佐渡の"おふくろの味"「かあちゃん漬」が抱える2つの高齢化問題 〜農林漁業「6次産業化」の現場レポート

現代ビジネスで続けている6次産業化のレポート。今後は、熊本、岡山などの事例を取り上げる予定です。オリジナルページはこちら→現代ビジネスhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/34853

農産物などの1次産品をそのまま販売するのではなく、加工(2次産業)したり、直接販売(3次産業)することによって付加価値を高めていこうとする「6次産業化(=1次+2次+3次)」の取り組みを追う現場リポート。今回は30年近く続く"6次産業化の元祖"とも呼べるような事例を紹介しよう。

新潟県佐渡で評判の漬物がある。島が大きくくびれた中央部分に広がる国仲平野の真ん中、金井地区の農村女性グループが30年近くにわたって作り続けている「かあちゃん漬」がそれだ。メンバーの農家で栽培・収穫した野菜を、添加物を一切加えずに昔ながらの方法で漬け込む。学校給食に使われるほか、農協系スーパーのAコープや一部の特産品店で売られているだけで、ほぼ全量が"島内消費"されてしまう。

 一番の売り物は年に1300キロも漬けるという梅干。代々受け継がれてきた作り方で、「3日3晩干す」ところから手間ひまを惜しまず漬けている。このほか、はりはり漬けや福神漬け、みそ漬け、粕漬けなど常時7〜8種類の漬物を製造している。さらに、かあちゃんたちが「世界で一番おいしい」と口をそろえる味噌も作っている。この漬物や味噌の味に親しんで成人した人も多く、今や佐渡全体の「おふくろの味」になっている。

材料の確保と設備投資の資金回収が課題

 メンバーは40人ほど。漬物グループと味噌グループに分かれているが、作業場にいつも集まって来るのは15人あまり。メンバーから梅や野菜など漬物の原材料を買い取っているほか、作業場での漬け込みやパック詰めの作業には550円の時給が支払われる。それでも「おカネ儲けが本当の目的ではない」とリーダーの野田栄子さんは笑う。作業の合間にお茶を飲みながら世間話に花を咲かせるのが、メンバーの何よりの楽しみなのだ。

 野田さんは79歳。他のメンバーもほとんどが70代である。時給は安いが、「それでも万札が入っていることもあって励みになるっちゃ」と、かあちゃんたちは屈託ない。

この「かあちゃん漬」、実は最近、2つの危機に見舞われた。

 1つはメンバーの高齢化。梅干しの運搬や漬け込みなど、力仕事も少なくない。原料の野菜にしても、もともとは自分たちの畑で作ったものの市場に出荷できない規格外のものを漬物用に回していた。いわば農家のおかあちゃんたちの副業だったのだが、高齢化と共に、農作業自体に携わる人が減り、漬物の材料が集まらなくなってきているというのだ。梅にしても材料の確保が最大の課題になっているという。

6次産業化の旗を振る佐渡市役所は、「かあちゃん漬」の商品には十分な競争力があり、島外での販売拡大も夢ではないと見ている。だが、メンバーの高齢化によって生産の拡大がなかなか難しいという問題に直面している。売れるかどうかよりも、作れるかどうかの方に問題があるのだ。

 高齢化が進めば、後を継ぐ人もいなくなる。この後継者問題は、口コミなどによって60歳代の新人メンバーが加わったことで、どうにか一息付いたという。だが、問題はそれだけではない。

 もう1つの危機とは、設備の"高齢化"だ。

 つい数ヵ月前のこと、漬物を真空パックにする包装機械が突然、動かなくなった。機械メーカーに相談したところ、モーターが完全にダメになっていたら交換修理代は70万円にはなる、という話だった。

