ポーズをとり、企業の業績が上がり、日本経済が成長する。そうしたガバナンスを機能させることが問題解決の第一歩なのだ。