外国人旅行者が急増していますが、「観光立国」にはまだまだです。
日経ビジネスオンラインにアップされた原稿です。
オリジナル→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130918/253597/
日本を訪れる外国人旅行者が急増している。日本政府観光局の推計によると、今年7月の訪日外国数は100万3000人。月間として初めて100万人の大台に乗せた。今年1月から7月までの累計で595万人に達しており、政府が目標としてきた年間1000万人を今年、達成する可能性が強まってきた。
京都や奈良といった有名観光地ばかりでなく、日本人があまり訪れないような地方の観光地でも外国人に出会うことが増えた。しかも、最近顕著なのは「国際化」が進んでいることだろう。韓国語や中国語ばかりでなく、タイ語やインドネシア語などを耳にする機会が増えた。もちろん、英語、ドイツ語、ロシア語も聞かれる。ひと時急増していた中国からの観光客が、昨年9月の尖閣諸島問題をきっかけに激減したことも「中国一色」から多様化するきっかけになった。
海外からの旅行者の急増は、安倍晋三首相が推進する「アベノミクス」の効果と言える。第1の矢である「大胆な金融緩和」によって円安が進んだことが大きい。外国人にとってみれば自国通貨が日本円に対して強くなったわけで、日本旅行の代金が大幅に安くなっている。為替変動によって人数が大きく増減する韓国からの旅行者が急増していることも、円安効果の威力を示していると言えそうだ。
2月以降の観光客は2ケタ増
1月の訪日外国人数は前年の同じ月に比べてマイナスだった。だがアベノミクスへの期待が高まり、円安になると共に大きく増え、2月以降は2ケタの伸びが続いている。2月は33.5%増、3月は26.7%増、4月は18.4%増と続き、5月も31.2%増、6月は31.9%増、そして7月は18.4%増となった。9月から年末にかけては、昨年は尖閣問題で中国からの観光客が激減した数値が比較のベースになるため、今年は高い伸び率が続くのは確実とみられる。中国人観光客の大幅な減少を、韓国や台湾、香港、タイなどからの観光客の急増で補い、さらに数を増やしているというまさに活況状態が続いている。
外国人観光客増加の経済的効果は大きい。ホテル代や交通費など直接的な旅行費用が増えるだけではない、外国人が日本に来てお土産を買い自国に持ち帰れば、日本にとっては輸出と同じ効果がある。しかも、小売りや外食、ホテルといった観光関連産業の雇用を生み出す。
原発の停止で火力発電用LNG(液化天然ガス)の輸入が急増、日本の貿易収支は赤字に転落している。そんな中で、外国人旅行者がもたらす収入は小さくない。
ちなみに2012年に海外に旅行に出かけた日本人は1849万人。日本を訪れた外国人835万人の2.2倍にのぼる。当然、外国人が日本で使う旅行費用よりも日本人が海外で使う旅行費用の方が大きく、いわゆる「旅行収支」は赤字だ。ところが今年2月以降の円安で、海外旅行に出かける日本人は前年比で毎月1割以上減っている(4〜6月の暫定値、日本政府観光局調べ)。つまり、日本人が外国で使うおカネが減り、外国人が日本で使うおカネが増えているので、効果がダブルで利いている。
日本人が外国旅行ではなく、国内旅行に切り替えても同じ効果がある。
2000年に国土交通省が、日本の全国民がもう1回、国内宿泊旅行に出かけた場合の経済効果を試算したことがある。旅行にかかる出費の総額は5兆8000億円にのぼり、50万人の雇用が生まれるとした。さらに波及効果まで加えると13兆7000億円で、109万人の雇用を生むとしている。1億人がさらに1泊という計算だから効果は絶大だが、1000万人の外国人旅行者にさらに1泊してもらっても10分の1の効果はあるということになる。
政府は2006年12月に「観光立国推進基本法」を制定。観光に力を入れる方針を示した。第1次安倍内閣の時だ。第1次安倍内閣では、羽田空港を本格的な国際空港に転換することなどを決めている。安倍首相は今年3月に「観光立国推進閣僚会議」を設置、3月と6月に会合を開いた。
そのうえで、政府は7月1日から、タイとマレーシアの訪日観光客のビザを免除する規制緩和策を導入。フィリピンとベトナムについても数次ビザを発給、インドネシアは数次ビザの期間を15日から30日に延長する措置をとった。7月のタイからの訪日観光客数は84・7%も増加しており、ビザ免除の効果が出ていると見られる。こうした東南アジアのビザ要件の緩和などをテコに、昨年78万人だった東南アジアからの訪日旅行者を今年100万人に増やし、2016年には200万人にしたい考えだと言う。
計画では2030年に3000万人
安倍内閣が6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略」には、訪日外国人旅行者の促進策として「ビジット・ジャパン事業」が盛り込まれている。今年1000万人の達成を目指したうえで、2030年には3000万人にする計画を掲げた。
3000万人というと大きな数字に見えるが、上には上がいる。観光庁の資料によると、2010年の受け入れ外国人数はフランスがトップで7680万人。次いで米国(5974万人)、中国(5566万人)、スペイン(5267万人)、イタリア(4362万人)となっている。日本は世界で30位。アジアでは香港(2008万人)やタイ(1584万人)、マカオ(1192万人)よりも少ない。
トップのフランスは観光資源が豊富なのだから当然だ、と言う人がいるかもしれない。だが、パリは国際会議の開催件数が世界一多いなど、明らかに努力の跡がある。日本には独自の文化や自然など観光資源は山ほどある。にもかかわらず世界で30位というのは、明らかにこれまで戦略不足だったということだろう。
1つだけ例を挙げれば、日本人にも人気のルーブル美術館の開館時間は週4日が9時から18時、週に2日は9時から21時45分だ。一方、東京国立博物館の開館時間は9時30分から17時で、特別展のある金曜日だけ20時まで開いている。ルーブルの日本語ホームページは素晴らしい。ちょっとした違いだが、観光客の利便性の向上を心掛けているのだ。
「Koen」を「Park」に
国土交通省は日本国内の観光地にある道路案内標識の英語表記を、外国人旅行者にも分かりやすいよう改善すると発表した。これまで「公園」を日本語読みの「Koen」としてきたものを「Park」と記載するという。外国人に分からない英語表記を続けてきたこと自体、不思議だが、小さな一歩とはいえ意味のある改革だろう。
先日も成田空港から渋谷駅に着いた外国人旅行者が、いきなりラッシュアワーの雑踏に“放り出され”て行く先探しに窮していた。タクシー乗り場にたどり着けないのだ。日本語が読めない外国人にはまだまだ東京の都心の移動は不便このかたない。
2020年のオリンピックの東京開催が決まった。安倍首相は五輪に向けた整備をアベノミクスの「第4の矢」と位置づけている。まずは、2020年の訪日外国人の目標数値を定め、外国人が旅行するだけでなく、長期滞在しやすい国へと一気に脱皮させることだろう。
観光の推進は、日本経済の活性化に直結するだけでなく、日本文化をへの理解を通して日本ファンを作ることにもなる。