消費税8%でも止まらない社会保険料の負担増。安倍首相のアキレス腱は「家計の疲弊」である!

会社員は今月10月末の給料から、またしても社会保険料の負担額が増えます。2017年まで自動的に増えることが決まっているのです。一方、年金支給額の減額も10月です。さらに消費税が上がる来年4月にも減額されます。そんな家計へのシワ寄せという流れは、消費税を上げて税収分を社会保障費に全額回しても、変わりません。どうやって家計の負担感の増大を抑えるのか。「給与を増やして」と民間に頼るのも限界があるように思います。現代ビジネスにアップされた原稿です。ご一読お願いします。オリジナル→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37137


安倍晋三首相は10月1日、来年4月から消費税率を8%に引き上げることを決断。同時に、消費増税が景気に悪影響を及ぼすのを避けるために、5兆円規模の経済対策を打ち出した。

同日朝発表された日銀短観企業短期経済観測調査)で大企業の景気判断が大幅に改善、5年10ヵ月ぶりの水準になったことや、すでに発表された4-6月期の国内総生産GDP)の伸びからみて、消費増税しても景気は腰折れしないと判断した。だが本当に大丈夫なのだろうか?

家計の負担感低減が安倍内閣の必須命題

税率引き上げに伴う増収分は約5兆円と計算されているから、5兆円の景気対策増税の影響は吸収できる、としている。企業が設備投資をした場合に税金を減免する「設備投資減税」や、企業が給与総額を増やした分の一部を税額控除する「給与引き上げ促進策」のほか、低所得者に現金を配る簡素な給付措置が中心だ。

だが、これはあくまで「計算上」の話。減税措置で本当に企業が設備投資に動くのかは不透明だし、仮に設備投資が増えても、それが個人の所得増に結び付くには時間がかかる。消費税率自体を引き下げるべきだという議論もあったが、反対論の多くは法人減税しても設備投資や個人の給与増に結び付くとは限らないという声だった。

現在、アベノミクスによる景気回復を担っているのは個人消費と公共事業だ。企業の設備投資はまだまだ弱く、その意味では設備投資減税は必要な施策だろう。だが、消費増税がけん引役の消費を一気に冷やしてしまう可能性はまだ残る。安倍首相が繰り返し企業に「給与の引き上げ」を求めているのも、消費を担う個人の懐を冷やしてしまえば、景気が腰折れしかねないという懸念が強いからに他ならない。

NHK世論調査では安倍政権の支持率は9月も59%と、8月の57%からむしろ上昇している。政権発足直後の1月が64%だったから高水準を維持している。これは安倍首相が推進する経済政策、つまりアベノミクスが支持されているからだ。

景気が回復し、デフレから脱却できるのではないかという「期待感」が広がっている。政権発足から1年も過ぎる頃になれば「期待」だけでは支持を得られなくのは火を見るより明らか。家計が景気回復を「実感」することが不可欠になる。そういう意味では消費増税の家計の負担感をいかに低減できるかが安倍内閣の必須命題だと言えるだろう。

雇用問題解決のカギは社会保障の仕組みにある

だが、家計の負担感を軽減するのは簡単ではない。その最大の要因が社会保険料の引き上げが続いていることだ。

10月の給与明細を手にする今月末、サラリーマンの多くはため息を付くことになる。10月分から厚生年金の保険料が上がるからだ。標準報酬月額の16.766%だった保険料率は17.12%になる。保険料は労使折半ということになっているので、個人明細書にはその半分の影響しか見えないが、それでも数百円から数千円の負担増になる。

同時に、ほとんどの健康保険組合で健康保険料も上がる。医療費は38兆円に達しているが、中でも高齢者の医療費の増加が大きい。この老人医療費を賄うために健康保険組合が費用を負担することになっており、健康保険組合は軒並み赤字になっている。財政を均衡させるためには保険料を引き上げざるを得ないわけだ。

