地方公務員の給与削減は「アベノミクス」の足を引っ張る 国は8%削減、ラスパレイス指数で見ても一見妥当だが…

公務員の給与問題はいつもホットなテーマになります。民間より高いのはけしからんという声がある一方で、公務員は安月給だと訴える声もあります。安倍首相はいったいこの問題をどうさばこうとしているのでしょうか。日経ビジネスオンラインの連載記事です。是非オリジナルページで読者登録して読んであげてください。→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130206/243416/

 「地方公務員の給与を減らしたら、それじゃなくても冷え込んでいる地方経済に大打撃ですよ。店で飲んでるのは役所の職員ぐらいなんだから」

 地方の県庁や市役所の職員と話していると、そんな声を多く耳にする。案の定、安倍晋三内閣が打ち出した地方公務員給与の削減案には反対の大合唱となり、迷走を極めている。当初は今年4月から国家公務員にならって一律の削減を地方にも求めるはずだったが、結局、実施時期を7月にずらし、国より給与水準が低い自治体には削減を求めないなど、対象を大幅に縮小する方向になっている。

 地方公務員の給与削減に対する地方の反発はすさまじい。1月15日に政権交代後初めて、国と地方の協議が首相官邸で開かれたが、その席で麻生太郎副総理兼財務相が2013年度の地方公務員の給与を国家公務員並みに削減するよう要請した。東日本大震災を受けて国家公務員は昨年4月から2年間、平均7.8%のカットを実施しており、地方にも同率の圧縮を迫ったのだ。地方も同率の削減が実施されれば、国から地方に配分されている地方交付税交付金が6000億円削減できる、というのが国・財務省の思惑だった。

「地方を国の奴隷のように使っている」
 「地方を国の奴隷のように使っている」と全国知事会会長の山田啓二京都府知事が噛み付いたほか、「一律に指示を出すのはいかがなものか」(猪瀬直樹東京都知事)、「新藤義孝総務相は報酬を半分ぐらいにカットしているのか」(松井一郎大阪府知事)と反対の声が相次いだ。

 国家公務員の給与カットを決めたのは民主党政権だったが、地方には踏み込めなかった。地方公務員の労働組合である自治労が、民主党の有力支持母体だったからだと言われた。自民党は総選挙に際しての政権公約に公務員給与の引き下げを盛り込んでいた。「総人件費の抑制」として、「将来の国家像を見据え、計画性を持って地方公務員等を含む公務員総人件費を国・地方合わせて2兆円削減します」としていた。だが、地方の反発にあっさり矛を収めたのだ。

 実は、麻生財務相が地方公務員の給与削減を求めたのには、前哨戦があった。

 政権交代前のことである。財務省財政制度等審議会の財政制度分科会で、国家公務員給与を100とした場合の地方公務員の給与水準を示す「ラスパイレス指数」が、2012年度は106.9程度となり、9年ぶりに地方公務員給与が国家公務員給与を上回るという見方が明らかにされたのだ。

 国が平均7.8%削減しているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、これに当時の樽床伸二総務相が「権限のない役所が勝手な数字を出し、世論をリードするのは不適切」と強い不快感を示した。ラスパイレス指数は2009年度98.5→2010年度98.8→2011年度98.9とジワジワと上がっていたのだが、ついに大きく上回ったわけだ。

 自治体の首長たちが「地方自治の理念に照らして容認できない」(黒岩祐治・神奈川県知事)と反発したのには一理ある。理念としては自治体の支出については自治体独自の判断に委ねられているからだ。だが、現実には地方自治の仕組みはそうなっていない。国があれこれと口を出し、予算で縛ってきたわけだ。

 古くから教科書などで「3割自治」と呼ばれてきたのがそれだ。地方の収入に占める地方税など「自主財源」の割合が3割に過ぎないことや、自治体の事務の3割が地方固有のもので、後は国から委任された事務であることなどを指していた。自民党政権でも民主党政権でも、地方分権の重要性が語られ、取り組みが進んだが、それでも財政的な自立はできていない。

 国税などでいったん国に集めた税金を地方に再配分する地方交付税交付金の存在によって、国の役人には「地方より格上」「地方は国が支えている」という感覚が根付いている。国の公務員が7.8%も給与を下げたのだから、交付税交付金を国からもらっている地方が給与を同額引き下げるのは当然、というわけだ。

