「特定秘密保護法」でマスコミの「取材術」は変わるか

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 政府は10月15日から始まる臨時国会に「特定秘密保護法案」を提出する意向だ。すでに法案の内容が公開され、一般からの意見(パブリック・コメント)が募集された。「特定秘密」に指定した情報を漏らした公務員に懲役10年以下の厳罰を科すことなどが柱だが、日本新聞協会は「民主主義の根幹である『国民の知る権利』が損なわれる恐れがある」として強い危惧を表明している。なぜ安倍内閣はこの時期にこの法律を作ろうとしているのか。また、法案が通った場合、マスコミの取材の仕方はどう変わっていくのか。

日本は不思議な政府!?

「今のままでは、日本政府には重要な機密は教えられないと外国政府要人からしばしば言われる」

 この法案づくりを推進する自民党の幹部は言う。安全保障にかかわる機密でも「日本政府に伝えるとすぐに外部に漏れる」というのだ。それはもはや“国際的な常識”と言ってもいいレベルに達しているという。大臣や副大臣などの政治家が担当の新聞記者、いわゆる番記者に「リップサービス」で漏らしたり、役所の中堅幹部が記者クラブ詰めの記者にリークしたりする。外国政府からみれば、秘密が守れない不思議な政府なのだという。

 今でも「特別職」の公務員である大臣や、「一般職」の省庁の職員には守秘義務が課されている。にもかかわらず「情報がダダ漏れ」(前出の自民党幹部)になるのは、罰則が緩すぎるからだ、と見ているのだ。

膨大な「秘密書類」

 それ以上に問題だというのが、「秘密」の定義だ。霞が関の性癖として、何でも「マル秘」扱いにしようとする。官僚にとって、情報を独占することは規制権限を手にすることと同義である。今回の特定秘密保護法案に反対する識者が、官僚の裁量によって「特定秘密」の範囲がどんどん拡大して歯止めがきかなくなる、と考えるのもまったく根拠のない話ではない。実際、霞が関では、正式に公表されたもの以外はほとんど「マル秘」扱いになっている。役所には膨大な「秘密書類」があるということになるわけだ。

 米国などでは秘密のレベルを数段階に分け、ポジションによってアクセスできる権限を明確にしている。誰がその情報を持っているか、検証可能なのだという。ところが日本では、大臣や事務次官しか知らないはずの情報を現場の課長が知っていたりする。省内外の情報を集める力があるかどうかが「優秀な官僚」であるかどうかの試金石と見られていることも大きい。「優秀な官僚」は政治家にも重宝され、新聞記者も集まってくるから、ますます機密情報が漏れる可能性が高まる。

根強い政治家への不信感

 安倍内閣は、米国の国家安全保障会議NSC)にならった日本版NSCの年内創設を目指している。外交や国防、安全保障政策などに関する方針決定や調整を行なう機関で、多くの国が設けている。危機に直面した際に官邸が司令塔機能を果たせる体制づくりを目指すとして、2006年に第1次安倍内閣行政改革の一環として掲げた。その日本版NSCには、特定秘密保護法が不可欠だというのだ。なぜか。

 実は、外務省や防衛省警察庁などには根強い政治家への不信感がある。機密を政治家に上げた途端に外部に漏れてしまうというのだ。日本版NSCでは、各省庁が持つ情報を会議、つまり官邸に集中させることが不可欠になる。情報がすべて集まって来なければNSCが重要課題について議論することも、意思決定することもできない。情報をすべて上げる以上、その秘密が守られるルールが不可欠だというのだ。情報に関するルールの整備は国外からばかりでなく国内からも求められているのである 。

 北朝鮮の核問題や中国の海洋覇権の拡大など、東アジア情勢が不安定化している中で、日米同盟を中心とした自由主義国の連携が一段と重要になっているというのが安倍内閣の基本姿勢だ。北朝鮮がミサイルを発射した際も、日本の当局の情報収集や情報伝達がうまくいっていない事態が露呈した。東日本大震災の時も、米軍から提供されていた東京電力福島第1原子力発電所の事故の放射線観測データを巡って、扱いが混乱した。これも情報の「扱い」を平時にきちんと決めておかなかったからに他ならない。秘密とすべき情報を明確化しておかなかったために、官僚の性癖として「すべて秘密」扱いとなり、なかなか国民に情報が伝達されなかった、と見ることもできる。

想定された「批判の噴出」

 では法案はどんな内容なのか。内閣官房が公表した概要には以下のような内容が書かれている。

(1)漏えいが我が国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要な未公開の情報を「特定秘密」として行政機関の長が指定

