日本は税金が安いのか高いのか。国民はどれぐらい増税に耐えられるのか。政治や行政はその国民の負担感をきちんと理解しているのか。消費税増税を前に、きちんと議論しておくべきではないでしょうか。日経ビジネスオンラインに掲載した拙稿を以下に再掲します。日経ビジネスオンラインは登録すれば無料で読めます。是非→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130321/245334/
財務省は3月19日、2013年度(平成25年度)の国民負担率の見通しを公表した。国民負担率とは、国税や地方税など「税負担」と年金などの「社会保障負担」の合計を、国民所得で割ったもの。つまり税と社会保障の負担感、重税感を示す指標と言える。毎年この時期に翌年度の負担率見通しが公表されるのが慣例だ。
この発表を受けて新聞各紙は「国民負担率4年ぶり低下」「新年度は40%、4年ぶり下落」と一斉に報じた。発表資料には「国民負担率(対国民所得比)の推移」という表が付いており、2008年度40.3%→2009年度38.1%→2010年度38.5%→2011年度40.0%→2012年度40.2%→2013年度40.0%となっている。この表に従えば、2013年度は確かに4年ぶりに負担率が低下することになる。
だが、この表の欄外を見ると、2011年度までは実績、2012年度は実績見込み、2013年度は見通しであるという注記がある。見通しとは、国民所得がどれだけ増減するか、税収もどれだけ増減するか分からない段階での、いわば皮算用ということなのだ。あるいは財務省流の「目標値」「願望値」と言った方がいいだろうか。
ニュースにすべきは2011年度実績の「40%」超え?
本来、ここでのニュースは2011年度の実績で国民負担率が40%に乗った、ということだろう。2008年度にも40.3%という数字があるが、これはリーマンショックによって国民所得が前の年度の381兆円から355兆円へ6.9%も減少したことによる。一時の特殊要因と見ることもできる。その2008年度を除くと1970年度(昭和45年度)以降、初めて確報値として国民負担率が40%の大台を記録したのである。
1970年度の国民負担率は24.3%。税負担率が18.9%、社会保障負担が5.4%だった。これが40年たって2011年度には税負担が22.9%、社会保障負担17.1%にまで上昇した。やはり社会保障費の負担が急速に重くなっているが、税負担も増えている。
40%という数字をどう見るか。発表資料には別の資料も付いている。「国民負担率の国際比較」だ。日本の40.0%に対して、アメリカ30.9%、イギリス47.3%、ドイツ50.5%、スウェーデン58.9%という数字が並ぶ。要は、アメリカは例外だが、欧州やその他の国に比べて日本の国民負担率は低い、ということを物語っている。だが、本当に40%は軽い負担なのだろうか。
学校の歴史教科書では「重税に苦しんだ」江戸時代の農民に課せられた年貢を「4公6民」あるいは「5公5民」と記載している。年貢は4割か5割だったというのだ。幕府直轄の「天領」などでは実質2割以下だったところもあるという。国民負担率の40%というのは江戸期の年貢と同じ水準に達したとみることもできるのだ。
課税しても実際にはなかなか徴税できなかったり、重い社会保険料負担に耐えられず、年金や健康保険に未加入の人も増えている。負担感は着実に増しているのだ。
しかも、2012年度の実績見込みでも40.2%となっており、負担増は止まっていない模様だ。さすがにこの増勢が続くのはマズイと財務省も思ったのだろうか。2013年度はわずかながら低下し40%になる、としたのだ。
前述の通り、数字は見通しである。だから実績と食い違うことも多い。2011年3月に出した2011年度の予想は38.8%だったが、実績は40.0%、2012年3月に出した2012年度の予想は39.9%だったが、実績は40.2%になった。ここ数年、実際よりも低めの数字を見通しとして出しているように見える。
