国際会計基準IFRSの適用拡大に旗を振れない金融庁の弱腰

オバマ大統領が来日しました。日米関係が重要であることは間違いありませんが、いまだに米国の後を付いていけばよいという対米従属派が霞が関や産業界に多いのも事実。そんな過去を引きずったメンタリティが、会計基準の国際化問題にも影を落としています。久しぶりにIFRSの原稿を書きました。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39055



世界で最もビジネスがしやすい国にする――。安倍晋三首相が掲げる成長戦略では規制や制度をグローバル水準に合わせることを標榜している。

会計基準の国際化は進まない

法人税を欧米やアジア諸国の水準まで引き下げることや、過度な規制を一気に緩和することなど、緩める方向の改革は財界や業界団体の理解も得やすく、賛成の声も大きい。ところが、一方で企業が痛みを伴うような「国際化」はなかなか動かないのが実状だ。

欧米の企業では当たり前の存在である社外取締役は、1人を義務付けることですら経団連などが反対した。

もうひとつ、なかなか進まないのが企業の決算書を作る基本ルールである会計基準の国際化である。日本企業の経営を本気でグローバル化しようと思えば、業績を測る物差しである会計基準を国際水準にそろえなければ、決算数字を正確に比較することすらできない。会計基準に関心を持つ人は少ないが、企業経営にとっては重要なインフラなのだ。

昨年5月に自民党の日本経済再生本部がまとめた「中間提言」には、金融・資本市場の魅力拡大の一助として、「東証『グローバル300社』インデックスの創設」という一項目が入っていた。

ROEや海外売上比率、海外投資家比率、独立社外取締役の設置、IFRS(国際会計基準)の導入などを基準にして選んだ「グローバル 300 社」のインデックスを作るよう求めたのである。

ROEは株主資本に対する利益の割合で、収益性の高さを示す指標。これに独立社外取締役やIFRS採用なども銘柄選定の「条件」とするよう提言は求めていた。

これに応じる形で東証を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)は「JPX日経インデックス400(以下、JPX400)」という指数を創設し、今年1月から算出し始めた。

「IFRSの採用などを条件にするのは、投資理論的に無理がある」(斉藤惇・JPXグループCEO)ということで、社外取締役やIFRSを採用している企業には「加点」するにとどまった。

自民党企業会計小委員会は昨年6月、「国際会計基準への対応についての提言」をまとめたが、その中で「2016 年末までに、国際的に事業展開をする企業など、300 社程度の企業がIFRSを適用する状態になるよう明確な中期目標を立て、その実現に向けてあらゆる対策の検討とともに、積極的に環境を整備すべきである」としていた。

国際会計基準を決めているIFRS財団には、主要な規制当局者からなる「モニタリング・ボード」という組織がある。そのメンバーに選ばれる要件は当該国内で「IFRSが顕著に適用されている」こととされている。

現在、日本の金融庁はこのボードの議長職を務めるが、2016年末の見直しでメンバーに留まるためには、IFRSを採用する企業が「顕著な」水準に達していなければならない。それを300社としているのである。当初指数の構成銘柄数とされた300社もこれと連動していた。

このままでは国際公約違反

では、JPX400の導入でIFRSの採用企業は増えるのだろうか。

「指数採用のボーダーラインでは社外取締役の有無やIFRS採用が決め手になるので、それなりの効果はある」(大手上場企業のトップ)という声もある。一方で、「この指数だけでIFRS採用企業を300社にするのは到底無理」(会計士協会幹部)という否定的な見方もある。

このまま手をこまねいていて300社に達しなければ、モニタリング・ボードから排除されかねない、という点ばかりではない。

日本は2008年のリーマンショック後に開かれたG20ワシントンサミットでは「単一で高品質な国際基準を策定する」という目標が首脳宣言に盛り込まれており、当然のことながら、日本もこれにコミットしている。当時首脳宣言に加わった首相は麻生太郎氏。言うまでもなく安倍内閣の副総理兼財務大臣兼金融担当相だ。

しかもアベノミクスは「ルールの国際標準化」を明確に示し、安倍首相は海外での演説などで繰り返し表明している。ここで日本がIFRS採用を促進できなければ、国際公約に違反することになるのだ。

日本に4つの会計基準による決算書が乱立か

ところが、旗振り役の金融庁は今ひとつ覇気が無い。「米国がIFRSに背を向けており、日本だけが先走ってIFRSになびくのは得策ではない」と幹部のひとりは言う。「米国の行方を見て対応すればよいのではないか」と別の国際関係に強い幹部も言う。

確かに、欧州が中心になって策定しているIFRSと、米国基準を守ろうとする米国の間に隙間風が吹いているのは間違いない。だが、だからと言って日本が様子見を決め込んで大丈夫なのだろうか。

日本企業には今、日本基準のほかにIFRSと米国基準の採用が認められている。同じ日本企業でありながら、3つの会計基準が併存しており、単純に決算書が比較できない事態に陥っているのだ。

しかも昨年来、日本流に修正を加えた「日本版IFRS」の策定も進められている。このままでは日本で4つの会計基準による決算書が乱立することになりかねないのだ。

にもかかわらず、金融庁会計基準を一本化するリーダーシップさえ取れていない。国際的に「単一で高品質な」会計基準を作る以前に、国内で「単一」の基準にそろえることすらできていないのである。

IFRS採用に抵抗する米国基準企業

日本で米国基準の利用が認められたのは、米国市場に上場する日本企業が相次いだ時期があったためだ。資金調達の多様化や、米国進出の足掛かりとして、米国市場に上場した。

現在、米国基準を採用しているのはトヨタ自動車キヤノンなど28社。このうち16社が実際に上場するなど米証券取引委員会(SEC)に登録している。SECに決算書のチェックを受けているわけだ。

一方で12社はSECに登録していない。12社のうち、日立製作所パナソニックなど7社はかつて登録していたものを廃止したためだ。

これ以外に上場を目指したが結局断念するなどして、SEC登録を一度もした事なしに米国基準を使っている会社が5社ある。三菱電機東芝がこれに当たる。こうした会社は米国基準は使っているが、SECに決算書をチェックされることもない。

実はこうした米国基準企業にIFRS採用に強く抵抗している会社が多いのだ。IFRSになって売り上げの計上基準が厳しくなることなど「痛み」を避けようというのが本音だ、という指摘もある。

4月に入っても株価は神経質な値動きが続いている。安倍首相が言う通り、アベノミクスの進展で日本企業のグローバル化が進むのかどうか、外国人投資家などが注目しているとされる。

安倍内閣は今、昨年6月に公表した「成長戦略」の改定作業を進めている。国際化を標榜する安倍首相の言葉どおり、会計の国際化が課題の1つとして明記されるのか、それともIFRSは死角として埋もれてしまうのか。グローバル化を口にする安倍首相の本気度を測る試金石になりそうだ。