(2)指定の際には有効期間(上限5年で更新可能)を定める。ただし、有効期間満了前でも指定要件を欠いた時は速やかに解除

(3)特定秘密の取扱いの業務を行なわせる職員の範囲を定める

 そのうえで、故意もしくは過失で「漏えい」した場合、10年以下の懲役に処するとしている。また、未遂や、情報漏えいの「教唆」「煽動 」などについても処罰するとある。

 もちろん、すべての情報が「特定の秘密」に指定できるとしているわけではない。法律案では、「防衛」「外交」「外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止」「テロ活動防止」を「別表」として掲げている。さらに、

「本法の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない旨を定める」

という一文も盛り込んだ。当然ながら、憲法が認める国民の知る権利を侵害する、という批判が噴出することを想定してのことだろう。

ルールの明確化を求めるべき

 それでも日本新聞協会は噛み付いた。10月2日に森雅子担当相に意見書を提出したが、その中で次のような問題点を指摘している。

「何が特定秘密に当たるかをチェックする仕組みがないうえ、別表の規定は抽象的な表現にとどまっており、政府・行政機関にとって不都合な情報を恣意(しい)的に指定したり、国民に必要な情報まで秘匿したりする手段に使われる疑念は依然として残る。対象範囲をより明確化する必要がある」

「報道機関の正当な取材が運用次第では漏えいの『教唆』『そそのかし』と判断され、罪に問われかねないという懸念はなくならない。取材・報道の自由は侵害しないとの明文規定を盛り込むべきだ」

 自民党と連立を組む公明党は秘密保護法案に慎重とされる。政府が概要を開示してパブリックコメントを求める前に公明党に詳細を説明していなかったこともあり、一時は態度を硬化させた。もっとも安倍内閣は、この特定秘密保護法案と日本版NSC法案を臨時国会の最重要法案と位置づけており、両法案を集中して審議する特別委員会を設置する方針だ。

 公明党との調整などを通じて「報道の自由」の明文規定を盛り込むなど修正される可能性は十分にあるが、両院で多数を握る現在の国会勢力からみて、法案が可決・成立する可能性は高いと見られる。

 特定秘密として相当かどうかをチェックする仕組みについては、第三者委員会などを作る案が浮上しているが、どんなメンバーが委員になるかが問題になるだろう。官僚OBや霞が関に近い学者がメンバーでは、霞が関がフリーハンドを得ることになりかねない。

 新聞協会の意見書は全面的に反対を唱えているのではなく、修正を求めているように読める。マスコミは取材の自由を声高に叫ぶだけではなく、具体的に「特定秘密の情報開示ルール」の明確化を求めていくべきだろう。

 一番確実なのは、特定秘密に指定した情報を確実に情報公開させるルールを作ることだろう。指定した特定秘密にID番号を振り、指定が切れた段階での開示を義務付ける。「外交特定秘密108号」といった番号が振られれば、何本ぐらいの特定秘密を政府が抱えているかをチェックすることもできるし、追跡して取材することも可能になる。

 法案では最長5年という期限も設けられているが、「更新可能」とだけ書かれており、運用次第で無制限に更新可能にすることもできそうに見える。最長50年ですべて開示といったルールを明確にし、秘密を秘密のまま闇に葬ることができない仕組みを求めていくべきだろう。

「正常化」の可能性

 秘密漏えいの罰則が強化された場合、マスコミの取材方法は変わるのだろうか。

 記者クラブ詰めの記者が現場の官僚にリークしてもらって記事を書くという、昔から しばしば見られる取材手法は姿を消すかもしれない。だが、こうした伝統的な「役所取材」の手法は、かねてから問題視されてきた。官僚によって意図的にリークされ、役所にとって都合の良い記事を書かされる危険性がつきまとうからだ。

 財務省OBの高橋洋一嘉悦大学教授は、記者クラブ詰めの記者を「ポチ」、つまり忠実な犬だと批判する。実際、官僚時代にはいかに役所の都合が良い記事を書かせることができるか官僚同士で競っていた、と経験談を明かしている。メディアの中からは、厳罰を恐れた公務員が取材に応じなくなり、「国民の知る権利」を阻害するという声もあるが、官僚とメディアの関係が「正常化」される可能性もあるのではないか。マスコミが情報公開法に基づく情報公開請求をもっと使ったり、公開された情報の多面的な分析に力を入れるようになれば、情報の質を保つことは可能ではないか。

 1つのテーマを追って複数の省庁や政治家、外国要人などを多面的に取材している大手マスコミの記者は少ない。政治家や役所からの情報を「政府方針」として報じるのは手間暇がかからないから、つい依存してしまうというのが実態だろう。

 政府が隠そうとする情報をどうやって引き出し、国民の知る権利に応えていくか。特定秘密保護法案を機に、マスコミ取材のあり方が見直されることを期待したい。