中国のバブル景気は終わったのか?

時計の売れ行きをみていると世界の経済の動きが解ってきます。隔月刊の時計雑誌『クロノス』にいただいているコラムは、時計と経済を結び付けるユニークな連載記事です。編集部のご厚意で以下に再掲します。是非『クロノス』も書店で手にとってみてください。→http://www.webchronos.net/

Chronos (クロノス) 日本版 2013年 05月号 [雑誌]

Chronos (クロノス) 日本版 2013年 05月号 [雑誌]

 世界経済のけん引役だった中国経済の高成長は終わりを告げるのだろうか。中国の国家統計局が発表した2012年の実質国内総生産(GDP)の伸び率は7・8%と、1999年以来13年ぶりに8%を下回った。中国から欧州や日本への輸出の伸びが鈍化したうえ、中国国内での自動車販売台数も頭打ちになるなど、経済の「成熟化」が見られるという。大手新聞などは「中国経済が減速」と大きく報じていた。中国は時計や宝飾品をはじめ、世界の高級品の一大消費地にもなっているだけに、今後の経済の行方に注目が集まっている。
 スイス時計協会(FH)が集計しているスイス製時計の輸出統計にもこの傾向は鮮明に表れている。香港、米国に次ぐ輸出先である中国向けの12年の輸出額は16 億4760万スイスフラン(約1679億円)。11年に比べてわずか0・6%増加にとどまった。一気に48・9%も増えた11年と比べるとガラリと様子が変わったことになる。とくに年後半の減速は明らかで、同じ協会の12月の月間の統計数字では、対前年同月比32・3%も中国向け輸出が減少していた。
 では、このまま中国の経済成長は終わり、高級時計ブームは去ってしまうのか。どうもそうではなさそうだ。
 確かに、中国経済をけん引してきた中国の輸出は頭打ちだ。12年の輸出増加率は6・2%と11年の22・5%から大幅に減速した。欧州の債務危機によって欧州向け輸出が伸び悩んだことや、日本との間で尖閣諸島を巡って対立が深刻化したことも影を落とした。
 だが、それ以上に構造的な変化がある。 北京でM&A(企業の合併・買収)のアドバイスを行っている中国人専門家によれば、「今、中国企業が買収したいと思っている外国企業は、ブランド力のある商品を持つ最終消費財メーカーだ」というのだ。つまり、中国から海外への輸出を前提とした企業ではなく、中国国内での消費を前提とした企業を求めているというのである。これは中国経済が輸出主導型から内需主導型へと急速に転換していることを示している。
 まだまだ中国の国内消費は緒に就いたばかり。これから一段と中国国民の購買力は高まるというのだ。そうなれば、中国国内での高級ブランド需要は再び盛り上がるに違いない。ふた昔前の日本で、ビジネスマンが誰しもロレックスの時計を欲しがった時代があったが、まさに豊かさの象徴として高級時計が中国国民に本格的に求められるのはこれから、というわけだ。
 もうひとつ、高級品市場にとって猛烈な追い風がある。不動産バブルである。
 昨年後半にかけて、中国の不動産市場は低迷していたが、今年初めから再び高騰を始めている。政府は不動産売却益への課税強化や、住宅ローンの貸し出し制限などを打ち出して、沈静化に躍起だが今のところバブルが収まる気配はない。 北京や上海などでは、自宅のほかにマンションを3室も4室も保有している人が少なくない。投資用として保有しているのである。日本人の目から見ると、不動産バブル以外の何物でもないのだが、次から次へと買い増している。
 不動産価格が上がれば、たとえ実現利益になっていなくとも、財布のひもは緩む。高級レストランが満席となり、高級ブランド品が売れるわけだ。いわゆる「資産効果」である。
 政権交代期で国民の不満が爆発しやすいこの時期、中国政府も思い切ったバブル退治には動けない。昨年秋には反日デモが起きたが、表向きの理由は尖閣問題でも、市民の本音は経済問題への不満と見られていた。不動産価格が低迷する一方で、党幹部の蓄財が明らかになったタイミングだったからだ。不動産価格の上昇は、多くの中国国民にとっても、中国政府にとっても歓迎すべきことなのだ。
 不動産バブルがそう簡単には破裂しないことが明らかな以上、高級品消費もそう簡単には終わらない。いずれスイス時計の輸出統計にも数字となって表れてくるに違いない。
クロノス日本版5月号(2013年4月発売)