大島提案で火が付いた「東電解体」 電力改革にも事故処理促進にも、もはや不可避

順風満帆に見える安倍政権ですが、汚染水問題がアキレスけんになるという指摘が各方面から出ています。福島第一原発の事故処理に国が全面的に関与していこうと思えば、東京電力という会社をどうするのかという議論が不可欠になります。日経ビジネスオンラインにアップされた記事です。ご一読お願いします。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/ (オリジナルページでも無料登録で全文読めます)


 自民党大島理森前副総裁が、東京電力の分社案を安倍晋三首相に提言したことが明らかになった。9月18日に関係者を通じて首相に私案として伝えたといい、9月22日になって党幹部の話として共同通信などが報じた。

 提案の具体的な内容は明らかにされていないが、東電の福島第1原子力発電所廃炉事業を進めるために別会社を設立、東電から事実上分社するという内容だという。分社することによって、事故処理から廃炉までの事業を担う人材などを別会社に移し、国が資金面で支援できるようにする狙いがある。

 大島氏は自民党東日本大震災復興加速化本部長を務めている。汚染水の流出問題が深刻化する中で、福島を中心にうずまく、「もっと国が前面に立って事故処理と廃炉を行え」という声を代弁したものとみられる。

 提案のベースになっているのは経済産業省内にかねてから存在する「グッド東電・バッド東電」方式とみられる。現在の東京電力を、福島第1原発の処理と廃炉、被害補償にあたる「バッド東電」と、福島第1原発以外の発電所や送電網、配電事業を持つ「グッド東電」に分けようというアイデアだ。欧米では企業再生の方法としてしばしば使われる常套手段である。

 実は、事故後の東電の扱いを決めた民主党政権でもこの方式が議論されたが、会社を分割するには、資産や事業価値の算定が必要になり、事実上の破綻処理になる。破たん処理になった場合、損失を被ることになる金融界の強い要望で見送られたとの見方がもっぱらだ。金融機関は、東電向けの巨額の債権や、東電の社債を大量に保有する。事実上の破たん処理となれば、全額ではないにせよ、債権回収ができなくなり、被害が発生する。「社債市場が大混乱し、国債暴落の引き金を引く」といった脅しじみた主張に、民主党政権の政治家たちは突き動かされた。

東電を「生かさず殺さず」では限界

 その結果、事故処理や廃炉作業、損害賠償は一義的に事業者である東電が行い、国が原子力損害賠償支援機構を通じて、円滑な賠償を支えるという現在の仕組みとなった。国は機構を通じて50.11%の議決権を保有しており、実質的に国有化状態にあるにもかかわらず、「あくまで責任は東電が負う」という民主党政権による「整理」が今も生きているのだ。東電の破たん処理を避けることを第1に考えたために、東電を“生かさず殺さず”の状態に追い込んだとも言える。

 深刻化する汚染水問題に対して安倍首相は8月、東電任せにせず国の関与を強化する方針を示した。汚染水対策ばかりでなく、事故処理にも国がもっと関与するということである。そうなると、どこまでを国の責任で行い、東電はどこまで負担するのかという東電という会社の「あり方」の議論が不可欠になる。

 どうやら、大島氏の私的提案が、そんな流れの中で出てきたことだけは間違いなさそうだ。復興加速化本部でも正式な提言として取りまとめる方針だという。

 安倍内閣は、安全性が確認された原発の再稼働や発送電の分離を含む電力事業の自由化などを掲げている。しかし、エネルギー政策の全体像はなかなか見えて来ないのが実態だ。自民党内からは分社案に加えて、「廃炉庁」などの機関を設置して、国の責任で事故処理を加速させる案も浮上している。秋の臨時国会で汚染水問題や福島第1原発の事故処理などが議論になるのは必至。安倍内閣としても抜本的な対策を決めることが不可欠になっている。

 では会社分割案はすんなり決まるのか。分割を前提にした完全国有化などは事実上の破たん処理で、東電は反対している。大幅なリストラなどが求められるのはもちろん、債権者や株主の利益を損えば、事故当時の経営者の賠償責任を問う動きが表面化するのは必至だからだ。国会事故調査委員会がまとめた報告書で「人災」とまで指弾されており、責任問題は回避できない。

財務省は「国丸抱え」に反対

 一方で事故処理や賠償を国が丸ごと抱え込むことには財務省が強く反対している。汚染水問題の先行きすら見えない中で、財源の裏づけなく国が支援に乗り出せば、財政を一気に圧迫することになりかねないからだ。

 「グッド東電・バッド東電」分社化策には、経産省内でも意見が分かれる。「グッド東電にもっと稼がせてから切り離さないと、バッド東電を支える資金が生まれない」(経産省幹部)という声もある。もともと、電力大手やその意向を受けた経産省の「守旧派」には、現在の9電力による地域独占体制を壊すとしている安倍首相の方針にも抵抗している。東電の分社化を認めれば発送電の分離が一気に動きかねない、とみているからだ。

 「バッド東電」の資金負担をどうやって支えるかも意見はまとまらない。「グッド東電」や他の電力会社の料金への上乗せですべてを賄おうとすれば、当然、電力料金は大幅に上がってしまい、企業の国際競争力をそぐことになりかねない。かといって国が負担するとなれば、既に述べた財務省の壁がある。

 「現実の問題は、東電からどんどん人材が流出していることなんです」と経産省の中堅幹部は指摘する。「日々懺悔の日を送ることを求められているような今の東電にいては自身の将来が開けない」と考える若い社員は多いのだという。「事故収束への強い使命感を持ってきた原発部門の人材も事故から2年半が過ぎて精神的に疲れ果てている」とされる。

 では分社化したとして、「バッド東電」に好んで行く人材はいるのか。
 資源エネルギー庁のOBは言う。

 「福島第1の事故処理は世界中の技術者や科学者が関心を持っている。ここで得られるノウハウは貴重です。国際共同研究の場にすれば、人材は集まる。将来にわたって仕事が続くという見通しと、待遇の問題だ」

 自民党内から出ている「廃炉庁」というアイデアは、もともと英国にある組織にヒントを得たもので、政府(廃炉庁)が民間に事業委託する形を取る。ビジネス化することで、優秀な人材を集めることに成功しているというのだ。福島第1原発以外の、今後廃炉になる原子炉の作業も受託していくことで、廃炉作業を後ろ向きではなく、前向きの作業と捉えることができる。そうすれば人材の育成も可能だし、原子力技術の継承や新技術の開発の場が失われることもない、という。

東電解体はもはや避けて通れない

 「あくまでも東電に責任を負わせる」という民主党政権の「整理」がもはや限界を越えていることは明らかだろう。放射能汚染の賠償や除染、廃炉にかかるすべての費用は10兆円を超す。これをすべて電気料金に上乗せし、発電事業の「コスト」とするのは不可能だろう。一部の原発推進派は原子力発電を稼働させれば料金上昇は抑えられるというが、それでも福島の事故処理費用を現在の電力料金のままですべて賄えるわけではない。

 安倍首相は発送電分離などによる電力システム改革によって、新しいビジネスチャンスが生まれると強調している。海外での演説では「日本に投資するチャンスだ」として、電力改革を例に上げているほどだ。

 だとすると、東電を今の中途半端な「建前」の世界に放置しておくことはできないだろう。日本の電力改革の全体像を示す中で、福島第1の事故処理と廃炉がスムーズに進む仕組みをいかに作り上げていくか。東電解体はもはや避けて通れないだろう。