 漬物1袋を250円で販売している"零細企業"にとって、事業収益から70万円を出す余裕などない。かといって借金をして設備投資しても資金を回収できるメドは立たない。

 結局、応急修理でモーターは何とか動いたが、いずれ機械の寿命は尽きる。もちろん真空パックができなければ、かあちゃん漬は即廃業になる。零細事業とはいえ、梅干だけでも1500パックを製造・出荷し、30年の歴史を持つ、その伝統を途絶えさせてしまうのは誰しも惜しいと思うに違いない。

企業化を妨げる一因は就農者の高齢化

かあちゃん漬」の危機は、地方の農業の現場でしばしばみられる現実を示している。企業化しようにも「ある一線」を超えられないのだ。ある一線とは、設備投資などに資金をつぎ込むかどうか、である。役所がいくら6次産業化の旗を振っても、なかなか企業化できないのは、農業の担い手の高齢化と密接に関係している。

農林水産省の調査によると、平成23年(2011年)時点の農業就業人口260万人の平均年齢は65.9歳。前の年よりも0.2歳若返ったが、「65歳以上が日本の農業を支えている」と言われる状況に変わりはない。実は、地方の農村の多くでは、役所や会社などを定年で辞めた後に農業に就くケースが多い。若い人が就農しないのではなく、"定年就農"が圧倒的に多いのだ。

 これは、農水省の新規就農者のデータにもはっきりと表れている。平成23年の新規就農者5万8100人のうち、39歳以下は1万4200人に過ぎないのである。比較的高齢になってから農業に就く人が多いから平均年齢が高止まりするわけだ。

 もちろん、個人の健康を考えればいつまでも働けるのは良いことだ。だが、農業を「産業」としてみた場合、話は違ってくる。担い手が高齢なことが、企業化を妨げる一因になっているのは明らかだからだ。

 65歳以上では、すでに年金を受給している人が少なくない。このため、「おカネ儲けが目的ではない」という農業従事者が少なくないのだ。だから、あえてリスクを取って規模を拡大しなくてもよいと考えてしまう。かあちゃん漬のかあちゃんたちが、借金して新しい機械を入れようと思わないのと同じ。「そこまでしてやる必要があるのか」という壁にぶち当たるわけだ。日本の農業がなかなか「企業化」しない理由はこのあたりにある。

若者たちの活躍の余地はある

 解決策はないのか。農業に直接、若い人を参入させようと思ってもハードルは高い。だが一方で、加工や販売などの分野では若者が活躍できる場は大いにある。インターネットを使った物品販売や、生産地と都会を結ぶコミュニケーションなどは、若い人の方が得意だ。IT(情報技術)の進展で、必ずしも地元にいなくても、こうした事業を若者が担うことは可能だろう。

かあちゃん漬で言うならば、包装機械の70万円の投資を集め、無理のない範囲で返済するスキームを作る経営力を持った若手が、かあちゃんたちとスクラムを組むようなことができれば、かあちゃん漬の企業化は不可能ではない。

 70万円の借金をして、現金で返済していくとなると大きな負担だが、協力金を70万円集めて、漬物で還元していくことは可能だろう。東日本大震災以降、そうした地元の取り組みを応援するファンドが人気を集めている。都市と農村を結ぶ知恵を持った若者たちの活躍の余地はまだまだある。

これまでの農政では、包装機械の70万円を国や地方自治体が助成する、というやり方をとってきた。実際、かあちゃん漬の作業所も1988年度の新潟県の振興事業の一環として建てられた。だが、お上頼みの補助金依存では、事業として自立できないことを、図らずも、かあちゃん漬自身が示している。

農林水産省は2月、株式会社農林漁業成長化支援機構を設立した。いわゆる「官民ファンド」だ。旧来型の出しっ放しの補助金ではなく、ファンドという形で国が出資し、2次産業や3次産業に取り組む会社設立の呼び水になっていくという考えだ。

 国からは初年度300億円の予算が付いたが、問題は人である。かあちゃんたちの信頼を獲得して、二人三脚で事業を拡大できる、そんなバイタリティのある若者が現れるかどうか。そこに6次産業化が成功するかどうかのカギがあるように思える。