中小企業で10万円しか給与をもらっていない人でも、年金と健康保険(協会健保)の支払いは1万4,032円に達する。もちろん企業も同額を負担している。協会健保は中小企業が加入する健康保険組合だが、財政は厳しく、都道府県で違う保険料率は平均でも10%(個人と企業の負担の合計)を超えている。

厚生年金の保険料率は2004年10月から毎年、段階的に引き上げられることが決まっている。2004年9月までは13.58%だったが、毎年10月に引き上げられ。最終的には2017年10月に18.3%になる。元々の給与にかかる負担が4.72%分も増えるのだから、実は消費税増税どころの負担増ではないのだ。健康保険料率も高齢者の医療費が減り、医療費全体の伸びが抑制されない限り、どんどん上がり続けることになる。家計の負担は着実に増えていくのだ。

ところが、こうした家計の負担増に政治家は疎い。消費増税など政治家が決断しなければいけないプロセスに乗っているうちは関心を持つのだが、年金保険料率の引き上げは政治的には「決着済み」。さらにサラリーマンや企業経営を経験したことのある政治家も少なく、保険料の負担感を皮膚感覚として分かる政治家はほとんどいない。政治家は「生活者の視点」と言葉では言うが、現実にはそうした視点を持っている人は少ないのである。

企業が正社員をなかなか採用せずパートやアルバイトなど非正規雇用を取りたがるのも、実は、この保険料の負担感からだ。正社員にした途端、給与は据え置きでも毎年、企業の負担は増えていく。安倍首相は「賃上げを」と言うが、賃上げすれば当然、社会保険料の負担増も付いて来る。つまり、社会保障費の負担の仕方を見直さない限り、非正規雇用問題は抜本的には解決しないのだ。

最も負担が増しているのは「中間層」

ところで、消費税の増税分は全額社会保障費に当てることになっている。その説明によって国民の多くは消費増税を受け入れたとも言えるだろう。「社会保障・税一体改革」という言葉からは、税負担が増える分、社会保障は充実されると思われがちだが、残念ながら意味が違う。

増税分はすべてというのも、それはあくまで、国庫負担している社会保障費の財源に充当するという意味で、家計の社会保障費負担を軽減するという話ではない。社会保障はむしろ圧縮される方向に動いていく。

同じ10月から年金の支給額が減額される。年金額は物価変動に合わせて改定されることになっているが、2000年から2002年の3年間は物価が下がったにもかかわらず特例で据え置かれてきた。本来よりも2.5%高い水準の年金が支払われてきたという。これを昨年11月に計画的に解消する法律が成立。1年後である今年10月から実際に引き下げられることになった。

まずは1%分減る。厚生年金の標準世帯では23万円余りの年金が2,300円減り、22万8,591円になる。国民年金の場合は600円減り6万4,875円になるという。消費税率が引き上げられる来年4月にさらに1%分引き下げられ、2015年4月には0.5%分が減額されることが決まっているのだ。現役世代も年金世代も、家計の負担感が強まるのは間違いない。

民主党政権末期、野田佳彦首相(当時)は「分厚い中間層」の復活を訴えた。だが、現実には、消費増税社会保険料の負担増、年金の支給金額削減で、最も負担感が増しているのが、かつては「中間層」と言われたごく普通のサラリーマン世帯ではないか。現金支給などの対象になる低所得層よりも、所得をほとんど消費に回している「中間層」の消費増税による負担は大きい。

民主党政権の政務三役からは、社会保障費を賄うには消費税率を20%にする必要があると言った声が上がっていた。社会保障費の伸びや国家財政の先行きなどをまじめに考えた結果とも言えた。安倍内閣に代わって、そうした「計算上」の話はほとんど聞かれなくなったが、一方で、安倍内閣が目指す社会保障や税の全体像が国民にきちんと示されていないと見ることもできる。

口では「(国民に景気回復の)実感を届けたい」と強調していても、むしろ家計が実感する負担感が増すようでは、安倍首相への支持率は急降下することになりかねない。消費税増税を決断した安倍首相のアキレス腱は、ジワジワと進む「家計の疲弊」である。