財政難のなかで防災対策に知恵を絞る

ウェッジの9月号(8月20日発売)に掲載された連載コラム「復活のキーワード」。防災の日にからめて防災関連の話題でした。
オリジナル→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3106


 東日本大震災から2年半が経った。大津波による深刻な被災を受けた海岸線では、国の事業として巨大な堤防の建設が続いている。高さ7メートルを超えるコンクリートの壁を作ることに地域住民などから反対が起きている地域もあるが、工事は粛々と進んでいる。

 震災後、南海トラフ地震のリスクが叫ばれるようになり、予想される津波の高さなどが見直された。静岡県高知県などでは20メートルを超す津波が数分で押し寄せるといった予測が出されている。どんな巨大堤防を造っても自然の力には抗しきれないという現実を突き付けられている。

 そんな中で、巨額の資金をかけずに、身近なところから災害に備えようという試みが官民さまざまなところで巻き起こっている。

 千葉県旭市銚子市の西、九十九里浜の北端にあたる場所に広がる人口68000人余りの市である。農業・漁業が盛んなほか、夏になると多くの海水浴客が訪れる。東日本大震災では16人の死者・行方不明者が出たほか、1280世帯の家屋が全半壊したが、ほとんどが津波による被害だった。大津波警報が発令されてから最大波が襲うまで2時間。避難体制のあり方に大きな教訓を残した。

 その1つが情報の伝達。市内113カ所に設置した防災無線のスピーカーで避難を呼びかけたが、その後のアンケートで「聞こえなかった」という回答が予想以上に多かったのだ。スピーカーから出た音が風に流されたり、離れた2つの音がズレて聞こえたりして、何を言っているか分からない状況が多発したのだ。

そこで旭市は、ちょうど総務省が募集していた「住民への災害情報伝達手段の多様化実証実験」に参加。情報伝達システムの見直しを行った。避難しようにも正しい情報が迅速・確実に伝わらなければ逃げようがない、と痛感したからだ。

 新たに海岸線に「ホーンアレイスピーカー」を3基設置した。スピーカーを4台縦型に組み合わせたもので、各スピーカーから同じ音を同時に出し、音が重なり合うように調節することによって音の指向性を格段に高めた。音響機器メーカーのTOAが開発したもので、従来の2〜3倍の距離まで、明確な音が届くようになった。

 また、新システムでは、防災無線を海岸近くにある小学校4校の校内放送設備と接続。緊急速報が流れた場合に自動的に校内全教室に流れるように変えた。市役所からの電話連絡を受けて教員が校内放送をしていた従来の仕組みに比べ、同じ情報を一斉に早く伝達できるようになった。

 さらに電光掲示板や津波避難標識も設置したほか、市内地域にある携帯電話に自動的にメールを送る「エリアメール」なども整備した。「住民だけでなく、市外からいらっしゃる海水浴などの観光客にも等しく情報が行き渡る仕組みづくりが必要だ」と旭市地域安全班の高橋利典・主任主事は語る。

 もっとも全国どこの市町村でも財政状態は厳しい。巨額の設備投資をする余裕はないのが一般的だ。旭市のシステムづくりには1億8000万円ほどかかったものの、総務省の実証実験ということで市に負担はなかったが、今後は市の予算で整備していくことになる。市内に小中学校は20校ほどあり、校内放送との接続などが課題になる。

 また、今回のシステムに組み込まれたホーンアレイスピーカーを設置すれば、到達範囲が広い分、スピーカーの設置台数を減らせるため、メンテナンスコストが減るメリットもある。

 千葉県では巨額の資金が必要なコンクリート製の巨大堤防の建設は見送り、土盛りして木を植える防潮林の整備を進めている。津波の力を減衰させる効果はあるが、巨大な津波の場合、防潮林を越えて来る可能性はある。そうなると、いかに迅速に避難してもらえるよう情報を伝達できるかが、大きなポイントになる。堤防というハードにかける金額に比べれば、情報システムへの投資は大きくない。旭市では高さ10メートルの津波避難タワーの建設も進めているが、周辺住民や海水浴客全員がそこに逃げられることを想定しているわけではない。あくまで逃げ遅れた人のための設備で、逃げ遅れないためのインフラ整備が重要だと考えている。

 静岡、三重、高知にかけての太平洋沿岸、南海トラフ地震による津波が想定されている場所の防災対策はさらに深刻だ。場所によっては、津波は最大30メートルに達するとされ、もはや堤防で防ぐことは難しい。

 そんな中で民間企業から相次いで出てきたのが、津波シェルターというアイデア。水に浮くシェルターに逃げ込んで、難を逃れるというものだ。旧約聖書に登場する「ノアの方舟」の発想である。

 5月に名古屋市ポートメッセなごやで開かれた防災・減災をテーマにした展示会「中部ライフガードTEC2013防災・減災・危機管理展」にも、何社かの「方舟」が出展されていた。

 大阪府豊中市ミズノマリンが扱うのは25人乗りの救命艇シェルター。もともとマリンエンジンなどを扱う企業で、貨客船の救命艇のメンテナンスなどを行ってきた。大型船舶などに装備されている救命艇がベースだけあって、25人乗りで700万円からと、それなりに高額だ。

 他にも鉄工所が開発した鋼鉄製のシェルターや、家庭向けのFRP(繊維強化プラスチック)製のシェルターなども展示されており、100万円以下の製品もある。もっとも逃げ込める人数が限られていることや、巨大津波という異常事態でどこまで強度を保てるかなど効果に対する疑問の声もあり、本格的に自治体などが採用するには至っていない。

 アウトドア用品大手のモンベル(本社大阪市)が開発したのは浮力補助胴衣「浮くっしょん」。通常は折りたたんで椅子のクッションになっているが、津波の際には救命胴衣になる。いわば防災ずきんの津波版だ。大人用5000円、子供用3800〜4200円で、布製のカバーも販売している。同社では災害発生直後の緊急避難用備品セットや、避難生活用のテントなどのセットも手がける。

 これを用意すれば絶対に大丈夫と言えないのが防災の難しさだ。いくら万全と思っても必ず「想定外」の事態が起きるということを今回の東日本大震災は教えてくれた。身近な防災用品の整備などできるところから準備しておくことが肝心だ。9月1日は防災の日。国や自治体などの対策に頼るだけではなく、自分の身を守る方法に思いを巡らせてみてはいかがだろうか。

◆WEDGE2013年9月号より