 だが、地方自治体に言わせれば、財政が厳しさを増す中で、地方自治体は国に先がけて職員の削減や給与削減に取り組んでいる。大阪府を例にとれば、職員給与はすでに平均で6.2%削減、知事の報酬も3割減額している。地方自治の本旨から言えば、給与をどうするかは地方自治体の権限だろう、というわけだ。

 もう1つは、ラスパイレス指数自体に意味があるのかどうかだ。前述の106.9という数字はあくまでも「平均」の数字である。自主財源の比率が高く「豊かな」自治体も、財政が危機に瀕している「貧しい」自治体も一律に平均している。また、物価が高い都市部の自治体も、物価が安い地方の町村も一律に国と比較されている。

 総務省が発表した「2011年地方公務員給与実態調査」によると、都道府県のうちラスパイレス指数(一般行政職)が最低なのは92.5の北海道と岡山県。逆に最高なのは静岡県の103.4だ。財政的に最も豊かな東京都は102.1で7位である。

 しかも、これは一般行政職だけの給与比較で、地方自治体職員の多様な雇用形態は反映されていない。県の部長級は1000万円を超える年収をもらっている人も少なくないが、現業系現場の職員となると年収300万円という人もいる。いずれにせよ、国との比較で、一律の給与引き下げを求めるのには無理があるのだ。

 安倍内閣も地方のあまりの反発に驚いたのであろう。ラスパイレス指数が100を下回っている自治体には削減を求めないこととした。

地方で十分な現金収入が得られるのは、役所か農協
 さらに、公務員給与の引き下げの経済への影響は当然予想される。冒頭のような発言が出るほど、地域の繁華街の消費を役所の職員が支えているのは事実だ。地方へ行けば行くほど、十分な現金収入を得られるのは役所か農協の職員、という状況になっている。地方経済を支える1つの柱だった公共事業が削減されてきた中で、民間企業は疲弊し、給与水準も下がっているからだ。

 内閣府が2007年に地域経済の公的依存度というのを都道府県別に計算して発表したことがある。役所の職員の給与など「政府最終消費支出(政府消費)」と公共事業などの「公的固定資本形成(公的投資)」の合算が、県民総支出のどれぐらいの割合を占めているかを調べたのだ。地方経済の「官」依存度である。データは2004年度の数字だ。

「官」依存度の高い高知、沖縄、島根
 これによると最も高いのが高知県で4割を超える。沖縄県島根県も4割である。北海道や東北、九州などに3割を超えるところが多く、全国のほとんどの道府県は2割を超えている。最も低いのは東京都で、15%ほどだ。

 このデータの時点から10年近くがたち、経済の「官」依存はさらに高まっているとみられる。政府消費である人件費を圧縮すれば、当然地方経済は落ち込むことが予想される。

 安倍晋三首相が掲げるアベノミクスは、大胆な金融緩和と機動的な財政出動で、まずは景気に火を付けようという発想に立っている。財政再建はしばらくお預けにし、経済成長によって税収増を目指そうという戦略だ。

 金融緩和によって円安が進み、輸出産業の収益改善期待などから株価も大きく上昇した。景気に明るいムードが漂い始めている。だが、それが本物の成長につながるには、企業収益の改善が給与の増加につながり、消費の増大へと結びつくことが不可欠だ。

 デフレから脱却して経済を成長軌道に乗せるには、家計に回る収入を増やす必要がある。そのタイミングに合わせて地方公務員の給与を引き下げるのはデフレを加速させる要因になり、アベノミクスの足を引っ張る。

 もちろん、政府消費や公的投資に依存した経済が安定的であるはずはない。政府部門がカネを使えば、それは早晩、税負担となって家計にのしかかってくる。民間よりも高い公務員の給与水準はいずれ引き下げなければならないが、それは一律に減額することではないだろう。

 自民党政権公約にあったように、「将来の国家像を見据え」て、公務員の人事制度のあり方や、地方自治のあり方を抜本的に見直すことが必要だろう。そのためには地方自治体が自主財源によって自立できる体制を作ることが不可欠だ。

 地方自治体の職員に「財政的に自立できると思うか」と聞くと、ほとんどの場合「それは不可能だ」という答えが帰ってくる。地方自治体自身に「国頼み」の発想が染みついているのだ。財源が足らなければ国が何とかしてくれる、地域経済を活性化するには国が公共事業を増やすしかない。そういった発想に地方はとらわれているように見える。

 地方が財政的に自立し、選挙民がサービスとの見合いで高給を負担するのなら、国家公務員より大幅に高い給与を地方公務員がもらったとしても何ら問題ない。