国民負担率を少しでも低く見せたいというのにはわけがある。今後、負担の増加が明らかだからだ。2014年度は消費税が5%から8%に上がる3%分がフルに効くほか、2015年度は8%から10%に上がる半年分、つまり1%相当分、2016年度はフルに効くので、さらに1%相当分の負担が増える。
国民所得一定なら、2016年の国民負担率は45%
国民所得が一定とした国民負担率を単純に計算すると、2016年度には消費税分を上乗せするだけで43.7%に達する。また、厚生年金の保険料率は毎年引き上げられており、2012年度に16.766%(労使合わせて)の保険料率は2016年度には18.182%になることが決まっている。つまり1.449%ポイント上昇するのだ。これを単純に加えるだけでも国民負担率は45%を超えてしまう。
いまここで、国民負担率の議論に火がつくと、2014年の消費税率引き上げに反対する声が出かねない。増税が悲願であと一歩まで迫った現在、そんな議論が再び起きてはかなわない、ということだろう。
安倍晋三首相がかかげる経済政策、いわゆるアベノミクスでは、大胆な金融緩和を一本目の矢として強く打ち出している。これを長年主張してきたのはリフレ派と呼ばれる経済学者だが、安倍氏はイェール大学の浜田宏一・名誉教授を内閣官房参与に迎え、経済ブレーンとした。その浜田氏は大胆な金融緩和によってデフレからの脱却は可能だとし、デフレから脱却するまでは消費増税はすべきではない、という立場だ。
安倍首相も浜田氏のアドバイスに耳を傾けているのは明らかで、消費税増税先送り論がいつ飛び出すかも分からない。アベノミクスが円安株高をもたらし、国民の景気マインドを一変させただけに、反消費税増税に火がつくことだけは何としても避けたいと思っているのだ。
では、新聞が報じた「2013年の国民負担率は低下する」という根拠は何か。
実は、経済成長を前提としているのだ。発表文にもこう書かれている。
「背景としては、景気回復に伴う国民所得の伸びに伴い、社会保障負担率及び租税負担率が減少することが挙げられます」
具体的には国民所得が349.1兆円から358.9兆円に2.8%も増えると見込んでいるのだ。GDP(国内総生産)も2.7%伸びる前提だ。財務省はアベノミクスによって景気が大きく好転することを前提に国民負担率は低下するとしているのだ。
リフレ派の学者たちは、大胆な金融緩和によるデフレからの脱却が進むだけで、税収は大きく増えると主張している。これが消費税増税無用論に結びつくわけだ。国民負担率の計算で、あまり楽観的に国民所得の伸びを考えると、税収が大きく増えてしまう。そうなると消費税増税無用論に拍車をかけてしまいかねない。その結果、微妙な国民負担率がやや下がるような推計に落ち着いたのだろう。だが、現実には毎年1兆円以上増えている社会保障費は大きく、国民負担率を引き下げていくのは難しいだろう。
いずれにせよ、現在の試算でも国民負担率は40%台が3年続くことになる。この水準をどう考えるべきなのか、単純にこの数字だけを諸外国と比べて、まだまだ国民は負担できると考えてもいいのか。消費税率は欧州のように20%近くまで引き上げて大丈夫なのか。そろそろ本音の議論をするべきだろう。
いったい国民の負担が本当はどのくらい増えるのか
そのためには不確かな「将来見通し」に国民の目を誘導するのではなく、終わった「実績」をもとに、何が問題なのか、負担を減らすためにはどういう手を打たなければいけないのか、真剣に議論すべきだろう。
国会での論戦も「予算」が中心で、税収にしても国債発行額にしても「予算」をどうするかにばかり焦点が当てられている。財政状態をどう立て直すかを考えるには実績、つまり「決算」がどうなったかをきちんと分析し、議論することが不可欠だろう。国会でも予算委員会だけではなく、決算・行政監視委員会での議論を重視すべきだという議論が増えてきた。きちんと実態を把握しなければ、正しい処方箋は書けない。
国民負担率の議論は、税と社会保障を一体と考え、それをどう経済成長で支えていくかという議論である。民主党政権が声高に叫んだ「税と社会保障の一体改革」にしても「成長戦略」にしても、国民はどれだけの負担をするのか、という前提がなければ話が始まらない。