熊本は北海道や茨城などに次ぎ、全都道府県で5番目に農業生産額が大きい県です(昨年末公表の平成23年分)。しかもここ数年生産額を増やしています。そんな熊本でも有数の農業地帯である菊池市に取材に行ってきました。6次産業化の現場レポート菊池編です。オリジナルは現代ビジネス ⇒http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34929
九州・熊本市の北東に位置する菊池市の中山間部に年間94万人が訪れる「卵の直売所」がある。九州北部と阿蘇山を結ぶ国道沿いにあるとはいえ、周囲に目立った観光施設はない。コッコファームが運営する「たまご庵」を目指して多くの人がやってくるのだ。
直売所といっても今や、卵から鶏肉、鶏肉・鶏卵の加工品、卵料理が中心のレストランなどを併設する複合商業施設になっている。だが、あくまで目玉は自社の養鶏場で生産する卵だ。
お店の一番奥にある鶏卵コーナーには、無造作に卵を詰めたダンボールの小箱が並ぶ。ひと箱3キロ。40〜45個ほどの卵が入っている。よくスーパーで見かけるプラスチックのパック詰めはしていない。自社の養鶏場で朝取れた卵を、そのまま売る。「生みたての温かい卵をお客さんに届けたい」という創業以来の精神が息づいている。
「お客さんに近づく農業」を模索
この小箱がみるみるうちに売れていく。ひと箱1,200円。決して安いわけではない。にもかかわらず1日の販売量は平均1000箱。1日で1620箱売れた記録もある。
もちろん卵の売れ行きは日によって違う。飼育する8万5000羽の鶏が生む卵は1日4トン。販売量と生産量に差が生じるわけだ。その余った卵をどう使うか---そこからさまざまな加工品が生まれてきた。酢味たまごや卵を使ったロールケーキ、アイスクリーム、余った卵白を活用したシフォンケーキ、卵白石鹸など種類は豊富だ。
朝つぶしたばかりの鶏肉も店頭に並ぶ。鶏卵用の鶏は食肉用のブロイラーと比べて小ぶりで味はいいが、産卵期を完全に終えてしまうと身が硬くなり売り物にならない。産卵がピークを越え身が硬くならないタイミングを狙って食肉用に加工する。まるごと一羽を蒸し焼きにした「紅うどりの蒸し焼き」は10年来のロングセラー商品だ。
たまご庵にあるレストランのメニューは基本的に2つ。自社産の卵と鶏肉をたっぷり使った親子丼とオムライスだ。
「定期的に目的買いをしていただくには、わざわざ足を運ぶ価値のある商品を揃えることが何より必要です」と創業者で会長の松岡義博氏は言う。松岡氏は創業以来、「お客さんに近づく農業」を模索してきた。18歳で都会に出て様々な仕事に就いたが、20歳でサラリーマン生活に見切りを付け故郷に戻った。
地元の農家に話を聞いて歩いたが「従来の農業に失望した話ばかりで、将来の夢がまったく描けなかった」と松岡氏は振り返る。農家は作ることはできても、売るのは苦手。すべて農協任せになる。農協が自ら赤字をかぶることはないから、儲からない農業のしわ寄せは農家に来る。きちんと儲けて夢を描くには消費者に自ら近づいて販売していくほかに道はない。そう松岡氏は心に決めたのだという。
目標は年間来店客数100万人
養鶏場を始めると、卵の行商や、卵拾いの観光農園など様々な試みを経て、小さな直売所を設けた。早い段階からハンバーグやオムレツの加工に乗り出し、当初はスーパーや弁当店に納めていた。だが、そうなると納入業者同士の激しい競争にさらされる。そこで発想を転換して考え出したのが、「自社加工品を直売所で売る」という手法だ。そして、いかにして店に来てもらうかに知恵を絞り始めたのだ。
この発想は今でも変わっていない。自動車以外の便はなく、熊本市内からでも往復すればゆうに1時間以上はかかる。たまご庵にしかないモノをいかにそろえるか---物産館では周辺農家の野菜なども売るが、扱う商品の8割は自社生産したものだ。
商品づくりに加えて、還元率を高くしたメンバーズカードの導入など固定客を作る仕掛けづくりにも力を入れている。今では年間94万人の来店者の半分はリピーターだという。インターネットによる通信販売も手掛け、「かしわめしの素」などがよく売れているが、まだまだ売り上げのごく一部に過ぎない。あくまで、来店してもらう、というのが基本コンセプトなのだ。
レストランの横にあるバナナを植えた温室も顧客を呼び込む工夫の1つだ。バナナの木にオーナー制度を設けるなど遊び心いっぱいのアトラクションになった。なぜ、養鶏場でバナナか、と思うに違いない。実はここにも再利用の発想が息づいている。卵の殻を砕いたものがバナナの培養土に適しているのだという。
来店してもらうのが基本コンセプトである以上、顧客を呼び込むためのPRには力が入る。月刊情報誌を発行、「コッコの6次産業化物語」などを連載することで、商品づくりへの思い、店づくりへの思いを顧客に訴えてきた。「たまご庵ソング」というPR曲も作った。
最近はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)による情報発信に力を入れており、スタッフがそれぞれの名前で発信する「コッコブログ」に取り組む。さらに、たまご庵の内部に設けたスタジオから定期的にUstreamで放送する「コッコすとりーむ」も始めた。そうした努力の積み重ねで年間来店客数100万人を目指しているのだ。
農業を、未来の夢を描ける産業に
現在、売上高は年間29億円あまり。従業員数は167人にまで拡大した。養鶏場での卵・鶏肉生産という1次産業と加工食品などの2次産業、たまご庵での販売やレストランといった3次産業を組み合わせ高付加価値化を進めてきた。1+2+3=6のいわゆる「6次産業化」に邁進してきたわけだ。農業の高付加価値化によって地域の雇用を生み出した「6次産業化の成功例」として視察が絶えない。
実は松岡氏にはさらに大きな夢がある。コッコファーム全体をこの地域の交流の場として、さらに発展させていこうというのだ。たまご庵の中央には舞台を備えたホールがあり、ここで地域の伝統芸能が披露されたり、クリスマスコンサートが開かれた。また、会議室やインキュベーションのためのオフィスを作り、貸し出している。物産館では地域の農家が生産する野菜類の販売も始めた。地域が元気になる拠点にしていこうというのだ。
会長室の壁にはパステルカラーの大きなイラスト画が掲げられている。2000年に「10年構想」として作り上げたものだ。地域の人たちが集まるだけでなく、都市と農村が交流し、農業が未来の夢を描ける産業に変わっていく。そんな未来を描いている。
「社員の誰もが、こんな事できっこないと思った」と販売企画室の中庄司秀一課長は当時を振り返る。絵に描かれたディズニーランドのような建物こそないが、コンセプトは一歩一歩実現しているようにみえる。
松岡氏は現在、日本農業法人協会の会長を務める。同協会には全国にある農業法人1750社が加盟する。メンバーには農協と一線を画して農業の未来を模索している農業経営者が多くいる。こうした協会の仲間たちと共にネットワークを構築し、コッコファームで培ったノウハウを共有していこうと考えている。自分たちでモノを売る仕組みを作り、そこに地域の農業を巻き込んでいこうというのだ。
全国に自ら消費者に近づいてモノを売っていこうという生産者が増えていくことになりそうだ。