廃炉費用は誰が負担すべきなのか!? この本質的な議論を避け、将来の電気料金にツケを回そうとする経産省の腹積もり

またしても会計処理を変更することで、影響を小さく見せようとする“禁じ手”を経済産業省が使おうとしています。公認会計士は誰も異論を唱えないのでしょうか。設備資産を使わなくなった後も償却し続ける???いや、日本基準なら可能だ、業法の方が会計規則よりも上だから問題ない、という意見が出て来るんでしょうね。現代ビジネスに原稿がアップされました。編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36020


原子力発電所廃炉にする際の費用は誰が負担すべきなのか。経済産業省はこのほど、電力会社が廃炉にした場合の会計処理方法を見直す方針を固め、有識者会議を発足させると発表した。

 電力会社は40年の稼働を前提に毎期の決算で廃炉費用を積み立てたり、減価償却しているが、40年未満で廃炉にした場合など、積立金などで賄えない不足分が生じる。本来これは特別損失として一括計上する必要が出て来るのだが、この一括償却を止め、10年程度に分割して計上できるようにルールを変えようというのが、経産省の腹積もりのようだ。

 しかも、その分を毎年の電気料金に上乗せして吸収しようという考えらしい。年内をメドに制度の見直し案を決めるという。

過去のコストを将来の料金で回収していいのか

 難問が生じた時に会計ルールを変えてしまおうというのは、経産省の得意技だが、本当にそれが正しい方法なのだろうか。

 まず第1に、本来ならば一括で処理しなければならないものを10年間で分割処理しようというのは、「将来へのツケ回し」に他ならない。確かに一括で処理すれば、電力会社の業績は悪化する。電力会社はリストラを迫られ、あるいは資本増強が不可欠になるかもしれない。だからと言って、問題を先送りすれば、電力会社の隠れた負債として重くのしかかる。

 しかも、それを電力料金に上乗せするとなると、過去のコストを将来の料金で回収するということになる。電力料金は総括原価方式といって、かかったコストに"適正利潤"を上乗せして決めている。そこに電気の製造には使っていない「過去のコスト」を上乗せすることが、理論的に通るのかどうかも怪しい。廃炉を決める今の世代が負担するのではなく、将来にわたってそのコストを背負わせることが正しいのかどうか、である。

 新聞報道によると、「廃炉後も償却を続けられるようにすることも検討する」ようだ。減価償却は言うまでもなく使っている設備の減価部分を費用として認識する会計ルール。使えなくなった設備を償却するというのはどう考えても無理がある。

脱原発を決めたドイツでは、政府が方針を決めた瞬間に大手電力会社が軒並み廃炉費用などを特別損失として計上、赤字決算に転落した。これに伴い、電力会社が大規模なリストラを迫られ、事業や資産の売却なども行った。一方で電力会社はこの費用が国の政策転換によるものだとして、国に対して損害賠償を求めている。

 ドイツの場合、あくまで原発を運営する電力会社が一義的な責任を負い、早期に費用処理を行ったということだ。もちろん上場企業として守らなければならない会計ルールを日本のようにそう簡単には変えられないという事情もある。

分割処理は経済が成長し続けていることが前提条件

廃炉費用を繰り延べして電力会社の将来の負担にした場合、その電力会社の競争力が圧倒的に劣化することになりかねない。コストベースが高くなるために電気料金を引き下げられなくなるからだ。

 従来のような独占状態が続くのなら、それでも問題はないのかもしれないが、すでに政府は電力システム改革に取り組む姿勢を表明、今後は各分野に新規参入を促す方針だ。そうなると、原発廃炉費用を抱え続ける既存の電力会社と、その負担がない新規電力会社ではコスト競争力が大きく違うことになりかねない。

 だからといって、新規参入する企業にまで過去の廃炉費用を負担させるというのは難しいだろう。そんな事をすれば新規参入の大きな障害になるだけでなく、日本のエネルギーコスト全体を押し上げ、日本の産業界の国際競争力を毀損することになる。

廃炉費用を一括で処理した場合、電力会社の資本が底をつく可能性もあるだろう。そうなれば、ドイツ同様、事業の切り売りや資産の売却も不可欠になる。事業を切り離す過程で、新しい会社が生まれ、競争が始まる可能性もある。既存の電力会社に出資する企業も出て来るに違いない。そうやって資本を調達すれば、廃炉費用だけで電力会社が倒産することにはならないだろう。

 実は、この議論は、国際会計基準IFRSを巡る議論と根っこが一緒である。日本企業にIFRSを義務付けることについて経産省内や経済界の一部には根強い反対があるが、そこには費用を繰り延べ処理することが難しくなることへの抵抗感がある。

 日本の伝統的な会計処理では、費用を長期にわたって分割処理することを認めてきたルールが多い。一方でIFRSなど欧米の基準は、実態の価値が大きく下がった場合には、その段階で損失処理を一気に行うべきだ、という考え方が根強い。M&A(企業の合併・買収)をした際の「のれん代」の償却や、開発費などの処理、資産の価値が下落した場合の「減損処理」などの考え方が典型だ。

 長期にわたって分割処理する方が会社の実態や経済全体への影響が小さいという考え方は、経済が成長し続けていることが前提条件だ。その時、損失を処理しなくても、経済成長によっていずれ難なく吸収できてしまう、というわけだ。実際、多くの日本企業がそういう経験をしてきたのだろう。

 だが、経済が成熟して、成長率が鈍化した現在、損失の先送りは企業や経済の重石になる。経産省廃炉費用の分割処理に傾くのは、目の前にいる電力会社幹部の苦境を減らしたいと思う「業者行政」の発想から出て来るのではないか。

 一括処理すれば、その負担を国が負うのか、電力料金で回収するのか、大きな議論が必要になる。そんな議論にも火を点けたくないということだろう。いつの間にか、将来の電気料金にこそっと上乗せして負担されることが問題を穏便に済ませる最善の策だと考えているに違いない。

廃炉費用は本来誰が負担すべきなのか

 日本の原発建設は、必ずしも電力会社の判断だけで行われたものではない。原発推進という国策があったのは当然だ。だから、当然、廃炉費用は国が負担すべきだ、という論理もあり得る。

 一方で、原発稼働を40年間という前提に廃炉費用を積み上げてきたのは「経営判断」なので、その失敗は当然、経営が負うべきだという考え方もあり得る。電力会社は(東京電力を除いて)国有企業ではなくれっきとした上場企業である。いや、その40年にしても決めたのは経産省なので、やはり国が責任を負うべきだ、という声もあるだろう。

茂木敏充経産相は記者会見で「現行制度で廃炉のための適切な財務基盤が整備されているかを検証し、見直しも含めて速やかに結論を得る」と話したという。

 適切な財務基盤がないから、損失を繰り延べて分割処理するというのではまるで粉飾決算である。財務基盤が整備されていなかったら、財務基盤を整えるために、増資するなり、国が費用を肩代わりするなりすべきだろう。

廃炉費用は誰が負担すべきなのか---この問いにきちんとした答えを出すことが先決ではないか。本質的な議論を避けるために、安易にツケを回してしまっては、将来、大きな禍根となるのは間違いない。